計画の練り直し
ダンジョン発見の一報は瞬く間にベースキャンプを駆け巡った。
王国では8例目になる発見は注目を集めている。
でも私達は笑えない。
「ダンジョンは周辺の生態系へ影響を与えますからね」
「だよね~」
頭を抱えるキャシーの言う通り、伝令役が飛んでくるだけの理由がある。実験の責任者としては今後の方針を見直さないといけない。
私も頭が痛い。
そもそもダンジョンとは、突然発生した地下空間の事を言う。
自然が形成した洞窟や地下空洞と違って誕生の時点で複雑な迷宮となっており、内部には魔物が湧く。ただし、一定の生態系をもって繁殖する外部と違い、ダンジョン内では何処からともなく魔物が湧いて出る。ダンジョンから魔物が生まれるのだと言う。
その不可解さから、ダンジョンは地形が魔物化したものだという説もある。発見例が全て魔素濃度の濃い地域だと言う点も、その仮説を後押ししている。
で、入り口が柵で隔てられている訳ではないから、当然魔物はダンジョンの外へも出てくる。
ダンジョンでは下層ほど魔物が強力な傾向があり、上層の魔物は大した脅威にはならない。それらも溢れ出ると言うほどの規模はないので、通常ならば過度な警戒は必要ない。
ただし、実験には支障が出てしまう。魔導変換器による生態への影響を確認したいのに、魔物が湧き出る洞穴があると調査結果の信用性が揺らぐ。
「幸い、幸いなのは北の山、フラッス山が対照実験用の場所と言う事でしょうか。不干渉地域なら場所を移す事も可能です」
対照実験、つまり魔導変換器を使用した地域と使用しない地域の移り変わりを比較するつもりだった。フラッス山は手を加えない方、空試験にあたる。
似た環境が用意できるなら変更はできる。
「場所を移すとなると、プファイル山の向こうのハーフェン山あたりが候補かな? 山を越えなきゃだから立地的に面倒になるけど」
「拠点を移すと今度は東のワーフェル山が遠くなりますからね。比較対象なら経過観察だけですから、多少の不便は呑むしかないんじゃないですか?」
「トゥーム山やプファイル山のように魔物討伐の為に大部隊を動かす訳ではありません。キャシー様の言う通りだと思いますわ」
うん。
他に方法はないかな。
北や南に移動すると環境に差が出てこれまた実験の正確性が損なわれるし、魔物の殲滅が進んでいるトゥーム山を放棄、或いは拠点を移して距離が遠くなるとリグレス大佐達との溝がますます深まりそうだし。
「とは言え、ダンジョンを放置って訳にもいかないよね」
「ダンジョンは、ダンジョンは常時監視が原則ですからね。王都へ連絡して人員を送ってもらうにしても、当面は我々で人員を割くしかありません」
ダンジョンから出てくる魔物は基本的に弱い魔物が多いけれど、それらを餌に下層から強力な個体が昇ってきた例もある。しかも、王国における竜討伐の半分はダンジョンから現れた個体だったりする。
そんな代物を放ってはおけない。
「監視拠点の作成には協力しようか。これもウェルキンを使った物資運搬の好例になるし」
「それより王都への報告が先じゃないですか? ウェル君を動かしますか?」
伝達手段としてはそれが最も早い。
けれど賛成の声は続かなかった。私含めて全員がそれを分かって眼を逸らす。
王都まで往復するとなると1日では戻れない。その間、私達は宿泊場所をなくすって事だからね。とは言え、責任者がここを空ける訳にもいかない。
「ウェル君以外となると、飛行ボードの最長移動に挑戦しますか?」
「それはそれで大変そうだけど、ボードはこういった緊急連絡手段も想定してるからね。ちょっと無理を通すしかないかな?」
「本来なら継ぎ送りのように伝令役を替えながら飛んでもらいたいところですけれど、飛行ボードを扱える人員がここにしかいませんから今回は仕方ありませんわね」
伝達拠点の設立は急務だけれど、飛行ボードが普及していない今はどうにもならない。
「ひょっとすると、ミョウザになら交代できる人員がいるかもしれませんけど」
キャシーが淡い期待を口にしたけれど可能性は低い。
ミョウザ子爵の反応から察するに騎士に修得させるより自分達で楽しむ事を優先してると思う。だからと言って、子爵家所縁の人物を伝令役には仕立てられない。
「不確定な事を頼るのはやめとこう。……クラリックさん、お願いできますか?」
無茶を通すなら信頼できる人間じゃないと託せない。
そして単独、或いは少数での移動を頼む以上、ある程度の腕っぷしも要る。飛ぶ事の負荷は抑えていても、長距離の移動となるなら体力も要求される。しかしキリト隊長みたいな任務を負った人員は外せない。
実力も体力もあって流動的に動かせる―――そんな私の手札は烏木の牙しかいない。
「了解。任せてもらいましょーか」
そして彼等の中では身軽で強化魔法にも長けたクラリックさんが適任となる。
彼は快く頷いてくれた。
「ウェルキンちゃんほどではないですが、飛行ボードも乗り甲斐がありますからね。ちょいとひとっ飛び行ってきますよ」
「前例のない挑戦となります。首尾よく成し遂げてくれたなら、特別報酬を用意しますよ」
「お、そりゃ楽しみだ。勿論コレですよね?」
そう言ってクラリックさんは何かを傾ける仕草をする。
お酒、好きだもんね。
「ええ。父の秘蔵の1本を約束しますよ」
「は、ははっ! こりゃ何としてもやり遂げなきゃな」
こんな無茶を聞いてくれるなら、後で私がお父様に叱られるくらい安い。
「いいなー。羨ましいっス」
「はっはっは、無駄に脂肪がついていなけりゃ、代わってやれたのにな」
「嘘つけ。酒がかかった時点でお前に譲る選択肢はないだろうが」
「別にパーティーへの報酬として、皆で飲んでもいいのよ?」
「馬鹿言え。1人でチビチビ飲むに決まってるだろ!」
「……クラリック、強欲」
「俺の酒を狙ってる奴に言われたくねー!」
「まあまあ、報告書はこちらで用意しますし、詳細を伝えればオーレリアが動いてくれると思います。その後は彼女に指示に従ってください」
放っておくと彼等は際限なくグダグダになりそうなので、適当なところで締めておく。
前人未到の速さで王都辺境間を移動しようっていうのに、彼等に任せているとちょっとお使いに行くみたいな気軽さに聞こえてくる。
「それに、特別報酬は皆さんの分も用意しますよ。グリットさん達には別途無茶を引き受けてもらわないといけませんから」
それだけで続く言葉を察したようで空気が締まる。
「皆さんにはダンジョンの探索をお願いします」
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