令嬢の我儘
友人の無事を祈りたい気持ちは分かるけれど、呪詛が絡んだ時点で碌な結末は待っていない。キリト隊長が必死な様子に見えるのも、それが薄々分かっての事かもしれないけれど。
だからと言って、目を逸らしても何も生まない。
「……もう、生きてはいないと思います。恐らく、彼の持つ魔石を染める犠牲になったのが、本当のフォーゼ副長でしょうから」
「はい、その通りです。知らない人間の姿を纏う事はできません。気分のいいものではありませんでしたが、その場に私も立ち会いました。間違いありません」
意を決した私の言葉に、偽フォーゼさんが追従する。
私の残酷な仮説は、すぐ当人に肯定されてしまった。
「貴様あああぁぁぁぁっ!!!」
自分を抑えられず、キリト隊長はそのまま偽物を殴りつけた。
ガツンと音がして、防御も取らなかった偽フォーゼさんは部屋の端まで転がる。それでも気が済まないキリト隊長は馬乗りになって殴り続けた。
あんまり殴ると、その不健康そうな人、死ぬんじゃないかな?
しかも困った事に、他の騎士3人も止める様子がない。揃って悔しそうに歯を食い縛っている。
友人や同僚を失って、それに気付く事も出来なかった彼等に、かける言葉が思い付かなくて私も口を挟めない。
「ああっ!! ああっ!! ああっ!! あーーーーーっ!!!」
しばらく殴る時間が続いて、キリト隊長の拳が振り上げられたまま止まる。
「……何故、貴様が泣く!?」
不可解そうにキリト隊長が吐き捨てた通り、偽物の頬には涙があった。
「これは、私の涙では……ありません」
本当に悲しさを滲ませて、偽物が告白する。
呪詛魔石に籠められた慟哭。
あの封印遺跡で私が経験したのと同じもの。
彼は呪詛に適合したと言ったけども、その分、死者の嘆きに囚われていたのかもしれない。彼の所作に違和感を持たなかったのは、認知を歪められたというだけじゃなくて、彼の人間性を死者が上書きした可能性もある。
虚属性の研究許可は出ても呪詛に関わる事は許されていない。だから私が踏み込めるのはここまでになる。せめて、聴取の確認事項として申請だけしてみようかな。
「……彼の、最期……の言葉は、キリト……隊長……すみま……せん、……でした……から」
私と本物のフォーゼさんとの記憶は、護衛に就くと揃って挨拶に来て、真面目過ぎると呆れた一度だけ。収穫祭前には入れ替わった訳だから、実際に傍にいた時間は少ないと思う。
それでも、任務を全うできない事を恥じて逝ったらしい。
「うわあああああああぁっ!!!」
それを聞いて、感情が振り切れたらしいキリト隊長が再び吠えた。
感情のままに拳を振り下ろす。
そして、偽フォーゼさんの顔面―――その横の床を砕いた。
呪詛犯罪に関する情報源を殺してはいけない―――ギリギリのところで騎士の理性が働いたみたい。
最後の一撃は明らかに強化魔法入りだったから、外さなければ間違いなく止めになっていた。
元とは言え友達の部屋で、トマトケチャップを作らないで済んだよ。
「……このまま殺してもらっても、構わなかったのですけどね」
意外そうに、けれど他人事みたいに偽物が言う。
「黙れ。貴様に待つのは、騎士団による詰問だ。拷問してでも、呪詛魔石に関わった愚か者について、吐いてもらう」
キリト隊長が納得した様子はないけれど、それでも偽物を無理矢理立たせる。
彼に説明するというより、自分に言い聞かせるようだった。苦いままの表情が、それを物語っている。
「ははは、それは困りますね。我々にも、破れないルールってものはあるんですよ……」
「!! いけないっ!」
「……ぐふっ」
警戒していたウィードさんが叫ぶのと、偽フォーゼさんが血を吐くのは同時だった。
「! 毒か!?」
キリト隊長が襟元を締め上げ揺さぶるけれど、それで毒が抜ける訳じゃない。
何処か達観しているように見えて不気味だと思っていたら、抵抗する気がないんじゃなくて、命を諦めていた訳だ。
犯罪者の覚悟を見誤った。
元々青かった顔色をもっと無くして、偽フォーゼさんは私へ笑いかける。
「……最期に、スカーレット様、貴女に感謝を」
「何を?」
「私は、エッケンシュタイン領の出身なんです。私はこんな風にしか生きられませんでしたし、今更後悔もありません。ですが、襲撃してきた者達を許し、無理を通して民を助けて回った貴女を見て、私ももしかしたら……なんて夢を見ました。ありが……」
それだけ聞いて、私は切れた。
「―――そんな遺言じみた言葉を聞く気はありません」
続く言葉を遮り、空間魔法を解いて部屋に踏み込む。
ウィードさん達は慌てる様子を見せたけれど、半死人に警戒は必要ない。ずかずか包囲の中心まで進むと、キリト隊長から偽物の襟を引っ手繰った。
