閑話 オーレリアの穏便な解決方法
引き続きオーレリア視点となります。
私が風魔法を爆発させた事で、既に学院内では騒ぎになっています。
このまま睨み合っていれば警備隊なり騎士団なりが来て、護衛達の矛先も収めてくれるでしょう。問答無用で戦征伯令嬢を拘束する事はない筈です。事情を説明する機会はあると思います。冷静に話を聞いてもらえるのなら、すぐに私の疑いは晴れます。
でもその場合、お母様にたっぷりと叱られるのではないでしょうか? ……それは避けたいです。
「落ち着いてください。私に害意はありません。緊急の為方法は手荒くなりましたが、私は皇子を守ったのです」
「黙れ! 我らと皇子の間に割って入っておいて、敵対意思は明らかだろう!」
「未だ我らに武器を向けている事が、何より敵対している証拠だろう!」
「俺は確かに見たぞ。貴様が皇子を壁へ叩きつけるところを!」
「今までこの機会を窺っていたに違いない」
「皇子が貴様に甘いからと言って、この暴挙が許されると思うな!」
一応弁明を試みてみましたが、聞く耳を持ってもらえません。転がった他の側近の反応も似たり寄ったりですし、壁に激突した皇子はのびています。こういう時くらい、皇子に私側へ立ってほしかったのですけど。
と言うか3番目に非難した人、皇子を殺害しようとした当人ですよね。どさくさに紛れて私へ疑惑を押し付ける気ですか?
この状況、レティなら正論を叩きつけて黙らせるのでしょうね。最近はノーラあたりもそんな彼女を真似るようになってますし、それができるならきっと胸がすくでしょう。
けれど、私には上手く言葉が紡げそうにありません。
―――ま、いいんじゃない?
ふと、レティの声が聞こえた気がして、心が軽くなりました。
そうですよね。
私が悪い事をした訳ではないのですから、無駄に頭を悩ませる事はありません。
相手がこちらの言い分を聞かないのなら、まとめて黙らせればいいのです。暗殺を阻止できなかった時点で護衛として失格しています。少しくらい痛い目に遭うのも自業自得というものです。
何より私が殴りたいですし、この際まとめて教育しましょう。
そうと決まれば話は早い。
私は立ち位置を皇子と彼等を結ぶ直線上へ移動します。これで彼等の構えた銃は使えません。有用なのは、暗殺犯の構えたままのナイフくらいですね。
それより警戒が必要なのは他の側近でしょう。暗殺犯の仲間がいないとは限りません。私は万一の警戒を続けたまま彼等と向き合います。
慌てて武器を持ち換えようとしますが、そんな暇は与えません。
特に1人、未熟にも私から視線を切りましたから、容赦なく細身剣で突きます。
「ぎゃっ!」
右手、左肩、左足、脇腹、ひと呼吸の間に4度、無力化が目的ですから確実に敵対の意思を挫きます。
回復薬がありますし、生きているなら加減を考える必要はないですよね。
「ひっ……!」
実際に血が流れたのを見て、年若い護衛の1人が恐れを垣間見せました。訓練だけで実戦経験が浅いのでしょう。
そんな大きな隙を慮ってあげる筋合いはありません。すぐさま風魔法で両肩を射抜きました。あの程度の練度なら、痛みを踏み越えて反撃に移る事もない筈です。
過剰な攻撃は避けて残った3人に注力します。
―――ガンッ! ガンッ! ガンッ!!
