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閑話 私のお嬢様 下

 とある夏の夜、私はノースマーク侯爵ジェイド様の執務室を訪れました。


 仕事柄、足を運ぶ事の多い場所ですので今更緊張はしませんが、私の予想が正しいなら、正式にお嬢様の専属侍女へ任命されるでしょうから、気分が少し高揚しております。


「王都への出立準備で忙しい中、時間を割いてもらって悪いね」


 国中の12歳から15歳の貴族子女が集う王立学院への出発まで、既に半月を切っております。もっとも、侍女である私が直前になって慌てる事態にはなり得ません。お嬢様の予定に沿って予め支度を整える事が職務ですので。


「いえ、強化魔法練習着の手配に忙殺されているお嬢様ほどではありません」


 本来であれば、全ての課題を終わらせたお嬢様には、初めて訪れる王都に思いを馳せながら余暇を過ごしていただく予定でした。けれど、カーマイン様との強化魔法の練習で、レティ様特注練習着を披露してから状況が大きく変わりました。

 現在のお嬢様は、練習着を侯爵家で正式採用する為、その手続きに奔走されております。


「うん、考案者のレティには王都へ行く前に目途をつけてもらわないといけなかったからね。とは言え、今日になって、他領からの強化魔法未習得者受け入れによる派閥強化、なんて意見書が出てくるあたり、あの子はまだ余裕があるのかな?」

「……思いついてしまうと、じっとしていられない方ですので」

「こちらは助かるけれどね。支える君達は大変だろうが、助けてやってくれ」

「はい、勿論です」


 それこそが、私の本分です。


「それにしても、学院の予習どころか、遥かに高等な教育を終えたとこれから知るお嬢様は、さぞ驚かれるでしょうね」

「あの子の置かれた状況は危うい。長く王太子が指名されていない為、各派閥がそれぞれ王子を担ぎ上げて次代の影響力強化を求めて争っている。そして、第3王子と身分・年齢が釣り合うレティは、その婚約者になるのではと注目されている。実際はそんな打診すら無いがね」

「その状況でお嬢様の優秀さが知れ渡ると、全ての派閥がお嬢様を引き込もうと動きますね。王子を支えられる優秀な王子妃の存在は、現在の力関係を揺るがしますから」

「その通り。レティは、何も知らない子供でいる事が許される状況にいない。だからこそ、私はレティに最高の教育を施した。これからは、その知識で自らを守れるように」


 ご自身の立場の危うさはお嬢様もご存知です。きっと受け入れてくださるでしょう。


「大人の都合で、子供らしくいられる時間をレティから奪ってしまったと、恨まれるかも知れないがね」

「お嬢様はそれが旦那様と奥様の愛情故だと分からない程、狭量ではございませんよ」

「……そうか」

「私としては、外国語の件は今でもお恨みしておりますけれど」


 お嬢様が外国語を学び始めた頃、その習得を助ける為に、日常の会話を外国語で行うよう命じられました。

 お嬢様はそれが彼女を想っての厳しさであると理解されていましたが、あの方のお世話をする者の中で、外国語に堪能なのが私だけだった為、全ての不満が向けられたのです。


「……まだそれを言うのかい?」

「ええ。あのお嬢様に1週間も笑いかけていただけなかった日々は、とても忘れられるものではありませんので」

「……それは辛かったろうね」


 お嬢様の事が可愛くて仕方のない旦那様なら、きっと分かってくださると信じておりました。


 世間話に興じている間に、父はお茶を入れてくれてから、執務室を辞しました。

 ここからは父にも全ては話せない話題になるようです。




「これを見てもらえるかい」


 そう言って差し出されたのは、鑑定魔法の結果について記した公式の書面でした。


 鑑定対象:窓ガラス

 付与内容:不壊、永続、自動浄化、反射、断熱、遮音、透度強化、吸光、UVカット、結露防止

 状態:安定


 一つの対象への付与数が10術式並んで、その物質が安定に保たれている時点で在り得ません。付与数の最大記録は8術式ですが、安定状態を保てず崩壊したと聞きます。

 さらに、最初の3つの魔法はお伽話で語られるだけで、理論上在り得ないとされていた筈です。その上、後半のいくつかは聞いた事のない新魔法でした。


「お嬢様ですか?」

「……その通りだけれど、君は驚かないのだね。最高位の鑑定師に極秘で視てもらって、私がその結果を聞かされた時は、受け入れるのに随分時間が掛かったのだけどね」

「お嬢様のなさる事ですから」


 お嬢様以外がこれを為したなら驚くに違いありません。けれど、お嬢様がされる事なら、時を戻しても、死者を甦らせても受け入れる自信があります。


「度量の広さが私の想定以上だったけれど、その様子なら、レティの特殊性を改めて語る必要はないね」

「1歳になられたばかりのお嬢様が、“魔石”を作り出された頃から存じてますので」


 お嬢様は最近までビー玉と思っておられたようですが。


「あれは衝撃だった。魔石とは魔物の体内で生成されるものという概念がひっくり返ったからね。しかも、全属性を内包して絶妙なバランスで形成された無属性、世界のどこを探しても見つからない代物だ」


 魔物も人間同様に魔法属性を有していますので、その魔石はいずれかの属性に偏ります。無属性の魔物も存在しますが、その魔石はお嬢様の作られたものとは異なり、いずれの属性も有しておりません。


