閑話 偏向主義者達の驚愕
引き続き、ハワード・エルグランデ視点となります。
ニンフと名乗った男は、人を集めてくるのが上手かった。
勉強会を開く度、参加者が増える。
燻っていた人間は多かった。参加人数が100人を超えた時、確信した。
そうだ、俺達は正しい。
「間違っているのは、これだけの人間の意見を切り捨ててきた軍の方針だ」
「戦力として軍隊を揃えておいて、戦争をしないなんて理屈が合わない。税金を無駄に消費しているだけではないか」
俺の意見に、ハモン・デーキン准尉が同意する。男爵家の長男で、俺と最も意見が合うのがこいつだ。実家は弟が継ぐそうだが、そこにこだわりはないらしい。
最近採用された強化魔法練習着で万能型になってから、めきめき頭角を現している。この力を帝国にぶつけるのだと息巻く男だ。
「それに、このまま様子見に徹していては、帝国に舐められます」
続いたのはポート・デッツ少尉だったか。
「こうしている間も、帝国は再侵攻の準備を進めているに違いない。後手に回れば被害が広がる。リデュースの地獄を知っていながら、まだ国境守護に負担を強いるアルケイオスの方針は許し難い」
そう言って怒りを滲ませるのはアルカン・リグレス大佐。軍部でその活躍を知らぬ者などいない英雄だ。
そんな人が憂うほど、今の状況は悪いらしい。
「再び攻め込まれる前に、帝国人共を蹂躙してやりたいですな」
「……敵を間違えるな。軍人が倒すべきは、敵兵だ。民間人を巻き込む事をよしとするような言い方は好ましくない」
大佐に追従したつもりが、諫められたハモンは嫌な顔をする。
言い違いなどではなく、本心からの言葉だったのだろう。今は軍属でなくとも、生かしておけば恨みを募らせて帝国側の兵に加わるのだ。皆殺しにすればいいと、俺も思っている。
だが、リグレス大佐は気難しいところがある。
先程も、デッツ少尉が先日のノースマークの令嬢への態度を叱責されたところだ。侯爵家を怒らせて、カロネイア将軍の立場が悪くなるような事をするな、と。
「狭域化実験、か。そんな夢物語みたいな話が、本当に実現するんですかね?」
「さて、な。だが、国が実験を認めた以上、それなりに効果はあるのだろう。問題はそれが成功してしまったら、日和見の貴族共から戦争の選択肢が消える事だな」
この点については議論を重ねてきた。
魔物領域の開発となると、軍も無関係ではいられない。今回のように駆り出される事も増えるだろう。地方守護師団は、森を切り拓く事を求められるに違いない。
実験が近付いて、いよいよ余裕がなくなってきた。
「そんな事、許し難い!」
「だが、会議でアルケイオスが言っていた通り、ノースマークの小娘が切っ掛けだとしても、国からの正式な命令には違いない。あからさまな妨害はできんぞ」
デッツ少尉が吠えたが、すぐに大佐に挫かれた。
「ならば大佐はこのまま指をくわえてみていろと仰るのですか?」
「儂も、実験を疎ましく思っている事に違いはない。だが、直接的な妨害は軍の立場を悪くする。やり方を考えろ、と言っているのだ。忘れているかもしれんが、戦争を始めるかどうかを決めるのは国の最高議会、陛下の承認も要る。軍が国の決定に反抗的な態度を見せて、得をする事など1つもないぞ」
戦争を始める権限はないと言われて、益々暗曇とした気分になる。
実際に戦場へ行くのは我々なのに、その決定権がないというのは納得がいかない。
なお、我々だけで帝国へ攻め込み、なし崩し的に戦争状態に移行するというデッツ少尉の意見は、集いの初期の時点で否定されている。
大佐曰く、大罪人として処刑されるだけだ、と。王国側の一方的な瑕疵として、帝国へ賠償するだけだと言う。賠償だけで済まなかった場合も、帝国に大義名分を与えてしまう。今度は皇国まで敵に回す危険があるらしい。
「御令嬢の方から手を引いてもらう、というのはどうだ?」
「それができれば理想だとは思うが、ハモンには何か考えがあるのか?」
「ポートのように、あからさまな蔑視は身分差を盾にされてしまう。だが、世間知らずのお嬢様に違いはないだろう。なら、精神的に追い込んでやればいい。小娘には、どれだけ現実を見ていなかったかを教えてやるんだ。向こうから取り下げるなら、我々の失敗にはならないだろう?」
「……具体的には?」
一考するだけの価値を見出したのか、大佐が静かに問う。
