レティのカルト撲滅計画
私の意図はマーシャにも伝わったらしい。
怒りがいくらか和らいで見える。
「現実味のない事を考えていそうな人達に怒るより、その人達の想定の遥か上を見せつけよう。驚いて間の抜けた顔、晒すところを想像すると溜飲が下がらない?」
「うふふ、確かに、確かにレティ様の言う通りですね。私達は、それだけのものを作ったと胸を張れます」
分割付与や回復薬の時と違って、この実験を見据えて研究してきたからね。一般の利用を後回しにしたくらいだから、自信を持って推せる。
「そこまで言い切るとは、また凄いものを開発したのだろうな」
「ええ。今は明かせませんが、この世の何処にもない移動手段や、強化魔法練習着に続いて、部隊の運用を根底から覆す新装備を用意しましたよ」
「そうも得意満面に語られると、内容が気になってしまうな」
「10日後をお待ちください。間違いなく、期待に応えて見せます」
「今更、君が話を盛るとは思っていない。だが、私にだけ開示してもらう訳にはいかんか?」
「無理です。先日の情報漏洩を反省しまして、機密の管理は徹底すると決めました。口止めしていますから、オーレリアに聞いても無駄ですよ」
「……残念だ」
「私は今から楽しみです。将軍含めて、見学に来た方々の度肝を抜くところが。きっと、言葉もなく驚いていただけると確信しています」
「……あたしも、少し楽しみになってきました」
苛々なんて何処かへ飛んだのか、キャシーが追随してニマニマし始めた。
うん、最初にお披露目となるのは、キャシーが中心になった空の移動手段だもんね。
正式に私の護衛になったキリト隊長達には先立って情報を開示して、十分に驚いてもらったから成功は約束されている。本番では実物付きだから、きっと驚きは大きくなる。
「視野の狭い人達が寄り集まって、何やらご大層な団体を名乗っているけれど、要するに現実が見えていない集団って事でしょう? 実験を邪魔したところで戦争なんて起きないよ。むしろ、この実験に期待している貴族に睨まれて、王国軍が立場を無くすだけだと思うけど」
「……それはそれで困るのだが?」
私は気にしていないよって、不満そうだったマーシャ達にアピールしていたら、王国軍のトップが嫌そうな顔をしていた。
この国には辺境方面軍、各地に点在する基地所属の地方守護師団、主に海の魔物を討伐する海洋巡回軍、中央防衛軍があって、カロネイア卿はそれらを束ねる統合大将軍って立場になる。その上は軍務大臣くらいしかいない。
「そう思うなら、しっかり言い聞かせておいてください。この実験は最高議会の承認を得て、王国軍に実働部隊としての命令が下っているんです。私達も、王国軍も、成功させる義務を負っています」
だから私達は、この半年、できる限りの時間を準備に使った。
収穫祭とか多少脱線はあったけど、おかげで生まれた技術もあったから、想定以上の仕上がりになったと思っている。
そんな私達が気に入らない?
私の命令に従うのが嫌?
私達の研究が国に貢献していない?
考えが甘いよ。
「それを故意に妨害したとなれば、反逆罪にも問われる背反行為だと、分からせておいてください。己の首を賭けるだけの覚悟があるのならどうぞ、と」
「首……立場によっては、職責を問われるだけで済まず、物理的に飛ぶな」
「ええ。そこまで考えが及んでいる方がどれほどいるのでしょう? 勿論、責任者である私や、人選を行ったカロネイア将軍にも影響はあるでしょうが、立場も実績もある私達と、代替が利く兵士、どちらが重い罪を問われるかなんて、考えるまでもありません」
考えなしに侯爵令嬢に噛み付いた連中だから、そのあたりを分かっているとは思えない。
「そもそも不思議なのですが、会議を摘まみ出された少尉さんは、私を疎ましく思っていても、将軍に反発しているようには見えませんでした」
「それは、それは私も気になっていました。将軍の同意が得られなかった事を、むしろ驚いているようでした。そうは言っても、将軍の言い分に耳を傾けているようにも見えませんでしたが」
気になったのは、私だけじゃなかったみたい。マーシャも同意してくれる。
「根本的に方針を違えていながら、排除しようとするのが、将軍でなく私なのは何故でしょう?」
「……そこが頭の痛いところなのだ。連中が言うには、私も彼等の同志らしい」
「いつから戦争主義に転向を?」