身長が足りないので襟首を吊り下げる体勢にはなったけど。
「言いたい事があるなら、生きて言ってください」
「はは……、無茶を言われる」
睨む私へ弱々しく口元を歪めて応える。この間にも命の火は消えかけている。生きろなんて気休めにもならないでしょう、と。
しかし私は、そんなおかしな事を言ったつもりはない。
掴む襟首から、魔力をどっと流し込む。
「私が何故聖女と呼ばれているのか、知りませんでしたか? 私の前で簡単に死ねるなんて、思わないでください」
毒を飲んで土気色にまでになっていた顔色は、元に戻るどころか僅かに赤を差してゆく。殴られ腫れた部分も綺麗に消える。
案外、即死って難しいよ。
私が手を出す前に、頭を潰すくらいのつもりでいないとね。さっきのキリト隊長の拳を受け入れたなら、死ねていたかもしれないけど。
私も覚悟を見誤っていたけど、そっちは覚悟が足りなかったね。
「千切れかけた腕を再生させるところを見ていたのに、私の目の届くところで自殺しようだなんて、考えが甘いですよ」
「……は、はは、敵いませんね」
「私に関わった以上、罪と向き合ってもらいます。近く死ぬ運命は変わらないとしても、逃げるなんて許しません」
私が手を離すと、偽フォーゼさんはそのまま蹲って震えはじめた。
複数の毒を持っているとは思えないけど、キリト隊長達は慎重に拘束していく。後ろ手に縛り、口には詰め物を噛ませる。偽フォーゼさんも全て素直に受け入れていた。
彼がウィードさんとオーズさんに連行されるのを見送って、私はキリト隊長達に送ってもらう。
隣の建物だし、護衛任務の一環だけどね。
「……スカーレット様、聞いても宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」
護衛中、彼から話しかけてくる事は珍しい。
「呪詛を使ったあの男は、処刑がほぼ確定しています。拷問を受ける事も間違いないでしょう。素直に話したとしても、隠し事の有無までは確認できません。死ぬまで辛苦を受けると思います」
「騎士を殺している訳ですから、騎士団の取り調べは苛烈なものになるでしょうね」
「そこまで分かっていて、あの男を助けたのですか?」
「放っておいた方が楽に死ねただろうという事でしょうか?」
「呪詛犯罪を追う上で、あの男は貴重な手掛かりになります。死なせずに済んだ事は感謝しております。しかし貴方なら、更に責め苦を負うより、あのまま死なせてやるのかと思ったもので……」
「それでも、“偽物”のまま消えるなんて許せなかった―――それだけですよ。ただの自己満足です」
彼の事情を知って、それを汲んであげようとは思わない。不幸は世界のどこにでもある。彼より悲惨だからといって、真っ当に生きてる人だっている。
どんなに善政を敷いたとしても、零れ落ちる人は存在する。貴族の仕事はその個人と向き合う事ではなく、彼のような人を生まないよう努め続ける事だと思ってる。
だから今日の事は、この世全ての不幸を背負ったような顔をして、名前も明かさず消えようとしていた彼に腹が立っただけ。
これで調書には彼の本名が残るし、呪詛犯罪撲滅に役立ったって意義も残るかもしれない。拷問に耐えかねた彼は、私を恨むだろうけれど、それでいいと思ってる。
「ありがとうございます」
「? 何故、キリト隊長がお礼を言うのでしょう?」
「あの男は、短い間でしたが私の部下でした。あの男にとっては騎士の真似事だったとしても、その仕事ぶりに嘘はなかったと思っています」
歪曲の特性、その事について説明しなくても、キリト隊長は感覚で知っているのかもしれない。
「あの男が無為に死なずに済んだ事、私も安堵しております」
「……そうですか」
「ですから、私はスカーレット様に感謝して、いる、の、です」
キリト隊長の言葉の最後は掠れていた。そうは言っても、全てが消化できた訳ではないのだと思う。
「申し、訳、ありません。……今だけは、ご容赦を。明日には、きちんと護衛に、戻り、ますので……」
一晩で気持ちを切り替えるつもりらしい。やっぱり糞真面目だよね。
とは言え、気を使って休ませる事が優しさとも思わない。強がるというなら、気の済むようにしてもらおうか。
部屋の前で別れるまで、私はこれ以上何も言わなかった。
これで情報漏洩事件は解決。
尋問は続くのだろうけれど、虚属性研究が流出する危険性は摘み取られた。だからと言って、キリト隊長達の顔は晴れなかった。私も同じような顔をしているんだろうね。
分かっていた事だけど、苦い結末になったよ。
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