魔法籠手
「それは魔物の殲滅が遅れている我々への当てつけですか?」
勝手に新装備を流布するつもりはない。
だから、念のため確認を取ろうと、リグレス大佐が帰還したタイミングで話しかけた答えがこれだった。
対話を諦めるつもりはないけれど、こうも態度があからさまだと真っ当に相手をする気が失せてくるよね。
「確かに予定よりは遅れている。しかし問題が起きている訳でも、我々の戦力が足りていない訳でもない。むしろ、ここで余計なおもちゃの扱いを押し付けられる方が足枷になる。ご自慢の新装備とやらの試運転は、我々が討伐で拠点を空けている間に済ませておいていただきたい」
とは言え、大佐の反応は予想の域を出ていない。
筋を通したならこれ以上の用はない。傍にいるだけで嫌な顔されるって分かっているので、お互い無駄に気分を損ねる必要はないよね。私はさっさとのその場を辞した。
「これで、新装備の受け入れを拒否されたって口実は手に入ったよね」
「はい。後は勝手にさせてもらいましょう!」
言いながら、キャシーはグリットさん達を呼ぶ為走って行った。マーシャにもオキシム中佐へ声を掛けてもらう。
私はノーラと一緒に実験の準備を進める。
私がまた何か始めたのかと、野次馬も寄って来たけど気にしない。
「これは……籠手、ですかい?」
グリットさんは手渡した装備を戸惑いながらも身に着ける。
彼等のパーティーはヴァイオレットさんを除いて全員が騎士タイプなので、今回の実験には都合がいい。遠征で空ける事も多かったし、どうせなら王国軍の人達と一緒に驚いてもらおうと、詳細を伏せてきたしね。
「でも、あんまり硬くはなさそうっスね」
「ま、スカーレット様が意味深に笑っているくらいだからな。ただの籠手って事はないだろーぜ」
「……きっと、驚く」
グラーさん達も後に続く。付き合いも長くなってきただけあって、クラリックさんが割と鋭い。それでも警戒している様子がないのは信頼だろうね。
「形的には籠手でも、今のところ近接戦闘は想定していません。細かく魔導線を組んでますから、強い衝撃は避けてくださいね」
「了解っス」
「でも、将来的には盾と一体型なんてのも面白そうですね」
「それはまだまだ先の話だね。強度計算でマーシャが泣くと思うから」
「うふふ……。その時に、その時に備えてキャシーに引継ぎをしておきますね」
「げ」
「身に付けたら、側面の差込口にこのカードを入れてください」
そう言って赤い板状の物を手渡す。
これがこの装備の肝になる。
「これは……魔道具の基盤ですか? 本体と別って構造は珍しいですね」
彼等は研究所に出入りしてるから、それが出来る限り薄く作った分割付与の基盤だって事は気付いたみたい。
「ええ。基盤を切り替える事で用途を使い分けるんです」
「なるほど、複数の使い方が可能な魔道具ですか」
別に用意してある青や黄のカードを見せると意図を汲み取ってくれた。
強度に問題があるなんて話をしたからか、4人とも慎重にカードを差し入れる。
カチリと固定具の音がした瞬間、カードが赤く輝いた。
『SET! ファイヤーアロー!』
「うわっ、籠手がしゃべった!?」
「……使う前から、驚いた」
本命に辿り着く前にとても喜んでくれた。
今回は基盤に声を付与してみた。私の遊び心以上の意味はない。カードを差し込むと光る仕掛けも同じ、何となく見栄えがあるといい。
「あはは、これ面白いっス!」
『SET! ファイヤーアロー!』『SET! ファイヤーアロー!』『SET! ファイヤーアロー!』『SET! ファイヤーアロー!』
「おい、壊すなよ?」
グラーさんなんて、出し入れして遊んでいる。
でもって、意外とグリットさんがおっかなびっくりだね。さっきも籠手から声が響いた瞬間、飛び上がっていたし。
「準備ができたら、向こうの的に向かって魔力を籠めてください」
「魔力を……こうかい?」
グリットさんが籠手を着けた右手をかざした瞬間、その上部へ炎が矢を形作る。
「うわっ」
なのに、驚いたグリットさんが魔力を霧散させたせいで炎の矢も消えてしまった。
「リーダー、かっこ悪いっすよ?」
「う、うるせぇ。ちょっと驚いただけだ! 見てろ……ファイヤーアロー!」
改めて炎の矢を形作ったグリットさんが魔法名を唱えた瞬間、矢はまっすぐ飛んで、的が燃え上がった。
「「「おおっ!!」」」
烏木の牙の皆より、野次馬が沸く。
グラーさんやクラリックさんが続くと、騒めきを聞いて周囲から更に人が寄ってきた。
「凄ぇ、本当に魔法が出た」
「魔法を撃つのは初めてですか?」
「根っからの騎士タイプですからね、放出系の魔法は苦手なんですよ。案外気持ちのいいもんですね」
「気に入ってくれたなら良かったです。基盤を取り換えれば、青色でウォーターランス、黄色でストーンバレットが使えますよ」
「……術者の属性に関わらず、ですかい?」
「ええ。そもそもグリットさんは地属性でしょう?」
「え!! ちょ、ちょっと待ってください!? 術者の属性に関係なく魔法が使えるのですか!?」
激しく喰いついたのはオキシム中佐。
常識が引っ繰り返って取り繕う余裕を失くしてる。
「はい。属性変換器を組み込んでいますから、術師が誰であっても同じ魔法が行使できます。術師の役割は魔力を籠める事、魔法の形成は基盤側が行いますから」
「……いつの間にやら、変換効率の課題は越えられていたのですね」
そういや、改めて報告はしてなかったかも。
スピンネって魔魚の鱗を成形すると上手く嵌まったんだよね。魔物素材を端から試したマーシャの成果だよ。
説明を聞いたオキシム中佐も籠手を身に着けると、次々複数の属性を試し始めた。中佐は術師タイプだから射出系の魔法は初めてではないけれど、自分の属性以外については新鮮みたい。
向こうではクラリックさんが連射を試して、ニュードさんが矢をどれだけ大きくできるか挑戦している。
なんとなく童心に返って見えるね。
『SET! ウィンドカッター!』
『SET! ストーンバレット!』
「あはは! 右手で風魔法、左手で土魔法っス」
「グラー、適当に使って壊したら、しこたまぶん殴るからな」
「リーダーは心配性っスね。拙い使い方をしたなら、きっとスカーレット様が止めてくれるっス」
気付くとグラーさんは両手に籠手を着けて遊んでいた。
まあ、誰かがやるとは思ったよ。
その様子を見た私は、そっとキャシーへ冷めた視線を送る。
「あはは……、気付いたら試したくなりますよね」
「で、グラーさんと同じようにマーシャから窘められてたよね」
「まあ、想定される使い方を先行してみたって事で……」
実際、グラーさんが後に続いた訳だけども。
でもこうして思い思いに新しい魔道具を試す様子を見ていると、遊んでいるようにしか見えないね。私達も完成した時点でたっぷり楽しんだし。
案外、リグレス大佐のおもちゃ発言を否定できないかも。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。
 




