拠点設営
ミョウザ子爵領に1泊した翌日、ウェルキンで半日ほどの移動でリデュース辺境伯領へ着いた。
領都より少し先、国境よりはずっと手前となる。流石に、帝国から警戒されている真ん前で実験するって訳にはいかないからね。
領主への挨拶は、辺境伯が王都に滞在中だったので既に済ませてある。
「話は聞いていましたが、周りは山、山、山、山、他はな~んにもないですね」
「仕方が、仕方がありませんよ。領都からこちらは人の生活圏ではありませんから」
キャシーがぼやいて、マーシャが嗜める。
私もキャシーの言い分には同意するけど、兵士の中には辺境領出身者もいる。自重は必要だよね。
このあたりは別名、剣山とも呼ばれるソーヤ山脈のただ中にある。
ヴァンデル王国で最も深い魔物領域となる。
「もう少し北には竜いるんですよね、竜!」
「そうらしいけど、クランプルドレイクみたいななんちゃってドラゴンじゃなくて、お伽話に出てくる本物の古龍種だよ。見に行こうとか考えないでね」
「でもレティ様だって、少しは興味がありません?」
「ないとは言わないけど、今の私は実験の責任者だからね。部隊を危険に晒すような事は言えないよ」
「……王国軍を亜竜の群れに突っ込ませようって人の発言とは思えませんね」
「古龍種と亜竜は別物だからね」
まんまファンタジーの塊みたいな古龍、エンシェントドラゴンと違って、亜竜は大きな蜥蜴だからね。
魔力を巨体の維持と身体強化に全振りしているから、飛んだり火を吐いたりマルみたいな変な能力も持っていない。私的には恐竜って感じだね。
「大丈夫、大丈夫。亜竜に銃火器が効かないって話は聞かないから」
「でも皮膚がぶ厚くて魔法は効果が薄いらしいですよ」
「だからこそ、その構造を確認したいって思わない?」
「……思います」
だよね。
好奇心って大事。
何が閃きの切っ掛けになるか分からない。
素材も欲しいしね。
「亜竜の牙や爪を剣に練り込むと鋭さが上がるって言うけど、いまいち理屈が分からないよね。この機会に検証してみたいって思うんだ」
「銃が実用化される前は、亜竜を討伐したなら一躍有名になれたらしいですからね。その証明を武器に用いる事は勲章みたいなものだったのかもしれません」
「竜殺しの剣とか有名だよね」
正確には亜竜殺しの剣だけど。
王国では魔法と近代兵器以外での竜の討伐記録は存在しない。
「栄誉的な意味で武器に取り入れただけなら、強化の役割は期待できないかもしれないですね」
「何にしても試してみないとね。亜竜を倒せるだけの冒険者が、意味なく武器を作っていたとも思えないから」
剣、つまり金属の塊に有機物を混ぜ込んでも前世では灰になるだけだった。
けれど今世では魔術的な結び付きができるからね。鱗鎧とか、鱗をそのまま加工するんじゃなくて、鱗入り金属製の鎧の事をそう呼ぶ。
ウェルキン強化の為にも新しい素材の知見が欲しい。
なんて私達が雑談をしている間、軍関係者はベースキャンプの設営でバタバタしている。でも私達はする事がない。
宿泊はウェルキンがそのまま使えるし、研究に必要なものも全て積み込んであるしね。屋敷丸ごと移動したと言っていい。
おかげで山の中でもフランの紅茶を楽しめる。
「とは言え、皆が働いているのを横目にお茶を飲んでるだけってのも感じが悪いよね」
「同意ですけど、今更って気もします」
「水くらいは私達で用意しようか?」
「ああ、あの魔道具ですね」
近くに水源はない。
こういった場所に滞在する場合、水属性魔力がたっぷり詰まった給水の魔道具を用意するか、水属性の術師を多数配置する。
でも生活用水って馬鹿にならないから、今回、新しい魔道具を用意した。
駐屯地の活用範囲は決まったみたいだから丁度いい。
私達は手分けしてキャンプ周辺に液体を撒いてまわる。
「スカーレット様、何を始めたのでしょう?」
お嬢様が何を始めたのかと訝しむ視線も多い中、私達の行動に気付いたオキシム中佐の巨体が飛んできた。興味津々、フランが持つ液体を注視している。
ちなみに、自分で撒こうと思っていたらフランに取り上げられたよ。
「水を集めようと思いまして」
「? 水を? それなのに水を撒くのですか?」
訳が分からないって顔で尋ねられる。
「これは水ではありません。水属性の魔法を付与した魔漿液です」
「魔漿液……回復薬に使っている、あの?」
「はい。正確には魔漿液で希釈したスライムですね」
「???」
スライムは水に漬けておくとそれを吸収して膨らみ、一定以上の大きさになると分裂する。魔素が不足している場合はそこに沈んでいるだけになる。魔漿液の方が僅かに比重が高い。
それなら魔漿液に浸けておくとどうなるのか?
