会談の前に
春を感じながら、通い慣れた道を歩く。
しばらくご無沙汰してたけど、カロネイア将軍―――というか、軍の開発部とは度々情報交換してたからね。一見近寄り難い物々しい施設にも、すっかり抵抗がなくなった。
開発部のオキシム中佐とか、ニュードさんに負けないくらいがっしりしていて、クラリックさんより強面で盗賊の頭領みたいなのに、凄く繊細な付与魔法を使ったりする。何事も見た目じゃないって、改めて知ったよ。
身体つきが良くて、顔に凄味が滲み出るくらい修羅場を潜ったなら、普通は軍人か冒険者になるから、実際の盗賊に中佐みたいな人はいないんだけどね。
とにかく、最近では施設の威容は、そこに居る人達の頼もしさだってくらいに感じてる。
それはそうと、春の中央公園は歩いていて気持ちがいい。
オーレリアとのジョギングは続けていても、ゆっくり楽しむと、また違った楽しみがあるよね。
信仰上の理由で桜並木はないけれど、チューリップやアネモネが綺麗に咲いてる。今年は光の神の加護年だけど、火の年は赤いチューリップを一面に植えるんだとか。今は色とりどりの花が見事だね。
個人的には、前世の名前が芙蓉だってのもあって、ハイビスカスとか好きなんだけど、残念ながら時期が早い。今年は狭域化実験で、見頃を逃してしまうかな。
なんて、ご機嫌で軍本部に辿り着くと、思ってもみない状況に迎えられた。
「ここは女子供の遊び場ではない。去れ!」
門を通り抜けようとしたら、門衛らしい人に前方を遮られて、こんな事を言われた。
何言ってるのか分からない。
どうしたものかと、皆で顔を見合わせてしまう。
基本顔パスだったけど、関係者以外は立ち入り禁止の施設だし、それを当たり前と思うのは良くない。偶々、私達の事を知らない人って可能性も僅かに残るし。
まさか、オーレリアがいないからって事はないと思うんだけど。
相手が非常識だからといって、こちらが倣う必要はない。暴言は聞かなかった事にして話を続ける。
「遊びに来た訳ではありません。カロネイア将軍とお約束しています。取り次いでいただけますか?」
「そんな事は聞いていない。お忙しい将軍を煩わせるな。消えろ、小娘!」
あんたが聞いているかどうかは関係ない。約束があるから確認に行けって言ってるんだけども。
「どうも言葉が通じないみたい。どこから突っ込めばいいかも難しいよ」
お手上げ、とキャシー達の方へ両手を上げる。
「門衛に、門衛に来客が伝わっていないのだとすると、カロネイア将軍の不手際と言う事になりますよね。ミスがないとは言いませんけど、オーレリア様のお父様はそんな方ではないと思います。何か問題でもあったのでしょうか?」
「それなら、私達の方へ先触れがあるんじゃないですか? でも、それとこの人の無礼は関係ありませんよね」
「そりゃそうだ。そもそも、私の言う事が虚偽だとしても、確認に行くのが門衛の仕事じゃなかったっけ?」
「見るからに成人したての新兵って感じですから、教育が足りてないんじゃないですか?」
「でも、でもキャシー、それはそれで問題よ。人目に触れる場所にそんな盆暗を置いたって事ですもの。軍の品位が疑われます」
「階級社会で、国の身分制度を忘れたとか?」
「常識を、常識を忘れたって事でしょうか? 貴族なんて将校の一部だけですから、レティ様に大口を叩ける人なんていませんよね。正直、正気を疑います」
「自分の言動が、どれだけ問題か分かってないんでしょうか?」
「問題があるのがこの人だけか、配置の権限を持つ上司含めてなのかで、話は変わってくるよ」
「それに、それに加えて教官もでしょうか? 将軍にしっかり確認しないといけませんね」
「場合によっては、報告先が殿下に変わるかもね。カロネイア将軍がいるのに、こんな状況がまかり通っているなら、かなり良くない傾向だと思うし」
「レティ様が、また面倒事を引き当てた匂いがプンプンしますね」
「またって言わないで、できるなら、見なかった事にして帰りたいんだから」
3人で、あーだこーだと批判を言い合う。
別に声を抑えてはいない。これだけヤバい事をしてるよって、門衛の危機感を煽るのが目的だから。
ちなみに、ここに初めて来たノーラは目を白黒させて黙ってる。
「ええい! 栄えある幕僚本部の前で、何をごちゃごちゃ言っている」
だけど、私達の意図は伝わらなかった。危機感じゃなくて募らせたのは苛々だけだったみたい。
「黙って聞いていれば、カロネイア将軍に問題があるだと? 将軍を侮辱するなら、公務執行妨害で拘そ―――」
公務を執行していないのはそっちだし、それ以前に不敬罪だけどね。
まあ、細かく突っ込む前に、キリト隊長に取り押さえられていた。
私の身柄だけじゃなくて、私の名誉まで守ってくれるみたい。
「申し訳ありません。聞くに堪えませんでしたので、指示を待つ前に動いてしまいました」
おまけに、勝手に動いたと謝罪までする律義さだよ。
「いえ、手間が省けて助かりました。おかげで、人が集まってきましたし」
門の前で騒いでいる集団がいたなら、誰かしら確認に来るよね。
野次馬も混じっているけど、知っている顔もちらほら見える。彼等は、状況を把握すると、顔を真っ青にして走って来た。
「申し訳ありません、スカーレット様。不愉快な言動、本人に代わって謝罪いたします!」
やって来た面識ある軍人さんに男を引き渡す。
先頭は工作部隊の少尉さんだったかな。腰を直角に折る勢いで謝ってくれた。
「くそっ! 離せ! 騎士だからって、軍人を不当に拘束する権利はない筈だ。これは、軍に対する敵対行為だぞ!」
門衛だった男はまだ訳の分からない事を叫んでいる。
自分が何を言っているのか、本当に分かっていないみたい。正気を失っている訳じゃなく、本気で言っているあたりが、怖くなってきた。
そして、気付いた事がもう一つ。
私への暴言と知って慌てる野次馬がほとんどだけど、困惑顔の人が少し、そして、忌々しげに私を睨む人が一部いる。
気になったので聞いてみた。
「彼の言動はいつもこうなのでしょうか? それと、気になる視線がいくつかありますが、何かあったのですか?」
「……申し訳ありません、自分には答える事ができません。どうか、将軍に直接ご確認ください」
意図は伝わったみたいだけれど、明言は避けられてしまった。余計に不安が積み上がる。
つまり、キャシーの言う通り特大の面倒事って事だよね。
頼もしく思っていた私の信頼、返してほしい。
これから狭域化実験で軍の協力をがっつり得る予定なんだけど、それに関わらないで済む方法ってないかな?
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