私が皇子との射線から動いた事を好機と見たのか、銃声が響きました。
私は構わず射手との距離を詰めます。
「た、弾が!?」
驚きの声が上がりますが、乱戦を挑むのですから銃に対する備えくらいはしています。弾丸は風の壁で受け止めました。
レティの空間固定化、風を固めて足場にする魔法の応用です。全員の一斉射撃を受け切れるほどの強度はありませんけれど、個人の判断で撃っただけなら十分でしょう。
収穫祭の後、レティが痩せる為だと魔法の訓練に付き合ってくれましたから、私の魔法精度も上がっているのです。
近付いた後は思い切り股間を蹴り上げます。
男性は一撃で無力化できる急所があって便利ですね。
「ぐ、が……! ひ、卑怯な……!」
銃を向けておいて、何を言っているのか分かりません。
あと2人。
悶絶する騎士を放って残りへ向かおうとした時―――私の視界が暗転しました。
闇属性の術師がいたのでしょう。
しかし、風が2人の位置を教えてくれます。
咄嗟に得意な魔法を使ったのかもしれませんが、私への対処としては足りません。
私は近くにいた男の右手を正確に突きました。
「な、何っ!?」
闇で視界を覆って優位に立ったつもりだったのか、却って隙だらけです。
更に風を纏わせた拳を相手の顔面に叩きつけると、視界が戻りました。集中力を欠いた状態で魔法が維持できるほどの練度はなかったようです。
闇属性の術師はそのまま昏倒したようなので、最後の一人と向き合います。
狙った訳ではありませんが、残ったのは暗殺犯でした。皇子を殺そうとしたナイフを、今は私へ向けています。
「ぐっ……、くそっ!!」
瞬く間に4人が制圧されて、それでもまだ何とかなると思ったのか、無策でナイフを振り回します。
ナイフさえ当たれば、そんな慢心が動きから感じ取れます。何か仕掛けがあるのでしょう。
けれどそんな小細工に付き合うつもりはありません。
稚拙な足搔きで私の剣筋を妨げるのは無理です。ナイフを振り切るのに合わせて、その左手を手首ごと斬り落としました。
「がっ!?」
痛みで更に動きが鈍ったところを、刺突で追撃、腹を刺して壁に縫い留めました。後で口を割らせる必要がありますから、このまま放っておきましょう。
それより凶器が気になって、転がったナイフを拾い上げます。
勿論左手は要らないので放っておきます。
「……やっぱり」
レティの研究室に出入りするようになって以来、レグリットさんに師事して簡単な鑑定ならできるようになりました。これも魔力の制御を研鑽する一環です。
ノーラにはまるで及びませんし、彼女の場合は非常に感覚的で参考になりませんでしたが。
その経験でナイフへ魔力を流すと、そこに付与された禍々しさが伝わってきました。
毒魔法。
それを施した凶器で傷を負わせたなら、確実に相手を死に至らしめる禁止魔法です。蝕む速度は遅く、解毒できない訳ではないのですが、術者によって性質が異なるため対処が困難な魔法です。
即死さえ免れれば、今の王国には回復薬があります。その対抗策として厄介な魔法武器を持ち込んだのかもしれません。
当然、所持するだけで違法となります。
明確な暗殺の証拠となるでしょう。
「……う、一体何が……?」
今頃になって皇子が意識を取り戻しました。本当に面倒な人ですね。
「皇子! その女が貴方を狙って……」
まだ私を不審者扱いする側近をひと睨みで封殺します。未だへたり込んでいる人ですから一瞬で震えあがりました。
護衛の能力もですが、側近の忠誠も足りていませんね。
「イーノック皇子、この毒魔法が付与されたナイフで命を狙われていたのです」
「な!? 毒魔法?」
ナイフを所持していたのが護衛の一人だったのは皇子以外の全員が目撃していますから、これ以上の非難は上がりませんでした。
「緊急でしたので強引に介入するしかありませんでした。それを、私が皇子を襲撃したものと誤解されましたので、武器を向けた者を制圧させていただきました」
「あ、ああ……」
「犯人はあの男です。護衛に命を狙われるという異常事態、何か心当たりはございますか?」
事情が呑み込めないのか、しばらくぼうっと視線を彷徨わせていた皇子でしたが、壁に張り付けにされた血塗れの男を見て青くなりました。
「……何故? ジハルトが!?」
それを私が知りたいんですが?
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