その答えがこの液体。スライムを構成するゼリー状の部分がゆっくりと溶け出し、液状のスライムになる。動く事はできなくなるみたいだけれど、スライムとしての生態はそのまま残る。
液体を全て撒き終えた私達は、瓶の底にあったスライム核を撒いた液体に接触するよう地面に埋める。
「まさか、この状態でもこのスライムはまだ生きているのですか?」
「はい、その通りです。この一帯にスライムが染み込んだ状態で、あらかじめ付与した魔法を行使し続けてくれます」
「あらかじめ付与した魔法?」
「複雑な付与はできませんから単純な内容ですよ。周辺の水属性魔力を集める、それだけです」
地面にはいろんなものが染み込んでいる。
様々な属性魔力もその一端。
街中なら大した量ではないけれど、ここは魔物が住まう土地。雨風で流された血液が、土に還った歯骨が、一見普通の植物にしか見えない魔樹の枝葉が、風化した魔石が複雑に溶け込んでいる。
多くは魔素として拡散しても、地面に溜まった魔力は多い。
「そこから水属性魔力を引き出します」
「いや、理屈は分かりますが……複雑に混ざった中からどうやって水属性だけを……あ」
オキシム大佐はようやっとスライムの意味に気付いたみたい。
「ある人が手掛かりをくれました。魔漿液に属性物質が溶け込まないなら、該当する属性を付与すればいい、と」
水属性を付与した魔漿液には水属性魔力だけが溶ける。水属性になったスライムは周辺の水属性魔力を吸収し続ける。
「異なる属性同士は反発します」
「……なるほど、逆に言うなら同属性は引き合う訳だ」
「はい。そこで液体スライムです。限界まで希釈したスライムは地面に染み込みますが、その繋がりは切れません。そこで―――」
ザクッ
私はスライム核の近くに杭を突き立てる。
その上部には水を生み出す魔道具、更に蛇口が設置してある。
でもって、魔道具稼働に必要な魔力はスライムが集めてくれている。
蛇口を捻ると水がどばどば出てきた。
「おお!!」
「これがあるなら、水を節約する必要はないですよ」
「いやはや、これは凄い発明です。活用できる場面は限られますが、しばしば遠征を求められる軍人は非常に助かります」
「今回の実験で欠点が見つからなければ是非活用してください。先程測った地面の含有魔力量は、この一帯を湖にしても余るほどでしたから」
「ははは。思わぬ地下資源が見つかりましたな」
スライムの付与属性を変えれば他の属性魔力だって回収できるからね。
切り替えは簡単、スライム核を引き抜いて放置すればスライムが死ぬ。その後別属性のスライムを撒けばいい。
他の場所で活用する場合に土地の含有魔力が少ないのなら、属性変換器を使うって手もある。
虚属性が扱えるなら、そんな手間も省いて地下魔力丸ごと取り出せそうな気もするんだけどね。
「おい、何もないところから水が出てるぞ!」
「地下水……じゃ、ないよな?」
「水の節約をしなくて済むのか?」
「毎朝顔も洗えるとか?」
「……最高じゃね?」
キャシー達が設置した蛇口からも水が溢れてるから、気付いた人達が騒ぎ始めた。
洗顔どころか、毎日シャワーだって浴びられるよ。
むしろ浴びて。
「この一帯を魔道具に見立てて属性魔力を引き出した訳ですか。しかも、本来必要となる筈の動力魔石をスライムで代用して……。凄い発想ですね」
「褒めていただくのは嬉しいのですが、発起の原点は私ではありません」
オキシム大佐は感心しきりだけれど、あんまり持ち上げられ過ぎると居心地が悪い。エッケンシュタイン博士の封印遺跡を、私なりにアレンジしただけだからね。
今度、ジョンさんにもお礼に行かないと。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。
 




