空中途中下車
ミョウザ子爵領へ差し掛かったところで、車内放送が響き渡る。
「ただ今~、ミョウザ子爵領上空~、ミョウザ子爵領上空~。スカーレット様他2名が途中下車される為、一時停止いたしま~す」
間延びしたクラリックさんの声が停車理由を告げる。
放送用の魔道具もきちんと稼働してるみたいだね。
私達はミョウザ子爵に挨拶に行かなきゃなんだけど、ウェルキンにはこのまま今日の休止場所へ向かってもらう。一緒に行くのはキャシーとノーラ、責任者代理としてマーシャには残ってもらう。
止まると言っても下降はしない。
私達はゆっくり速度が落ちるのを確認してから、高所下車用のハッチを開ける。途端に身体を持っていかれそうな風が吹いて、慌てて風魔法で勢いを弱めた。
「スカーレット様!? 列車から降りると聞こえましたが、まさかここから飛び降りるおつもりですか!?」
さあ行こうと思っていたら、開発部のオキシム中佐他、何人かが第1車両へ飛び込んできた。
まさかも何も、そのつもりだけど?
ウェルキンで領都に乗り付けたら大事になりそうだしね。騎士団が出撃しかねない。列車に乗ってるのはほとんどが軍人の上、私達もいるから銃とか向けられたら子爵の責任問題に発展する。
「これも実験の一環です。降下用の飛行魔道具を用意してあります」
そう言ってキックボードみたいな魔道具を示す。
収穫祭で使ったグリップタイプから、小型の乗り物タイプに変更した。
重量的には大きな違いはないし、この方が機能をいろいろ足せる。
スカートで飛ぶのは何かと問題があるから、今日はこの実験を見越してキュロットスタイルで挑んでいるよ。
将来的には走行状態の列車から飛び降りるくらいはしたいけど、今はまだ課題が多いかな。
「なんと、これも新型ですか。……できましたら今回の遠征中に僕にも試させてもらえませんか? あ、いや、自分では重量が過ぎるかもしれませんが」
オキシム中佐は私が5人いても届かないほど体格がいい。心配になる気持ちは分かるかな。
そんな事言いながら瞳は好奇心が瞬いている。所属は違っても同じ研究者だけあるよね。
「問題ありませんよ。王国軍の方達にも試乗してもらう為、数は用意してあります。乗りこなすには少しコツが要りますから今ここでとは言えませんが、リデュースへ着いたら練習しましょうか。体格の事も気にされる必要はありません」
何しろニュードさんだってビュンビュン飛ぶからね。
「やった! 実は収穫祭の噂を聞いた時から、試してみたかったのです」
「是非、私達もお願いします!」
「スカーレット様、俺も飛んでみたいです!」
喜ぶオキシム中佐に続いたのは、魔塔からの協力者で現第7副塔長のネフさんとグラーさんの友人タクローさん。一度は飛んでみたいって思うよね。
私としても、いろんな人の意見を訊きたいから願ってもない。
とは言え、今はミョウザ子爵のところへ行かないと。
「すみません、約束の時間が近付いていますから話はまた後で。……行ってきます!」
私はウェルキンのデッキから飛び降りると、ハンドルバーを手前に引きつつグリップを捻る。
それで反重力が起動して落下の感覚から解放される。
キックボードタイプに改良した最も大きな利点は、風魔法を併用できるようになった事。空気抵抗の負荷を大幅に軽減できる。
おかげで最高速度はウェルキンにも迫る。
王都での試験飛行では加減が求められたけど、今はその限りじゃないよね。
私はアクセルに相当するグリップを思い切り回した。
体に伸し掛かる筈の負荷を魔法で押し退けて、瞬間的に最高速度へ到達する。ポカンとするオキシム中佐達の顔は、あっという間に後方へ消えた。
加速に限ればウェルキンの上を行く。
「どんどん移り変わる景色が、とっても気持ちいいですね!」
負けじとアクセルをぶん回すキャシーが弾んだ声を上げる。
風魔法を取り入れた事で、ある程度の距離なら声が押し流される事もなく会話も可能になった。
「キャシー、高いところが苦手じゃなかったっけ?」
「あはは、忘れました!」
ケロッと笑う。
まあ、高所恐怖症というより、落ちるかもしれない状態が怖いって感じだったからね。新型飛行魔道具にも関わったから、今は自分の仕事を信用してるみたい。
「ノーラも大丈夫?」
「はい! 今日の為に散々練習しましたもの。問題なんて起きる筈もありませんわ」
ノーラも空を悠々と滑るようについてくる。
この分なら兵士達の飛行指導も任せられそうかな?
「ウェル君は大事ですけど、空を飛ぶなら私は断然、こっちの方が好きですね」
「わたくしもですわ! こちらの方が風を感じられて気持ちいいですもの」
「温度も保てて快適だしね」
「前の魔道具で冬の空を飛んだ件は、思い出したくもないですからね」
……あれは地獄だった。
あの経験がなかったら、キックボードタイプの開発は遅れたかもしれない。
「わたくし達が凍えているのに、オーレリア様だけ意に介していらっしゃらないのですもの。今でも思い返すと恨めしく思ってしまいますわ」
「ええ、オーレリア様は尊敬してますけど、あの件だけは許せそうにありません」
「あの子に友達甲斐ないなって感じたの、あれが初めてかもしれないしね」
悪意があった訳じゃないと思うけど、素知らぬ顔した彼女にはイラッとしたよね。
『風魔法で温度を調節すると楽ですよ。レティならできるんじゃないですか?』
きょとんとした様子で言われてから、彼女が割と天然気味だって思いだした。
速攻で風魔法併用タイプへ舵を切ったよ。
「とかなんとか話していたら、もう領都が見えてきましたよ! あの大きなお屋敷がミョウザ邸ですよね?」
ミョウザ子爵領の居住領域は盆地に限定されるので、上から見ると分かりやすい。
キャシーが指す方向には高い建築物群が見えた。王都と同じで町の範囲が限られるから高層建造物に偏っているみたい。
「ところでスカーレット様、何処に降りますの? 飛行列車ほど目立ちませんが、着地の際はどうしても人目を惹くのではありませんか?」
あ゛。
王都で私達が飛ぶのはすっかり受け入れられていたから、地方ではその限りじゃないって忘れていたよ。折角ウェルキンと別行動をとったのに、注目を集める事からは逃れられないんだね。
ま、何とかなる…………かな?
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