オブシウスの集い
結局、会議は張り詰めた空気のまま進行した。
リグレス大佐は事あるごとに口を出し、その度カロネイア将軍が諫める。その繰り返しになった。
私はというと、立場を決めかねていた。
大佐には狭域化実験で、実質的な采配をお願いしないといけない。出来るなら協力体制を作っておきたいけれど、私の言動にいちいち当てつけてくる様子ではそれも難しい。だからと言って、ここで決裂するのもどうかと思う。一応、私は協力をお願いしている立場だし。
それに、彼は現実を知らない若者と違って本物の英雄だから、事情も知らずに批判する事は避けたかった。
私としては、より良い計画を組む為に討論の場を持ちたかったのだけれど、あの雰囲気の中で実のある意見は出ず、最低限の確認だけで終わった。
会議の後、そのまま帰る訳にもいかず、カロネイア将軍の執務室に集まる。
将軍に連れ立って移動するだけで、刺す視線は更に鋭くなっていた。私がその程度を気にするかは、別の問題だけど。
「すまんな。時期が悪かったというのもあるが、スカーレット嬢達に不快な思いをさせてしまった」
「全くです。ああも立場を弁えない者が湧くというのは、気分が悪い」
と、話を拾ったのはキリト隊長。
役割は違っても同じ軍事に携わるものとして、会議の状況に据えかねていたみたい。
「門衛や、若い騎士ならば世間知らずの戯言で済む話です。しかしリグレス大佐まであの態度というのは、どういう事でしょう?」
「元々、アルカンは私と方針を違えていた。立場が交わらない為、衝突する事もあったのだが、最近は特にその兆候が顕在化してきている」
「方針の違いというと?」
「戦争を望む事」
ああ、それは相容れない。
「けれど、リグレス大佐は17年前の戦争を知っている方ですよね。その悲惨さを分かっていながら、戦争待望派なのですか?」
「酒の席で零した事によれば、今の世の中は退屈なのだそうだ。命を危機に晒し、敵を倒す事で称賛を得る生き方に、今でも焦がれているらしい」
「リグレス大佐って、元冒険者でしたよね。そんな生活がしたいのなら、冒険者に戻って山にでも籠ればいいのでは?」
「奴はかつての大戦で活躍を評価され、今の立場がある。今の地位に対する矜持もあるらしい。国に貢献する事も、準男爵となった自分の役割と理解している。兵を鍛え、武器を揃え、強い軍隊を作る事に腐心してもいるのだ」
そして目指す利益が、戦争って事?
迷惑極まりないね。
「そんな大佐に啓蒙されたのが、若い兵士達、と言う事ですか?」
「……うむ」
「しかし将軍、その手の思想は、騎士団でも多かれ少なかれ存在します。それだけで侯爵令嬢を貶めるというのは理屈に合いません。事は、リグレス大佐だけの問題で収まらないのではありませんか?」
キリト隊長の疑問はもっともだよね。
自分達を殊更に持ち上げるのは分かる。
国の為に戦う自分達は偉い、国の事を考える自分達の思想は貴い、国の剣となろうとする自分達はもっと評価されるべきだ、国の盾たる自分達あって民の生活は保障されている……などと陶酔を続ければいい。
でも王国には身分制度があって、私は侯爵令嬢。その私を批判するなら、また別の思想が要る。
けれど、国の在り方を否定するような言葉は出てこなかった。
「……オブシウスの集い、というのがある」
「オブ……? 何ですか、それ?」
「最初は、立場の近い者同士が集まる勉強会、くらいの認識だったのだがな。実態は、戦争を至上のものとし、強国を作り上げる事に貢献する者が偉く、それを非難する者は非国民だと扇動する団体だ。気が付くと、無視できない範囲に蔓延っていた」
何、それ?
カルト?
