実験の準備をしよう
ベースキャンプの設営が終わった後、王国軍の人達は周辺の魔物を狩っていた。食べ物の匂いに誘われたり、夜寝静まった時間に襲われたりすると困るからね。
哨戒する部隊は置くけれど襲撃の可能性は減らした方が良い。
本格的に山に入るのは明日からになる。
「まずは斥候班による魔物の生息状況の確認、そして南に聳えるトゥーム山に住む魔物の殲滅ですな」
「はい。殲滅作業の状況と斥候の報告内容を踏まえて、その後の魔導変換器設置を調整します。そこまでにどれだけ必要と考えていますか?」
「1週間あれば」
「……分かりました。遅延があれば、都度報告をお願いします」
「了解。まあ、そんな事はあり得ないと思いますがね」
ふん、と鼻息が聞こえそうなほどの自信でリグレス大佐が応じる。
私は各部隊の責任者と最後の確認を詰めている。
主にリグレス大佐とのやり取りを聞かせる形だけどね。
この場所は四方に山を構えている。
だから私はそれぞれの山単位で実験区画を分けた。
北のフラッス山には手を入れない。魔物の状況を確認するだけに留める。
魔素を取り除いた場合と対比の為と、魔素環境の変化で周辺から魔物が流入してくる様子を観察する。
ここには斥候部隊の派遣だけを行う。
東のワーフェル山と西のプファイル山は、魔物の状況を確認してから魔導変換器を設置する。
ワーフェル山では魔素を失った山における魔物の変動状況を長期に渡って観察し、プファイル山では魔素除去後に残った魔物を討伐して回る。
そして南のトゥーム山では予め魔物を殲滅してから魔導変換器の設置を行う。魔素が消えた山へ魔物が戻るかどうかを観察したい。
なお、私達の滞在場所はこのトゥーム山の麓にあたる。
身軽な冒険者は斥候部隊と合流、トゥーム山への対処は軍主導で行う。
トゥーム山に生息する魔物の殲滅は実験においてかなりの難所となる。なのに1週間で大丈夫なのかな?
気にはなるけど、横柄な様子のリグレス大佐に確認し直すのも角が立つ。大佐の偏向主義は置いておいても、軍の力量を疑うのは拙い。
ま、口を挟むのは何日か様子を見てからでいいかな?
スライムや小型の魔物まで残らず片付けろって訳じゃないし、彼等も十分に武装を用意してるしね。
「それから、それぞれの連絡要員と斥候部隊の一部は飛行ボードの習得を進めてください。報告までの時間が大幅に短縮できますし、空からの偵察も可能となります。特に討伐を行わないフラッス山とワーフェル山の観察は楽になるでしょう」
「はい! スカーレット様、是非私の部隊にお任せください!」
「いやいや、私のところの方が器用な者が揃っています。修得も早く、無駄がないでしょう!」
「そこは開発部が優先でしょう! スカーレット様のお役に立つ報告書を素早く届けられますよ!」
「いいや、身軽なのは何と言っても冒険者だ! スカーレット様、是非!」
「狡いぞ、斥候部隊が優先と仰られたではないか」
「そこへ合流するのだから、俺達だって部隊の一員だ!」
さっきまで話に頷くだけだったのに、皆さん急に勢いづいた。
ウェルキンの移動中も窓に張り付いている人、多かったもんね。空間魔法で滞在スペースを広げた関係上、収容人数あたりの窓際席が少ないと初めは奪い合いだったくらいだし。
やっぱり空への憧れは多いみたい。
「あくまでも任務遂行に必要な備品だ。お前達のおもちゃではないぞ?」
収拾がつかなくなるのは拙いと思ったのか、諫めるリグレス大佐の声も届かない。
仕方ないから私は懐柔に回る。
「飛行ボードは100台弱を用意してあります。ひとまず希望者には行き渡るでしょう」
「ひゃ……! やった、俺でも空が飛べる!」
「良かった……隊長権限を強引に使って、部下の信用を失わないで済んだ」
