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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
魔物氾濫編

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夢現(ゆめうつつ)

 強い硫黄の香りがする。


 温度が低く、水で冷やす必要のない100%の源泉、循環させるのではなく湧き出したまま湯船を満たしたお湯がお肌に潤いをもたらすのを感じる。その代わりお湯がぬるめで身体を芯まで温めるのには足りないのだけれど、その分、ゆっくりいつまでも浸かっていられる。


 私の場合、比喩でも何でもなく、丸一日浸かっていた事が実際にあったのだけれど。


 そうだった。

 ここはお気に入りの温泉で、車を飛ばして年に数回は訪れていた。


 懐かしい。


 こんな幸せな夢ならいくらでも浸かっていられるね。


 もう記憶の中にしかないお気に入り、思い出す機会も随分と減っていた。

 ……と言うか、前に思い出したのいつだっけ?


「初めてだと思うよ。何かのきっかけがないと、貴女の記憶には昇らないから」


 頭の中で自問しただけの筈なのに、答えがあった。


 声の方を見てみると、どこかで見た事のあるような女性が温泉に浸かってた。声がして初めてそこに現れたあたり、とても夢っぽい。

 髪は黒、湯船に浸からない程度に短い。歳は私よりずっと上、お母様より少し若いくらいかな。鼻に眼鏡の跡があるから、普段使いしてるのかも。胸は今の私と同じくらい。年齢の分、きっと私の方が希望は残ってる……筈。


 でも言われて初めて気が付いた。


 前世の記憶と今世の記憶、思い出し方に違いがある。

 知識は前世のものであってもするする出てくるのに、思い出が湧いて出てくる事はない。両親や知人の顔を思い出して、回顧に浸るって事もなかった。おかげで今の両親を受け入れるのも早かったのだけども。


「生まれ変わって十数年が過ぎたからって理由じゃないよ。記憶との繋がりが切れてるから、思い出そうって発想にすら至らないだけ」


 でも前世で読んだ本や、学んだ事は覚えてるけど?


「そこには感情が伴ってないからね。でも実際、温泉に初めて浸かるまで、それが大好きだったって事も忘れていたでしょう?」


 なるほど。

 前世の記憶ではあるけれど、思い出すのには制限が付くって事か。他にも何となく思い当たる事はある。


 でも何で? それに、全く思い出せない訳じゃないみたいだけど?


「思い出せないんじゃないよ、思い出そうとしないだけ。だから、既に思い出した事が貴方の中から消えたりしないでしょう?」


 言われてみればそうだね。

 転生したんだって気付いた時、分かりやすい例としてラノベを読んだ経験について思い出した。それに連なって趣味だった漫画やゲームについても出てきたんだと思う。ただし、どんな作品だったかって情報ばかりで、過去の私がどんな風に好きだったかは抜けている。


 当時の両親にしてもそう。顔も名前も思い出せるけれど、どんな関係でどんな体験をしたかは出てこない。


 考えてみるとかなり歪だね。よくこれで違和感を持たなかったものだと思うよ。


「考える事を避けてるみたいだからね。別の世界で生きるだけなら困らないだろうし」


 そうなってる事には何か理由があるのかな?

 転生のルール? 覚えてないけど何か契約したとか?


「思い出さないのも考えないのも貴女自身の行動だから、原因は貴女の中にあるんじゃない?」


 ……確かに。

 誰かに答えを求めても仕方ないよね。


 でも全く心当たりはない。

 もしかして、これも思い出すのを避けてるって事?


「かもね。思い出したいとは思うの?」


 そりゃね。

 気付いてしまった以上、気持ち悪いし。


 生活に困らなくても前世の経験を知りたいって思う。そこにはいろんな感情があった筈で、特に両親や友人の事について私が一方的に忘れてるのは申し訳ないって思う。


「そう。なら、あたりを散歩してみたらいいんじゃない?」


 そう言われたと思ったら、景色が切り替わっていた。


 私は慌てて姿を確認する。

 サマーセーターにジーンズ、踵のある靴は履いてない。


 良かった。

 温泉上がりの生まれたままじゃなかったよ。夢のご都合主義に感謝だね。


 そう言えば、温泉に行く時はよくこんな恰好だったね。動きやすくて、温度調節しやすい服を好んでた。赤を選んでないのも面白い。当時から好きな色ではあったけど、目立つからと避ける傾向にあったんだよね。

 うん、思い出した。

 もっとも、一緒に長い金髪も視界に入るから、違和感も残るけど。


 あたりを見渡してみたけれど、私の他は誰もいなかった。さっきの女性は付いて来なかったみたい。


 で、気付いたけれどここはさっきの温泉の傍みたい。

 宿の食事はキャンセルして、好きなものを食べ歩いていたから景色にも覚えがある。今、思い出したばかりだろうけどね。


 折角だから散策してみようか。


 基本、ネットで調べて気に入ったお店を訪ねていたけれど、気ままに歩いて見つけたお店に寄った事もあった。だからこのあたりにはそれなりに詳しい。




 で、迷子になった。


 何で?


 夢の中なのに、本当に知らない場所に居る。忘れているのではなく、全く覚えがない。と言うか、知らない場所だから別の記憶を張り合わせているんじゃないかな? 遠目にはあの温泉地の風景が広がっているのに、近場には近所にあった家とか見える。


 記憶を掘り起こそうとしてるのに、どうして知らない路地へ入った、私?


 来た道を戻ろうとしたら、更に分からない場所へ出た。

 今度は別の温泉地の商店街かな? いろいろ混ざっていて印象違うよね。


 その後も、散々彷徨ってみたけど知ってる筈の場所には辿り着けなかった。いつの間にか日も落ちている。


 夢独特の不思議現象って事かもしれないけど、何処か違和感は残る。前世の私に方向音痴属性は無かった筈だしね。


 夢の中なのに疲れたのか、ちょっとした段差につまずいてしまった。


 痛い。


 前世の私って、ドジっ子属性も持ってたかな?

 そう思った時、車のライトが私の視界を遮った。


 危ない―――


 そう思っても身体は動かない。ハンドル操作を誤ったのか、歩道にいる私へ車は向かってくる。しかも、私に向かって車は速度を上げた。


 ブレーキとアクセルを踏み間違えたかな? ―――なんて、暢気に思ったところで目が覚めた。




 内容は覚えている。

 変な夢だった。

 何だったんだろうね、あの夢は。


 おかしな夢ではあったけれど、前世の記憶障害については当たってると思う。検証の為に昔の記憶を掘り起こそうとしたところ、フランの不在に気が付いた。


 何を感じ取っているのは知らないけれど、私の起床に合わせて部屋にいる彼女の不在は珍しい。


 何かあったのかな?


 直後、ノックも省略したフランが駆け込んできて、その予感が合っていたと知らされた。


「お嬢様! 魔物の氾濫(モンスターパレード)です! 東のワーフェル山で、大量の屍鬼(グール)が発生したと報告がありました!」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
グールかぁ~……聖女伝説の1ページ追加だな。
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