閑話 憧れの姉様 上
僕はカーマイン。
ノースマーク侯爵家長男で、次期当主として教育を受けている。
長男として生まれたのだから当然の事。周囲もそう言うし、この国の爵位は基本的に長男が継ぐものと学んだ。
けれど、僕はその流れに疑問を持っている。
理由の一つは、両親からそれを告げられた事がないから。まだ幼いけれど、弟が生まれた事もあって、両親は様子を見ながら、後継の指名を遅らせているのかもしれない。
そして理由のもう一つ、僕の疑問の最大の根拠が、スカーレット・ノースマーク、僕の姉様だ。
2つ上の姉様は優秀の言葉だけでは収まらない。
勉強を始めると知識をみるみる吸収して、今では7か国語を使いこなし、領地の作付け状況をまとめて、気候·地質調査と統計学の知見から改善案を作成し、経営や行政を学べば、教えられた事とは異なる意見を持ち、新しい角度からの独自解釈で文官達と議論を重ねた事もあるという。
僕も勉強を本格的に始めて既に4年。姉の様になれるイメージはまるで持てなかった。
姉様が侯爵家を継いだ方が良いのではないか。
葛藤は常について回った。
侍女のアンジュは、僕も十分優秀だと言ってくれる。護衛見習いのアレクスはこのまま努力を続ければ、次期侯爵に相応しくなれると言う。スカーレット姉様はお嫁に行くから、侯爵位を脅かす事は無いと。
「でも、スカーレット様の方が優秀なのは事実っスけどね」
言った瞬間に部屋が凍り付いたし、僕就きの全員に睨まれていたけれど、執事候補ヘキシルの言葉は僕の代弁だった。
僕の部屋にいる間はプライベートだと言わんばかりに言葉を崩す、この執事見習いを、僕は嫌いじゃない。
第一、空気を読めとアレクスがヘキシルを叱っているけれど、それは彼の言葉を肯定してるのと同じだよね。どうも、彼は僕を持ち上げればいいと思っている節がある。
側近の入れ替えを、またお父様に頼まないといけないかな。
次期侯爵が内定している僕の側近という立場は魅力的らしくて、幼い頃から擦り寄ってくる者が多い。僕に就けられる前に篩に掛けられてはいるみたいだけれど、さらに選別、教育する事が、僕の課題に組み込まれているらしい。本人達に知らされている気配はないけれど。
使えない側近も、信用できない護衛も必要ないからね。
幼い頃から信頼できる優秀な侍女に囲まれた姉様がうらやましい。
そんな中で、ヘキシルだけ毛色が違う。
彼は割と最近僕に就けられた側近だ。彼は姉様就きのフランの従弟なのだけど、素行が悪いと、僕に就けるのを見送られていたらしい。教育し直したらしいけれど、効果がなかったのか、これでも更生しているのか判断し辛い。
でも、飾らない彼の言葉はありがたい。
「ヘキシルは、僕が姉様みたいになれると思う?」
「なれる、なれない以前に、そうなる必要、あるんスか?」
何気ない質問に、思わぬ質問を返されてギョッとした。
アレクスが口を挟みかけたのを黙らせて、ヘキシルに続きを促す。
「スカーレット様は確かに優秀で、革新的っス。でも、それが誰にでも受け入れられる訳じゃありません。カミン様が劣等感を抱いているように、優秀過ぎる彼女に反発する教師もいますよ」
そう言われてみれば、姉様を担当した教師が何人か辞めている。姉様を侮ったり、悪意を持って対応したりする者は、姉様は寛容でも、フランが処理するだろう。けれど、そう言った話は聞いていない。
ならば、どういった理由で辞めてゆくのか?これまで疑問を持つことも無かった。
「優秀な生徒を受け持つことは、教師側にも良い事じゃないの?」
当人の実績になるのだから、メリットしかないと思う。
「姉様大好きのカミン様からすると、優秀なスカーレット様に教える役目はどんな場合でも誇らしい事なんでしょーね」
ヘキシルの言葉を否定しない僕に、視界の端でアレクスが驚いた顔をする。
驚くような要素、どこかにあったかな?もしかしてだけど、姉様大好きに反応したの?
恥ずかしいから一々肯定しないけど、姉様みたいになれない自分を不甲斐なく思っているだけで、あの人を嫌った事なんて一度もないよ。
「憧れってのは、手が届きそうに見えるから持てるんスよ」
アレクスの今後の取り扱いは後で考えるとして、今はヘキシルの話を聞く。
「オレみたいに、地を這う獣は空を羽ばたく鳥を見上げる事しかできません。獣は空行く鳥に憧れなんて抱きません。飛べない事を受け入れてついて行くか、種が異なるのだと諦めて離れるか、どっちかっスね」
「僕と姉様は同じ鳥だから、ヘキシルは姉様を目標にするのは間違ってるというの?」
「間違いとは言いません」
大切な事を伝えたいからか、ヘキシルの言葉遣いが普段と変わる。
「カミン様は、お姉様の様に高く、速く飛べないと悩んでるんでしょうけれど、高く飛ぼうとするあまり、周りや下を顧みない主にはならないでほしいです。スカーレット様は自由であるから輝く方で、何があろうとついて行くつもりのフランもいます。けれど、カミン様は我々と共にある主であってほしいと思います」
「あんまり高く飛ぶと、ついて来れないから?」
「カミン様の足を引っ張りたい訳じゃないですよ。でも、目標にはジェイド様を据えていただきたいです」
「あ――――」
父様の名前を出されてハッとした。次期侯爵を目指す上での明確な目標。だからと言って、決して楽にはならない道程。
「大切なお姉様に追いつく事を諦めるのは難しいですか?」
「ううん――――考えてみるよ」
納得できた訳じゃないけれど、考えないといけない事は分かった。
長くなりそうなので一旦切りました。
本日中には後編をアップできると思います。後半も宜しくお願いします。
 