「計画書を確認して粗を探しましょう。例えば、移動車両について詳しく触れていません。恐らく、専用車で悠々と向かうつもりなのでしょう。そこで、我々が先立って装甲車を揃えておくのはどうでしょう?」
「そうか、我々の装甲車は悪路に強い。向かうのが辺境となると、間違いなく優位に働く」
「ああ、貴族の高級車両より、2,3日は移動を短縮できる。先に着いて、遅れてくるお嬢様を嗤うのもよし、ご令嬢が強がって装甲車に同乗したとしても、乗り心地に音を上げるだろう」
「ふむ、どこまで効果があるかは分からんが、嫌がらせとしては悪くない」
リグレス大佐の同意も得られたので、俺も計画書を探す。
常々綺麗事を言っているお嬢様だ、それでも専用車の移動にこだわるのなら、血税を無駄にするのかとでも言ってやればいい。
そもそも、あの小娘へ苦言を呈したのを切っ掛けにアドラクシア殿下の信頼を失ったのだ。このくらいの意趣返しは許されるだろう。
昏い悦びを覚えながら、計画書の粗を追うのだった。
そして移動開始の当日、訓練場にずらりと並んだ装甲車群を、スカーレット・ノースマークは冷めた目で見てから言った。
「移動車両の乗り入れの邪魔になります。使う予定のない車両は、端へどけてください」
あくまで、専用車両で行く気らしい。
さて、大佐に論破されたご令嬢は、どんな顔を見せてくれるかな。
内心ほくそ笑んでいたところ、スカーレット嬢の視線は訓練場に無い。涼しい顔をして上を眺めている。
?
上に何かあるのか?
「な、何だあれは?」
「箱? いや、車輪がある。まさか、車なのか?」
「だが、明らかに飛んでいるぞ!?」
「空を飛ぶ車って、何だよ?」
「こっちに来るぞ!」
周りが騒ぎ始めて、俺も確認せずにはいられなくなる。
「はあ!?」
思わず声が出た。
視界に入ったものが信じられない。
車両だ。
それは間違いない。
一見、細長い箱状に見える物体の下方には、複数の車輪が並んでいる。
それが3両連結されて、先頭だけ形状が違う。前方が鋭く伸びた流線型で、凹凸は少ない。まるで砲弾のようだ。そして、先頭部分が後ろを引く形となっている。
見た事もない物体が音もなく訓練場の上空に到達すると、ゆっくりとその高度を下げてゆく。
慌てて装甲車両を移動させる者達で、訓練場は騒然となった。
「今回の遠征で使う、飛行車両です。先頭車両には私達が乗ります。2両目が客車―――王国軍の皆さんの搭乗部分、3両目が貨物運搬用となります。実験に必要な資材や食料、生活必需品は積んでありますから、武器等必要なものはこの後運び込んでください」
得意そうな顔で発明品を説明している。
自慢しているようにも見えるが、圧倒されて口を挟めない。
「確かに驚かされたが、結局はお嬢様の道楽だ。あの程度の車両では、装甲車数台分の積載量しかない。運べるのは一部でしかないさ」
我に返ったハモンが再び粗を探すが、強がっていられたのは貨物車両の搬入口が開くまでだった。
口を開いた先には、広い空間が覗いている。確かに一部は既に埋まっているが、それでも問題ないくらいに広い。物資どころか、用意した装甲車を全て載せても余裕がありそうだ。
この訓練場より広くないか?
訳が分からない。
見た目と内部に広がる空間が一致しない。
これも魔法なのか?
魔道具にはこんな奇跡じみた真似が可能だったか?
まさか、我々の搭乗部分も同じなのか?
収穫祭の宣言で、物流を変えると嘯いていた噂を思い出す。
間違いなく、従来の常識をぶち壊しにしている。
「実験開始は3日後です。何の為に装甲車を準備したかは知りませんが、遅れないようにしてくださいね?」
は!?
3日?
どんなに急いでも、半月はかかる筈だが?
道路が発達しているのは、都市部だけだ。そこを離れれば路面の整備は悪くなるし、魔物に対する警戒も要る。大型の魔物に衝突すれば、車両が大破する危険もある。
だから、どうしても速度に限界があった。
だが、空を行くなら?
路面の状態は関係ない。高高度を飛ぶ魔物は多くない。そもそも、道に沿って山を迂回する必要すらない。
最初に驚いたまま、開いた口が塞がらない。
そんな俺達を見て、満足そうなスカーレット嬢の笑みが、恐ろしく感じた。
何しろ、並ぶ装甲車を見て、嫌な顔一つ、呆れる顔一つしなかったのだ。もしかして、俺達はあの子の掌の上なのでは?
難癖をつけるつもりで、現実を突きつけられるのは俺達の方なのではないだろうか?
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