立ち込める暗雲
改めて通された会議室には、既に参加者が揃っていた。
「遅くなって、申し訳ありません」
そう言って頭を下げると、不快そうに睨む視線がいくつか見えた。
……ここでもか。
まだ約束の時間には余裕があるし、門でのひと悶着がなければ、待たせる事もなかったんだけどね。
「いや、経緯は聞いている。こちらこそスカーレット嬢を煩わせて、申し訳ない」
責任者としてカロネイア将軍が頭を下げる。問題を把握しているのだろうから、当事者の処分は任せて謝罪を受け入れる―――それで終わる筈だった。
「閣下が頭を下げる事ではございません!」
視線はあからさまでも、門衛だった男みたいに意味不明の事を言い出す者はいないだろう、なんて思っていたのに裏切られた。
しかも、周囲の同意が得られて当然と、声を張る。
「王国の剣たる我々を、小間使いのように扱う小娘など、ここに立ち入る事すら許し難いのです。多少不都合があったところで、飲み込むべきでしょう!」
さっきの門番ほどじゃないけど、かなり若い。
ここに居る以上、少なくとも尉官クラスって事だから、何処かの貴族のボンボンかな。
貴族子弟が騎士でなく、軍属を選ぶ事は珍しい。見たまま気位が無駄に高いのなら、特にね。学院で必要単位を取得したなら、自動的に騎士爵にはなれる筈。なのにここに居るって事は、それにあぶれた未熟者が、親の権力で捻じ込んでもらったってところだと思う。
私達が呆れて何も言えずにいると、気を良くしたのか更に続ける。
狭域化実験の打ち合わせに来たのに、どうしてこんな戯言を聞かされてるんだろうね。
「ここは、武をもって国に尽くす場所、おもちゃ遊びに来た子供は相応しくありません。将軍ともあろう方が、甘い対応をするから思い上がるのでしょう。勘違いはこの機会に正しておくべきです」
「ほう……」
低く漏れたカロネイア将軍の声に、背筋が凍った。
年嵩の将校達のほとんどは、怒気を孕む将軍に視線を向けようともしない。その気持ちは、私にも良く分かる。
あの迫力で睨まれたなら、私は間違いなく逃げる事を考える。至近距離で向き合うとかあり得ない。敵対するなら命を懸ける覚悟が要ると、本能が訴える。
戦征伯と、恐れ敬われるだけの凄味を知った。
「どうでしょう? この機会に実験とやらへの参加を考え直すというのは。魔物の増減など、我等、栄えある王国軍人が関わる事でないと、自分は常々思っていたのです」
けれど、ボンボンはこれだけの覇気を感じられないようだった。得意気に独説を続ける。
軍人として、致命的に練度が足りていないんじゃないかな?
それに、今、間伐部隊の意義を全否定したよね。
「……機甲小隊のデッツ少尉だったな」
「はいっ! 第14機甲小隊所属、ポート・デッツ少尉であります」
「お前と、お前の部隊は今回の遠征に必要ない。出ていけ」
「へ!?」
「聞こえなかったか? 遠征はお前抜きで行う。会議に参加する必要もない」
「な!? 何故?」
「それすら分からん愚か者だからだ」
貴族の縁故採用は将軍が行った事じゃないだろうから、言葉に遠慮がない。ばっさり切り捨てたよ。
私でも、もう少し言葉を選ぶんじゃないかな?
「何の思想にかぶれたのかは知らんが、不満に思うだけなら好きにすればいい。だが、国の意向で計画し、軍務大臣と我々上層部が了承した実験を批判するなら、今後、軍に居場所はないぞ。夢想する任務だけをこなしていれば、軍人が務まるなどと思うな」
愕然とするボンボン少尉だけれど、門衛同様、こんな当たり前の事も分からないとか、どういう事だろうね。
今、カロネイア将軍は思想と言った。
考えてみると、私を見下して、自分達を無駄に持ち上げる。言葉の端々に共通点を感じるよ。つまり、2人の根っこは同じって事?
「それから、発案者でもある侯爵令嬢に礼も尽くせんなど、論外だ。不敬罪や侮辱罪に問われたとしても、軍として庇うつもりはないと知れ」
「そ、そんな……」
結局、暴言少尉は反論も許されずに出て行った。
「ちっ」
去り際に私へ舌打ちしてから、ね。
カロネイア将軍が怒って、将校達に冷たい視線を向けられて、この空気の中でよくそんな事ができるよね。
将軍に怒られた事がショックだっただけで、叱られた内容は頭に入っていないみたい。
類縁なのか、隣に座っていた人は顔色が青いのに、当人にまるで自省が見られない。このあたりも、門衛の男と同じ雰囲気を感じるね。
将校の前であの態度、彼の評価は地を抉っていったと思う。
「さて、話が脱線してしまったが、今日の本題に戻るとしよう。……ああ、デッツ少尉同様に、今回の遠征が受け入れられない者がいるなら、今の内に名乗り出るといい」
怒気をそのままに、将軍が会議室をゆっくり見渡す。
当たり前だけど、そんな猛者は現れない。
「ふむ。今回、王国軍の決定として遠征を行い、スカーレット嬢に指揮権を委譲する。彼女に従えない者、これ以上恥を晒す者は厳しく処分すると、ここで明言しておく。今、名乗り出なかった以上、不満があったとしても、全て飲み込んでおけ」
「「「はっ!」」」
「……さて、スカーレット嬢、遠征先はリデュース辺境伯領に決まったのだったな」
特大の釘を刺したと思ったら、さっきまでの迫力が嘘みたいに、コロリと態度を切り替えたカロネイア将軍が議題を進める。場の空気は急に緩んだりしないけど、気にしてる様子はない。
「はい。出立は10日後、強力な魔物の生息が予想される地域です。先に伝えた魔導変換器の設置と魔物の生息状況の観察に加えて、冒険者ギルドと魔塔共同で、希少素材の採取も行う予定です。詳細は現地での判断となりますが、状況によっては部隊を割いていただくと思います」
軍で何が蔓延っているのかも気になるけれど、私も頭を切り替える。元々、打ち合わせの為に来たんだからね。
「ああ、問題ない。その場合も、新武器、新兵器の実験を並行しても構わないのだな?」
「勿論です。場合によっては、私達が開発した武器の使用もお願いすると思います」
「……その新武器とやらの説明が抜けているが、これはそちらの不備ではないのかね?」
配布した資料に沿って確認を続けていると、口を挟む人がいた。
アルカン・リグレス大佐。
研究の都合で情報が小出しになっていたから、今回擦り合わせをする場を持った。意見する事が許されてない訳じゃないけど、大佐の言葉には棘がある。
「申し訳ありません。使用している技術が全く新しいものとなりますので、現地まで情報を伏せてあります」
「ふん、秘密主義と言う訳か」
「……アルカン、不満は飲み込めと言わなかったか?」
「いえいえ、資料の落丁を心配しただけですよ。何しろ、儂は御令嬢の補佐をしなければならんのです。機密ならば仕方ありませんが、伝達漏れは困るものでしてね」
この会議室で唯一、将軍の怒気もお構いなしに、太々しく答える。
一瞬で、将軍と大佐の間に火花が散った。
遠征部隊の指揮は、大佐が執る事になっている。そして、入室以来、不快そうに私を睨んでいた1人でもある。
つまり、軍部が抱える面倒事に、真正面から巻き込まれるって事ですね。部外者のままでいたかったよ。
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