閑話 憧れの姉様 下
遅くなりましたが、後半です。
10歳になって、魔法の勉強が始まった。
僕の属性は水、母様と同じ属性だった。魔力から水を生み出し、冷気を操る。高位の魔法使いは天候に干渉して雨を降らす事もできると言う。
同じく水属性のヘキシルは、夏に便利ですと言っていた。
同意はするけど、他にも使い道はあるんじゃないかな。
水球を作り出し、溜まった水を凍らせる。水魔法の基礎には困らなかったけれど、強化魔法の習得には引っかかった。
もっとも、強化魔法の習得率は4割に満たない。
一言に魔法使いと言っても、強化魔法を得意とする騎士タイプと、属性魔法を主とする術師タイプに分かれる。両方を扱える万能タイプは全体の1割もいないと言われている。
だから僕は術者タイプなのだろうけれど、我が家は父と姉が万能タイプなので、僕もそう在りたかった。我儘でしかないと自覚はあったけれど、姉様が教えられたその日に使い熟していたと聞かされていたから、尚更に。
全く強化ができない訳ではない。
身体全体に魔力を行き渡らせるのが難しく、部分的な強化になってしまう。そのままの状態で激しい動きを行うと、強化の弱い部分に負荷が掛かって体を壊してしまうかもしれないと、止められている。
不甲斐なく思っていたら、姉様が声を掛けてくれた。
「私が教えてあげましょうか?」
一も二もなく飛びついた。
僕以上に忙しい姉様が時間を割いてくれる事が嬉しかった。
それに、貴族の子女は、12歳になると王都の学校に通う。もうすぐ出発する姉様と一緒にいられる時間は貴重だった。
ワクワクしながら訓練場で姉様を待つ。
あんまり目を輝かせているものだからとヘキシルにからかわれたけれど、今は全く気にならない。
だって、姉様の強化魔法は、騎士団長だって敵わないんだよ?もしかしたら国で一番かもしれない。そんな人に教われるのだから、期待しない筈がない。
強化魔法に限らず、初めの習得の時点でコツを掴めなければ、それ以降にその魔法を扱えるようになる事は難しいと学んでいるけれど、類稀なる魔力制御を行えるという姉様ならもしかして、とも思ってしまう。
「待たせてごめんね、カミン」
姉様の登場に、その場の全員が凍り付いた。
いや、僕を除くヘキシル達男性陣は、凍り付く前に姉様から慌てて顔を背けた。
姉様が全身タイツ姿だったから!
え?なんで!?
指先から足まで全て覆われて、姉様の綺麗な金髪も、束ねた上でタイツの中に収納されている。顔の部分だけ開いて素顔が見える。
家族の僕はともかく、身体のラインがはっきり分かる状態の姉様を、男性の視界に入れられる訳がありません。身体の凹凸が乏しくて色気が少ない事は全く別の問題だしね。
「……姉様、その恰好、どうしたの?」
「私が考案した、強化魔法の練習着よ!」
凄く得意気だ。
後ろに控えるフランを見ると、表情を無くしてあさってを向いていた。
なるほど、強行する自由人を止められなかったんだね。
「カミンの分も用意してあるから、着替えていらっしゃい」
「え――――!?」
僕もそれ着るの?
いつ用意したの?
この状況を予想してたの?
絶望的な気持ちになった。
善意そのものな笑顔の姉様に否と言える訳もない。悪意の欠片も無い純真な笑顔が逃がしてくれない。
着替える前に、笑いを堪えているヘキシルは殴ろう。肩、めちゃくちゃ震えてるからね!
姉様を視界に入れられない僕の側近達は訓練場の入り口を見張る変則的な状態で、強化魔法の練習は始まった。フランを除いた姉様の側近も離れてくれたのがありがたかった。
着替えた後も、訓練場に戻る勇気を奮い立たせるのにしばらくかかったしね。
その見た目の拙さに反して、練習着としての性能は確かだった。
魔力を薄く伸ばして全身に纏うイメージが視覚化されて分かりやすい。
さらに、魔力を流すと色の変わる素材で出来ている。巡らせた魔力の濃淡を目視できるので、苦手部分を客観視できる。
不完全な強化で全身まだら模様になった自分を鏡で見た時は泣きそうになったけれども。
あんなに苦手だった強化魔法を、僅か半日で習得できた。
タイツを脱いでも楽に発動できる。
「おめでとう、カミン!」
我が事のように喜び、姉様は何度も祝福してくれた。
恥については――――忘れよう。
「本当に習得できるとは思ってなかったっス。凄いっスね、スカーレット様は」
訓練場からの帰り道、青タン作ったままのヘキシルと意見を交わす。
「うん、本当に凄いよ、あの練習着。多分、アレを使って練習すれば、僕以外でも習得できる人は多いと思う」
「そこまでっスか」
「姉様は大した事をしたと思ってないだろうから、僕から父様に報告しておいた方がいいと思う」
強化魔法習得者の割合が塗り替われば、軍や騎士団の戦力は大きく変わる。万能タイプの者が多く確保できるなら、戦術を大幅に増やし、戦略にまで影響を与えるだろう。
「……恐ろしいですね」
「うん、タイツだけでも、魔力に反応する素材だけでも、ここまで楽に習得できなかったと思う。色が変わる素材で服を作ったとしても、イメージの補完には足りなかっただろうね」
「普通は貴族令嬢が全身タイツで魔法の練習をしようとは思いませんからね」
「貴族令息だって思わないよ」
思い付いても実行しない。
実行しようと思わないから、素材の事を知っても組み合わせを思いつけない。
「今回の事で、あんまり優秀が過ぎると、凡人には理解できない事もあるって思い知ったよ」
「カミン様が凡人とは思いませんけど、今回は強烈でしたからね」
当の姉様がどれ程の事をやらかしたか、自覚していないから周りのフォローが要る。姉様にはフランがいるから、口止めをはじめとした対応に、既にあたっていると思う。
僕の場合は、まだヘキシルにもそこまで全面的に任せられない。だから、自分を顧みて、周囲が戸惑うような行動を避けなきゃいけない。
「姉様が憧れであることは変わらないけれど、姉様みたいになりたいと思うのはやめておくよ」
姉様は鳥じゃなくて、竜だった。空を飛べるからって、一緒にしちゃいけない。
余談であるが、この強化魔法の練習着はノースマーク領で正式採用され、多大な成果を上げて、次第に国中に広がっていく事になる。そして、後に大魔導士と呼ばれるスカーレットの最初の偉業として語られる。
強化魔法の変革として、多くの書物に全身タイツ姿のスカーレットの絵や写真が掲載され、晩年にそれを知ったスカーレットは、全て燃やして!と泣き叫んだとか。
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