ダンジョン散歩
ダンジョンの中はとても澄んでいた。
何がって、私の視界の話。
つまり、ダンジョン内部にはモヤモヤさんが全く見あたらない。
魔素濃度の高い地域に発生すると聞いていたから、視界がモヤモヤさんでいっぱいになる事を覚悟していた。
けれど実際はその逆。
その裏付けとして、スライムが全くいない。ダンジョンから小動物以下の魔物は生まれないし、餌となる魔素が存在しないなら寄って来る筈もない。でもこの状況、この世界ではかなり異常な事だった。
これは想定外。
思っていた以上に常識が通用しそうにないね。それが分かっただけでも来た甲斐があったよ。
何しろ、研究者と冒険者では興味の対象が違う。魔物への警戒と珍重品の捜索に注意を割いた冒険者から、こんな情報が上がってくる訳がないからね。
「あ、キャシー、マスタード取って」
「はーい」
「んー♡ フランさんのサンドイッチはやっぱり美味しいですわ」
「うふふ、なんたって私のフランだからね」
「基本的に、基本的に料理人は主人に合わせて味を調節しますから、ノーラのところも少しずつ良くなるのではないですか?」
「ええ、楽しみにしてますわ」
で、ある程度の調査を終えた私達は、レジャーシートを敷いてお昼をパクついている。
「でも、でもいいのでしょうか? ダンジョンの中でこんなにゆっくりしていて」
「いいんじゃない? お腹が減っても頭が回らないし」
ウィンナーを摘まみながら答える。
フラン特製、タコさんではなくクラーケンウィンナーです。足の数が違うよ。
うん、美味しい。
「気を張るばかりでは疲労が溜まりますから、適度な休憩は構わないと思うんですが……、ね」
「……違う、オレ達が思い描いていたダンジョン探索はこれじゃないっス……」
何故かグリットさん達が頭を抱えている。
グラーさんが食欲より他の事を気にするとか珍しいね。早く食べないと食事の時間無くなるよ?
「諦めなさい。スカーレット様達が同行する時点で普通の探索なんてできっこないんだから」
「……想定外、斜め上」
なんだか酷い事言われてる気がする。
多分、常に警戒が必要で一瞬も気を抜けない場所、とか考えてたんだろうね。別に間違っている訳じゃないし、普通は護衛対象が加わるなら難易度が上がる。
でもそうならなかった事には、それなりの理由がある。
「オーズさん、右の壁、魔物が発生しますわ」
「あ、ホントだ」
「属性は地、この感じからすると……鋏百足でしょうか?」
「……はい、分かりました」
ノーラが注意を促した少し後、何もなかった筈の岩肌に大きな百足が現れて、這い寄る間もなくオーズさんに討伐された。
第4騎士隊と烏木の牙は交代で食事を摂る事にして、片方は警戒を続けている。
とは言え、あまりやり甲斐があるようには見えない。ノーラが出現する魔物の種類まで特定してくれるので、彼等は魔法籠手の属性を選択して撃つだけで済む。
一通りの魔物を殲滅した後は警戒の意味が薄く、彼等は所在なさげに佇んでいる。
こうなっているのも、本来、姿を現すまで察知も探知もできない魔物の発生を、私とノーラが目視できる事が大きい。
ダンジョンから魔物が生まれるより少し前、その地点からモヤモヤさんが溢れ出る。周りが澄んでいるものだから、酷く目立つんだよね。
ノーラなんてもっと凄い。
周辺の魔力が収縮する様子が分かって、その属性と壁の向こうで形成するおおよそのシルエットが見えるらしい。何でも、構造物の内部で複雑に混じり合っている魔力が、その瞬間には蠢くのだとか。
陰影の形成が終わると壁から透け出てくるのだけれど、その時には迎撃の体制は整っている。
おかげで食後のお茶を楽しむ余裕もあるかな。
ちなみに私達の魔眼について、キリト隊長達には明かしてある。
私の傍に付く以上、隠しようがないし、真面目な彼等の守秘義務は信じられる。
「魔力が動くって事は、魔法の一種と見ていいですよね」
「うん。魔物を作る事で消費された魔力が、魔素となって散るのを私が見てるんだと思うから」
そのモヤモヤさんはすぐダンジョンに吸われてしまうのだけど。
「つまり、つまり巨大な魔法装置と言えますね」
「益々ダンジョン核が気になりますわ。これだけのものをどういう術式で動かしているのでしょう?」
一応、フランをそっと窺ってみたけど、静かに首を振られた。
うん、知ってた。
今のところ安全に探索できているけれど、奥に進めば魔物は強力になってゆく。死角での魔物発生が予見できるだけでは、安全確保に足りないよね。
「しかも、そんな代物が自然発生ですからね。魔道具の理論とは根本的に違うものかもしれません」
「確か、確かダンジョンは神様が作ったって説もありましたよ」
「うん。でもその説は置いとこうか。そんな事言ったら、私達じゃ解明できないって降参するようなものだし」
「それは……それは、私も嫌ですね」
「魔道具の原点が見つかれば共通点が見つかる可能性はありますね。何かきっかけが掴めるかもしれませんわ」
それは確かに期待してる。
「でも貴重品も魔物と同じで無作為発生だからね。確実に最奥にあるって判明したダンジョン核より捜索が難しいかもしれないよ」
「それもそうですわね。そうなると、安全にダンジョンを進む方法が確立しないと考察が進まない事になりますわ」
「ですけど、外と同様に魔導変換器で魔物を減らすって方法は使えなくなりましたよ。他に案はありますか?」
そうなんだよね。
モヤモヤさんのない空間だなんて思わなかったから、視界的に快適ではあるけれど前提は大きく狂った。
「あの、いつの間にか探索を続ける方向へ話が進んでいませんか?」
警戒を続けながら耳を傾けていたキリト隊長が、不安そうに口を挟む。
昼食の後は分岐の先を確認しながら帰る事になってたからね。護衛としては気になるところだと思う。
「大丈夫ですよ、何かいい方法を思い付いたらって話です。約束通り無茶はしませんよ。ちょっと行ってみたいってだけです」
「何一つ大丈夫ではないですね。思い付いても今日は許可できませんよ」
「……はい」
「不満そうに返事をしないでください。不安になります」
もう少しゆっくりしたい気はするけれど、約束を破る事はしないよ。
「気持ちはお察ししますが、仮定の話で済んでいる間はそっとしておいて差し上げましょう、キリト様。私達の心配が理解できないほど愚かではないと、信じていますから」
何しろこの通り、フランの笑顔が段々凄味を増してきてるしね。
これ以上は絶対に譲歩しませんって迫力をひしひしと感じてる。私、ダンジョンの魔物より怒ったフランが怖いです。
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