閑話 暗殺阻止
今回は、王都で留守番中のオーレリア視点です。
その瞬間に遭遇したのは、本当に偶然でした。
レティに置いて行かれた為、私は講義の時間を増やしていました。
彼女と話し合い、念のための役割分担に一応は納得したものの、いざ1人になってみると暇を持て余します。ウェルキンが公開された事で、その問い合わせへの対応でまた忙しくなったウォズは掴まりませんしね。
きっとレティは、忙しい忙しいと言いながらも、楽しそうにしているのでしょう。そんな彼女を想像すると、私だけに留守番を押し付けた事を恨めしく思ってしまいます。
今回の遠征先は辺境ですから、私が手伝える事も多かった筈です。オブシウスの集いへ睨みを利かせる事もできたでしょう。飛行ボードで空を駆け、山を走り回って存分に魔物を狩る……心躍る実験を私も楽しみにしていたのです。
しかも先日、ふらりと戻ったクラリックさんが言うには、新しいダンジョンが見つかったそうではないですか。
レティ達だけがダンジョンで遊ぶなんて、ズルいと思います。
私だって新発見のダンジョンへ潜りたい。
そのままクラリックさんに付いて行こうかと、本気で検討しましたよ。
時間を持て余すのは本当に久しぶりで、その分を鍛錬に回して気を紛らわせていると、お母様に声を掛けられました。
「オーレリア、最近、取得する単位の数が減っているのではありませんか?」
背筋がヒヤッとしました。
言われるまでもなく自覚があったからです。研究室への出入りやグリットさん達との遠征に時間を割いて、学院の講義は後回しになっていました。
勿論、必修科目を落として卒業に障るような事はしていません。とは言え、それだけでお母様の小言が収まる訳がないですよね。
「武門の出だからと言って、勉学を避けて通れる訳ではありません。上級貴族として誇れるだけの成績を残してこそのカロネイアです。分かっていますね?」
「はい、お母様」
そう言われるだろうと予想できていましたから、反論なんて致しません。
元々そのつもりだったような振りをして、私はレティが不在の間の勉強時間を増やしました。
お母様が怒ると、お説教と一緒に手が出るのです。今の私では咄嗟に躱せない速さで。
お兄様は在学中、騎士や軍人向けの教練にばかり傾倒していた為、本気のお説教を受けて3か月入院しました。
私は絶対に機嫌を損ねないと決めています。私はお父様と違って、あれを良い鍛錬になるだなんて笑い飛ばせません。
もっとも、授業に顔を出すのではなく、家庭教師と勉強を進めて、テストだけ受けに行くのですけどね。
社交で忙しい上級貴族の間でも一般的な方法です。
彼等のように学院の教室は家に教師を呼ぶ余裕のない下級貴族の為のものだ、なんて言いませんが、レティが帰ったなら研究室に合流するのですから、何ヶ月も通して授業を受ける時間はないのです。
社交については、防衛術教練や集団戦術教練と言った、将来の騎士、軍人向けの演習に参加すれば十分です。それらは別に時間を確保してありますし、本格的な社交はお兄様にお任せしていますから。
何より、レティとの繋がりと言う大きな成果を、私は既に残しています。
レティのように研究成果で利益を得たい土地持ちの貴族と面会したり、実際に慈善団体を運営して貴族から資金を募るなんて、学院生の域を大きくはみ出た社交はできませんけどね。
そんな事情で教育棟の方へ顔を出していたのですが、偶々イーノック皇子を見かけました。
彼なりにと注釈は付くものの、収穫祭以降は皇子も学院生と交流を持つようになりました。談話室や学院内の移動中に男子生徒と閑談する様子も時々目にします。
けれど今日はお一人のようです。勿論側近を引き連れてはいますけどね。
向かっている方向が訓練場ですから、急に時間が空いて自主鍛錬に当てるつもりかも知れません。
私が見つけたのは後ろ姿でしたから、皇子が私に気付いた様子はないようです。
都合がいいので、私から声を掛けたりはしません。
顔を合わすと嬉しくない愛の言葉が溢れ出るだけですから、向こうが気付かないならそっとしておきます。
交際も結婚も、そのつもりはないとお断りした筈なのですけどね。
どうも聞き入れてもらえません。
あの諦めの悪さだけは大したものだと思っていますが、それを私に向けられると堪りません。愛の言葉を繰り返せば、いつか絆されるだなんて思わないでほしいです。
最初におかしくなったのが冒険者ギルドで叩きのめした時ですから、ちょっと強めに叩いたら元に戻らないかと、朝の鍛錬中にこっそり試した事はありますが、どうも効果は認められませんでした。
むしろ熱っぽい視線で見つめられたのでこの方法は止めました。
レティに勧められてしばらく口を利かないでみましたが、延々語りかけられる時間が伸びただけでした。
何とか縁を切る方法はないでしょうか?
側近の方達も困っている様子でしたから、国ぐるみで強引に話を進められることはなさそうです。
実際、今、後方の私に護衛は気付きましたが、皇子へ知らせる気配はありません。憎いカロネイアの令嬢へ愛を語る事態に辟易しているのでしょう。
何かのきっかけで皇子が振り返らないと限りませんから私の方で距離を取ろうとした時、護衛の1人が不自然に皇子へ近づくのが分かりました。
他の護衛が顔見知りとは言え私に警戒を向ける中、その視線を外れて懐から刃物を取り出します。
いけない―――!!!
状況の深刻さを直感した私は、全力でその場を蹴りました。
細身剣を抜くのと並行して風で背を押し、できる限りの魔力を身体強化に注ぎ込み、天井を、壁を蹴って50メートル近くあった距離を一瞬で詰めます。
当然、不審な護衛以外は私から皇子を守ろうと壁になります。
私はそれに構わず皇子を囲む側近の一団の中へ飛び込み、そのまま皇子を突き飛ばしました。
ナイフを構えた護衛と向き合うかたちとなった私は、接近中に纏っていた風を開放します。集団の中心で爆発が起きたような状態になり、身構えていた5人の護衛以外は転がりながら強制的に離れて行きました。
皇子も壁に顔面を強打していましたが、非常時なので仕方がありません。
「なっ!?」
「我らと敵対するつもりか!?」
「何のつもりだ?」
「皇子に何をする!」
護衛は私への敵意を露わに次々と銃を抜きます。
「イーノック皇子を害そうとしたのは、私ではありません!」
私は警戒を不審な護衛に向けたまま、声を張り上げました。
正面から見据えて分かりましたが、不審者はかつて私をレティの護衛扱いした騎士でした。その顔は私への警戒ではなく、目的を邪魔された怒りで歪んでいます。
「殿下に暴力を振るっておいて何を……」
「我らの前で堂々剣を抜いて、ただで済むと思うなよ」
他国の、しかも帝国と因縁のあるカロネイアの言葉は彼等の耳を素通りしたようです。不審者に顔を向ける事なく、5人の敵意が私を射抜きます。
さて、暗殺は阻止したものの、私が皇子を狙ったものと誤解されてるようですね。おまけに刺客はまだ皇子を殺る気みたいです。
この場を上手く諫めないと、いろんな人に迷惑がかかりそうですね。
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