「そんな事実はない。だが、万が一に事が起これば、この身を賭して国を守ると決めている。かつての大戦より歳はとったが、後方で指示を出すだけに甘んじるつもりはない」
その覚悟はオーレリアからも聞いている。
今更驚くような事じゃない。
「だが、私のこの姿勢が、戦争を望んでいるものと、歪んで伝わっているらしい。連中に言わせると、伯爵としての立場から中立派の振りをしているだけだそうだ」
「馬鹿じゃないですか?」
おっと、あまりに呆れたからか、マーシャの評価に容赦がない。
完全に同意だけども。
「身内を悪く言いたくはないが、否定はできん。そのせいもあって、私が何を言っても上手く伝わらん。連中の都合の良いように曲解されるのだ」
なるほど、さっきのボンボン少尉が叱った将軍ではなく、私を睨んでから去ったのも、侯爵令嬢への建前で怒った振りをしただけ……とか捉えられていた訳だね。
「いっそ、いっそ、全て首にしてしまっては如何です?」
「そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。しかし、数人の首を切って済むならともかく、補充員を訓練し直す手間を考えるとそうもいかんのだよ」
一時的にであっても、王国軍の戦力低下は致命的な隙に見えてしまう。
王国側から戦争を吹っ掛ける芽を摘んで、他国から攻められたのでは本末転倒だよね。
それで、時期が悪いと最初に言っていた訳だね。兵士の質の低下は、時間をかけて対処しないといけない。首を挿げ替えるにしても、教育し直すとしても。
「リグレス大佐が、その怪しげな団体に傾倒しているというなら、今度の実験はその息のかかった者が多数選出されているのではないですか?」
「可能性は高い。企みが成功するかどうかはともかく、連中は実験を失敗に導く事で、軍内が戦争支持へ傾く状況を作ろうとしているのだろう」
開拓への意向を挫いて、戦争による利益の享受を強調しようって事? その前に首が飛ぶ事からは目を逸らせて。
「指揮権を君に委ねる以上、部隊を取りまとめるのは実戦経験の多い者が適任だろうと、アルカンの推薦を承認してしまった。オブシウスの集いなる思惑に気付いたのは、その後だ。編成を変更するなら、実験を遅らせる必要がある。だが、今日の反応を見るに根は深い。今更となってしまったが、計画の変更を願い出なければと思っている」
私がしばらくここに立ち入らなかったから、内部にいる将軍の視線では異変の進行に気付き難かったんだろうね。
「構いませんよ。予定通り10日後に始めましょう」
「明確になった問題を放置する気か? あの様子では、君の指示に従わない可能性もあるぞ」
「いい機会ですから、私も兵士の再教育に協力しますよ」
「うん?」
「リデュースには、亜竜の巣も確認されているそうです。戦う者が偉い、命の危険を伴わない間伐部隊は退屈だというなら、彼等にそこへ突撃してもらいましょう。実際に指示を出すのが、元冒険者のリグレス大佐というのも都合が良いですね。相手が人でないからと敬遠する事はなさそうですし、大佐の指示なら偏向者達も従うでしょう」
「は!?」
亜竜の生息は知っていたけど、今回は難しいかと諦めていたんだよね。そういう事情なら、心を痛める事なくお願いできそうだよ。
私は素材が手に入って、兵士の再教育も進む。一石二鳥じゃないかな。
反抗とか関係ない。私の場合、呪詛魔石を使わなくても強大な魔力量で強制的に従わせる事も可能だからね。普段は使わない方法だけど、どうしてもって場合は仕方がない。本当に仕方なく、だからね。
「大丈夫ですよ。十分な装備は支給しますし、回復薬だって用意してあります。むしろ、極限の状況で回復薬を運用する良い実験になるんじゃないですか? ギリギリの闘いを経験すれば、寝言を言う人はぐっと減ると思います」
「いや、思想に染まっていない兵士もたくさんいるのだが?」
「運がないですね。でも、そんな偏った思想が身内に蔓延するのを見過ごした訳ですし、連帯責任でいいのではありませんか?」
私が技術革新を進めたから変な連中が台頭したというなら、ちゃんと責任を取ろうと思う。湧き出た妄想家を教育し直すのは義務だよね。
阿呆な事考えた連中の見せしめになるし。
なんだか、益々実験が楽しみになって来たかも。
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