お父様の心配
国王陛下から仕事を任せられるのは光栄な事、なんて考え方がある。
この世界に生きて13年、私もその感覚に染まっていたみたい。紙切れ1枚に、高揚を抑えられないでいる。
遣り甲斐が増えたよね。
これからの研究に思いを馳せていると、お父様が真面目な顔をしていた。
「レティ、君はこれまで、多くを生み出し、多くの人を助けてきた」
「自分でも、出来過ぎだとは思ってるけど」
「うん。そう言う君を、私は嬉しく思うよ。君に希望を見出した人達がいる。もっと良い生活環境を生み出してくれるのではないかと、期待を寄せる人がいる。自分達の利益を生んでくれるかもと、欲求を向ける人もいる。既に大勢が君に注目している。今回の勅書も、その証左だろう。そして、君はそんな中にあって、驕る事なく世間と向き合ってきた」
いきなり聖女なんて呼ばれた時、未成年の私の発言力が確固としたものになっていった時、戸惑ったのは確かだよね。
とは言え、私のメンタルは子供じゃないので、思い上がるって発想はなかった。
「しかし、注目を集める事は良い面ばかりではない。私は、君が人の道から外れた研究を行うとは思っていない。けれど、誰もがそう信じてくれる訳ではないよ。人は簡単に裏返る。期待が思った形と違った時、投資に見合った利益が得られなかった時、人々は君を批判するかもしれない」
「虚属性の研究で、そうなると?」
「勿論、そんな事にはならないかもしれないよ。しかし、もしもそれが現実のものとなってしまった時、君に寄せる期待が大きい分、揺り返しも大きなものとなる。私はそれを心配している。くれぐれも、慎重を期してほしい」
炎上した経験は前世でもないから、想像する事しかできない。
「……それでも、私は折れないと思うよ」
「どうしてそう言い切れるんだい?」
「あくまで自己分析だけど、承認欲求は少ないと思うから。私は世間の評価に期待してないよ。私は、自分で誇れる私でいたい。例え周囲から嗤われたとしても、納得のいく成果に繋がっているなら、研究を続けると思う」
「……そうか」
「それに、そんなに心配はいらないと思うよ。虚属性自体知られていない概念で、社会秩序維持会議に出席した人以外は、呪詛がそれに抵触するものだとも知らない。だから、呪詛魔石に関わらない以上、忌まわしい研究だなんて気付きようがないし」
「そうやって、物事を軽々しく考えていそうだから、心配が尽きないのだけどね」
う。
楽天的なのは否定できない。
「まあ、君がそう言うなら、信じるとするよ。元々、私にできるのは胸を痛めるくらいで、手伝える事は限られているからね。……君の才能は、私のものとはかけ離れ過ぎている。私は、有り物で領地を豊かにする事はできても、新しい何かを生み出す事はできない。いつも、もどかしく思っているよ」
「私としては、有り物で何とか出来るだけの能力が足りてないから、足搔いてるだけなんだけどね」
私だって、折角貴族に生まれ変わったんだから、内政で人々を導く姿に憧れた。でも、前世の思考を引き継いだ時点で、その方面に才能はなかった。この体は才能に溢れているけれど、扱うのが私の時点で、生かせる方向は限られる。
お父様がそんなふうに考えてるとは知らなかったけど、儘ならないよね。
「でも、私が研究にかまけている間に、お父様達が私の作ったものを生かしてくれるって信じてるから、これからだって頑張れるよ」
「そうかい?」
「頼りにしてるよ……と言うより、そっち方面を考える余裕は無いから、元々頼り切りだと思っているし」
そうでないと、間違いなく過労死する。
既に一杯一杯なんだから。
「ふむ。君が活躍するようになる頃には、カミンが一人前になっているだろうからと、私は下地だけ作って後は任せる気だったんだけどね」
「引退考えるのは早過ぎない?」
「レティが入学と同時に動き出すとは思わなかったから、予定が繰り上がるどころか、計画の組み直しになったよ」
あー、お父様の中では、もう少し私が大人しくしている筈だった訳だ。
残念ながら、そんなレティちゃんはいない。
「狭域化実験が終わったら、空を使った交通網について、相談しようと思ってたんだけど?」
「うん、初耳だね。私はこの1年で、計画通りに進まないどころか、臨機応変を常時求められる経験をしたよ。勿論、現在進行形だがね」
「私、予定を組まずに、思い付いたままに動くからね」
「それで迷惑を被る人もいると知っておいてほしいね。私は構わないけれど、将来的には気を付けないと、カミンに嫌がられるかもしれないよ?」
それは由々しい事態だ。
そんな事になったら、生きていけない。
でも、その時になっていきなり自分を変えられる筈もないから、今から自重ってものを身に付けないと。……間に合うかな?