「……フフフ、俺は空の覇者。遥か空から愚民どもを見下ろすんだ……」
これから軍に拡散していく事を考えると、今回の実験参加者には全員修得してもらいたいと思ってる。軍の内部からボードの有用性を主張してもらえるなら普及も早いよね。
何やら不穏な声も聞こえたけども。
ちなみに、ジャスト100台用意したボードが減った理由を説明する気はない。
会合を終えてウェルキンから出ると、香ばしい香りが漂ってきた。
日も陰って来たし、そろそろ夕食の時間だね。
「あー、すっかりお腹が空きましたわ。丁度いい時間になりましたね」
ノーラの声も弾んでる。
今回の実験にはノーラのところのアセットさんは勿論、私やマーシャの屋敷の料理人も参加している。実験参加者全員の分となるとそれでも手が足りないと、心当たりの料理人さんも集めた。
ウェルキンには調理設備も整っているからノーラが楽しみにするのは当然だよね。
実験期間のベースキャンプ滞在中は勿論、山を攻略する間の弁当も彼等が受け持つ予定。
この為にミョウザ子爵の協力を取り付けた訳だしね。
「今日はどなたが担当なのでしょう? 料理人が沢山いると、毎日が楽しみですね」
「今日は着いたばかりだから、足の早い魚を消費するんじゃないかな? そうなると港湾区側のお店の人かな」
「お魚! 良いですわね。そう言われてみると磯の香りが混じっている気がします。山に囲まれて少し不思議な気分ですわ」
折角複数料理人がいるのだからと、メニューは日割りで当番を決めている。
献立表はあえて作らない料理人ガチャを、ノーラは実験前からとても楽しみにしていた。ミョウザ子爵が手配してくれる食材や、オークみたいな可食魔物の収穫次第で料理の幅は大きく変動する。
「なあ、滅茶苦茶美味しそうなスープが見えるんだが?」
「改めて教えてくれなくても、ずっと前から匂ってるよ。俺達、山へ遠征に来たんだよな?」
「任務中なのに糧食じゃないのか? 料理だけ見せつけて、お貴族様だけで食べるとかないよな?」
「そんな事されたら二度と聖女なんて呼べねえよ。童話の悪魔でもそんな酷い奴いないぞ」
「信じようぜ。あの料理人の数、寸胴鍋の量だ。スカーレット様がいくら大喰らいでも食べきるのは無理だろう。きっと俺達にも回してくれる筈だ」
「貰えなかったら暴動だな……」
「この香りに包まれながら糧食をもそもそ食べる……我慢できる訳がねえ」
誰が大喰らいだ!?
概ね好意的に捉えてくれていると思ったら、とんだ疑心暗鬼になってるよ。
これだけの人に囲まれながら私達だけで美味しいものを食べるとか、こっちにとっても拷問だからね? 味がするとは思えない。
「私、実験協力者の生活環境を整えようと思っただけなのに……」
「まあまあ、きっと普段と違って驚いただけですわ」
「過度にもてなすと逆に気を使わせるってグリットさん達で学習したから、贅沢になり過ぎないよう加減したんだよ。別に高価な食材とか使ってないし」
「……山の中でふんだんに火や水を使う事が贅沢と思われたのかもしれませんわ」
水は地下からいくらでも用意できるし、魔導変換器を使うから燃料には困らない。モヤモヤさんで薄暗いキャンプ地に私が耐えられないから、着いてすぐに変換器を稼働させたしね。
でも実用化がまだの技術には違いない。私と周囲の前提が違い過ぎたかも。
驚かせたのは申し訳ないとは思うけど、悪い事をした訳じゃないからすぐに喜んでくれるよね?
「スカーレット様、これはどういったおつもりでしょう?」
なんて思っていたら、機嫌の悪そうなリグレス大佐に詰め寄られた。
その後ろにはオブ……なんちゃらっぽい人達が雁首を揃えている。
?
生活環境を整えたら怒られるの?
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