「それに、リグレス大佐も参加を?」
「ああ。かつての戦争で実績を上げたアルカンは、連中にとって最上位といえる存在だ。戦争で評価を得る事に悦びを得たヤツにとっても、都合が良かったのだろう」
「……もしかして、その団体にハワード様、元近衛騎士のエルグランデの御子息も参加していますか?」
「そうだが、知っていたのか?」
「いえ、ジローシア様の弟君が、怪しい集まりに参加しているとだけ」
どこかで聞いた話だと思ったら、王城のお茶会だったよ。
基本奥様の集まりだから、詳細は拾えていなかった。今頃これを把握したのは、私の未熟だね。情報の取捨選択、重要な事実に対する感度が甘かった。
「その認識で間違いない。戦争を知らず、理想だけを語る者は以前からいたが、いつの間にか徒党を組んでいた」
「何か兆候はなかったのですか? これまで群れず、少数意見でしかなかった者達が、急に手を組んだなら、切っ掛けがあったと思うのですが」
「……うむ、まあ、ない事もなかったが」
ここに来て、急に将軍の歯切れが悪くなってしまう。
少し困った様子で、でも視線は私へ向いている。
「私に何か関係のある事ですか? 気にせず仰ってください。私が気付かないまま起因になってしまったのなら、責任を取らなくてはいけません」
「いや、スカーレット嬢のせいと言う訳ではない。ただ、君の研究で武器の開発が一気に進み、その凶器を、今こそ帝国に向けるべきだという流れが勢いづいてしまった」
軍備を増強しても、戦争は望まない。他国から攻められる事のない強い国を作りたい。
そんな私の理想を、汲んでくれる人ばかりじゃないよね。
「けれど、けれど、そのオブシウスの集まりとやらの理論で言うなら、軍備強化に貢献したレティ様は称えられる立場にいるではありませんか? レティ様が、レティ様が生んだ技術を頼っておいて、そのレティ様を貶めるのですか!?」
堪え切れない、といった様子でマーシャが話に加わった。
会議で私が非難されたものだから、彼女だけじゃなくてキャシーもノーラも機嫌が悪い。
「その言い分はもっともだ。しかし連中にとっては、実際に武器を持って戦う者が偉く、同じ軍属であっても工兵や輜重兵は立場が低いそうだ」
「御自分達に、御自分達に都合がいいだけの屁理屈、と言う事ですか」
おお、ご機嫌斜めなマーシャは言葉が鋭い。
「まあ、そう言える。開発部の立ち位置は更に低くなる。彼等は、前線に武器を供給させてもらっているそうだ。彼等に協力するスカーレット嬢は、連中に言わせると、聖女とおだてられる夢見がちな、世間知らずのお嬢様らしい」
「その、そのご大層な事を仰る方達は、実戦経験がおありで?」
「リグレスのような一部の例外を除けば、無いな。間伐部隊に無理矢理参加させた程度だ。それも、安全なところから銃を撃つだけの遣り甲斐のない任務と受け取ったらしい。魔物の狩りは軍人の為すべき事ではない。冒険者に任せるべきだ、とな」
安全対策を何だと思っているんだろうね。
危険が味わいたいなら、オーレリアみたいに剣を持って魔物の群れに飛び込めばいい。魔物を釣る為の囮役だっていると聞いた。不都合な事は耳に入らないのかな?
そもそもこの17年、小競り合いすら行われていないんだから、演習以上の経験が若手にある筈がない。
「まさか、まさかとは思いますがその方達、レティ様への嫌がらせの為に狭域化実験の妨害を目論んでいたりしませんよね?」
「……そんな事がないよう、釘を刺したつもりだ。連中の根幹にあるのは、国に貢献する事。その目的から外れる事はないと信じたい」
あの人達の根幹にあるのは、自分の妄想を叶える事って気はするけどね。
「カロネイア将軍、問題を、問題を軽く考えておられませんか? 実験が成功すれば、第1王子派を含めて貴族の方針は領地開拓に移行します。戦争の選択肢はかなりの確率で摘まれると言っていい筈です。それでも、彼等が何もしないと言えますか?」
「その事については、リグレスと議論を重ねている。スカーレット嬢に使われる事、実験の成功でスカーレット嬢が脚光を浴びる事を快く思っていないのは事実だが、国に不利益を与えるような真似はしないと信じられる」
「戦争が利益を生むだけだと妄信しているような人を、ですか? 実験の成功と戦争で得られるかもしれない栄誉を天秤にかけて、その怪しげな集団が戦争を選ばないと、どうして言えるのでしょう?」
これまで準備してきた実験を、くだらない思想のせいで無為にさせられるかもしれない。そう考えると、私も気分が悪い。
それなら、彼等の邪魔くらいでは揺るがない覚悟で挑めばいいだけだよね。
「大丈夫だよ、マーシャ。私達の身の安全は、キリト隊長やグリットさん達が保証してくれる」
私の言葉を受けて、キリト隊長が力強く頷いてくれる。
「それに、私達が準備してきた事は、妄想しがちな人達が崩せるほど、脆くないよ。彼等が戦術を塗り替えるだけの武器を手にして息巻いているなら、従来の戦略を否定する発明を見せつけてやればいい。今、戦争を始めようなんて考えるのは、馬鹿げた事だって教えてあげよう」
私の、私達の夢は、戦争思想なんかで挫けないって、証明してあげよう。
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