「まあ、それは冗談だけど、私は勿論アウローラも、カミンも、ヴァンも、そしてノースマークの屋敷中の人間が、君を心配している事を忘れないでほしい。常に君と共にいるフランだってそうだろう?」
後ろで頷く気配が伝わる。
彼女に心配をかける事が一番多い。でも、それを当たり前にしちゃいけないよね。
「それに、君は世間の評価を気にしていないとは言うけれど、君が非難されれば私達は悲しいし、君が嗤われるなんて我慢がならない」
「……はい」
「君を慕って、集まってくれた仲間もいるんだろう? 君への評価は、彼女達への評価でもある事を念頭に置いておかないといけない。友達が後ろ指を差されるような事になったらどうする?」
「そんなの、絶対に嫌」
「うん、君ならそうだよね。なら、自分の事も省みないと」
そうだった。
今は好き放題して、結果がいい方向に繋がっているけれど、そうでない場合も想定しておかないといけない。
「王命は誇らしい。けれど、同時に重いとも知りなさい。君の活躍をやっかむ者も増える。君がまだ未成年だから尚更だ」
そう言えば、勅旨が未成年に下った例は無かったね。
「陛下の意向である以上、予算も付くし、権限も増える。しかし、敵も増えると思っておきなさい。王の命令を邪魔する事は認められていないけれど、内心まで抑えられる訳ではないからね。君が優秀な事は知っている。でも、これまでと同じつもりでいるなら、足を掬われるかもしれないよ」
「それは、お父様も経験があるの?」
「そうだね。以前に、経済対策の立案を命じられた事がある。途端に、足を引っ張ろうとする者が増えたよ」
ここで釘を刺されてなかったら、私もそうなってたかもって事だよね。
「呪詛に関して話した時、知らない事が、恐ろしさを助長させていると言ったね。その通り、人は未知を受け入れる事を躊躇う。君が生み出そうとしている技術も、そして今は君自身も、その立場にあると知りなさい。未成年で勅旨を受け、初代導師が叶わなかった技術に手を付けようとしているスカーレット・ノースマークと言う女の子は、見る者によっては得体の知れない何かになろうとしている」
「学院で浮いている自覚はあったけど、他の場所でもそう見えるって事だよね」
「今の君なら、魔塔の中にあっても浮くだろうね。そして今回の件で、利用価値があると同時に、脅威でもあると、アドラクシア殿下に続いてアノイアス殿下も認識された。虚属性については目的を同じとしているから大丈夫だと思うけれど、警戒は強めておきなさい」
「……はい」
「レティの意思が折れない事は分かった。でも、状況に耐える前に、私達を頼りなさい。周囲を心配させない事、安心させる事も、君の義務だよ」
「はい」
お父様の声は終始穏やかで、しかし胸に沁みた。
親元を離れた事もあって、お父様達への気遣いが薄れていたかもしれない。
確かに、私だけ大丈夫なら、それでいいって訳にもいかないよね。
我儘してる自覚があるからこそ、省みる事を忘れちゃいけない。
考えてみれば、私は既に、親より先に死ぬって最悪の親不孝を犯してる。その後悔は決して覆らないからこそ、今度は育ててもらった恩を返さないとだよね。
今日のお茶の後味は、随分苦いものになったよ。
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