 なお、魔石が人の手で作り出せると知れ渡ったら、再び産業革命が起こるでしょう。お嬢様が幸せな未来とは思えませんから、許容する気はありませんが。


「無属性と判定されたお嬢様ですが、全属性をお持ち、と言う事になるのですよね?」

「ああ、レグリット女史にも確認した。こちらが開示した情報と測定結果から総合的に判断すると、間違いないそうだ。もっとも、そんな生命体が確認された例はないらしいが、ね」

「神様にも愛されているのでしょう」

「レティの事なら、清々しいほどなんでも受け入れるね。流石、魔石を作り出すところに立ち会っても動じなかっただけはある」

「……当時は魔石の希少性も、その性質も知らなかったんです。……忘れてください」

「フフフ、漸く年相応の一面が見られて、安心したよ」


 我々が知った、お嬢様の最初の奇跡ですが、私がその凄さを理解したのは後になってからでした。もし知っていたら、お嬢様に忠誠を誓う日が早まったかもしれませんね。


「話がそれてしまったね。……これまで秘密にしてきたが、レティはかつて、暗殺されそうになった事がある」

「――――!!」


 お嬢様の暗殺を企んだ愚か者への怒りと、お嬢様を護ると誓いながら、暗殺の事実を知りもしなかった自分への不甲斐なさで、視界が真っ赤に染まります。


「あー、落ち着きなさい。暗殺の件は解決済みだ。実行犯も、首謀者も、既にこの世にいない。この件でレティの安全が脅かされる事はないよ」

「――――分かり、ました。今は、抑えます」

「娘を護る為に何もできなかったのは、私も同じだ。私が事件を知ったのは、狙撃犯の死体の発見が最初だったからね。そして、暗殺を防いだのが、先程の鑑定書の窓ガラスだ」


 話が繋がって納得しました。この様な伝説級以上の防護があるなら、お嬢様を傷付けられる筈もありません。

 それで私の怒りが消える訳ではありませんが。


「前例のない多重付与、魔石の生成、無属性としか判別できない全属性――――他にも隠している事があると思う。どれか一つでも世間に知られれば、誰もがあの子を手に入れたいと望み、世界を揺るがすだろう」

「――――はい」


 一国の王位、派閥抗争とは比較にならない大騒動になるでしょう。


「君にとっては当然の事かもしれないけれど、敢えて言おう。どんな時でもレティの味方でいてあげてほしい。万が一、侯爵家とレティのどちらかを選ばなくてはならない事態に追い込まれたとしても、レティの側に付いてほしい」

「!…はいっ」


 その心算ではいましたが、侯爵様にはっきり告げられるとは思っていませんでした。なるほど、父に席を外させる訳です。


「そうして迷わず肯定してくれる君に、レティを託す。補佐としてベネットを付けるので、王立学院でのレティの生活を支えてやってくれ」

「はい!」

「改めて、フラン・ソルベントを本日付で、娘スカーレットの筆頭侍女に任命する」

「ありがとうございます!謹んでお受け致します」

「以後、君への命令権はスカーレットのみにある。君の忠誠と能力を信じている。永く支え、護り、共に在り続けてほしい」

「はい!」


 侍女への就任はほぼ確定していた筈でしたが、いざその時になってみると、想像以上に喜びが沸き上がってきます。

 これで名実共に、私はお嬢様の侍女となれたのです。


「なに、そう気負い過ぎる必要はない。窓に限らず、レティが屋敷中に付与して回ったようだからね、どんな要塞よりも強固な建造物になっているよ。いざという時は、ここに引き籠ってしまえば、国を敵に回しても持ち堪えられるよ」

「お嬢様が、何やら新しい魔法を作られていたようですから、もしかしたら撃退までしてしまうかもしれませんよ」

「それは怖いね、詳細は君達が里帰りした時に聞かせてもらおうか」


 旦那様は冗談を仰ったつもりかもしれませんが、お嬢様は無自覚に奇跡を作り出す方ですから、いざという時には笑えない可能性が高そうです。

 お嬢様が“お掃除”に行って以来、農場の作物の発育が異常に良いですし、最近ではご自分以外に強化魔法を施されるようになっています。他者への強化は、属性の差が障害となって行使不可能とされていた筈ですが、全属性のお嬢様には問題とならないのでしょうね。


「そう言えば、先日、王都では危険も多いだろうからと、お嬢様にお守りを頂いたのですが…」

「――――専門が異なるので、詳細は分からないかもしれないが、出発までにレグリット女史に鑑定を頼んでおこう」

「お願い致します」


 気安く多重付与を行うお嬢様は、私のお守りにどんな願いを込めてくれたのでしょうか。

 どんな鑑定結果となるのか、少し楽しみになってしまいました。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ずいぶんお嬢様はやらかしてたんですね。 スカーレットのやらかしは濃かったでしょうから、本編にあっても良かったと思いますけど、閑話での情報で丁度良かったとも思うのが、不思議です。
[良い点] お嬢様が想像以上にやらかしてた でもいいんだ 腕白でもいい、たくましく育ってほしい
[気になる点] 説明はありがたいですが、会話が多いように感じます。 上級貴族家主と側近ではない従者の会話としては違和感を覚えます。 (自分の勝手な上下社会イメージに基づいてですが) 共通認識は思考…
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