次の研究課題
南ノースマークから戻った私は、その足でアノイアス殿下の呼び出しを受けた。
今回見つかった遺跡の扱いについて、社会秩序維持会議で審議をしなければならない。
社会秩序維持会議というのは、世間への影響が大きそうな新技術が発表された際に開かれるもので、その技術が社会へ与える影響について議論する。
そこで、あまりに不利益が大きいと判断された場合、一切の情報が秘匿される。悪質な意図を孕んでいた場合には、開発者へ罰則が科せられる事もある。
最終的な判断は王様が下すのだけれど、この会議の結論が覆った例はない。
機密性の高い情報を扱う為、出席者も最低限となる。
今回の場合は、アノイアス殿下を議長に、魔学技術、文部、法務大臣らと、技術顧問としてアルドール導師他、12塔長、そして遺跡の管理者であるお父様が名を連ねている。
私は参加しないのだけれど、会議の前に調査責任者へ聞き取りをしたいと、召喚を受けた。
「お久しぶりですね、スカーレット嬢。今回は貴女の発明ではありませんが、頭の痛い報告書をありがとうございます」
開口一番、嫌味を言われた。
なお、禁忌技術に関する話になる為、殿下の執務室には私達しかいない。私もフランを連れていないし、殿下も側近を排している。だからなのか、言葉に遠慮がない。
「苦情は300年前にお願いします。私は事実を書き連ねただけですから、誰が調査しても内容は変わらなかったと思いますよ」
「そうは言っても、王城にある筈の機密文書が、元エッケンシュタイン侯爵領で見つかったなどと、報告を受ける身にもなってほしい。当時は、導師への信奉者が今以上に多く熱狂的だったと聞きますから、そう言った者達の仕業でしょうが、済んだ事として流すには問題が大き過ぎる。過去に遡って追及するまではしませんが、現行の管理体制を見直す事を強いられたのですよ」
そんな事を愚痴られても、私にはお疲れ様ですとしか言えない。
その件については、今のところ無茶を言った覚えはないからね。
「秩序維持会準備委員の人間が、貴方の署名が入った文書を嫌がるようになっていますよ」
「仕事と思って割り切ってもらうしかないですね。狭域化実験が控えていますから、提出書類はまだ増えますよ」
私、社会秩序維持会議に関わるのは初めてじゃない。
回復薬をはじめとして、分割付与、強化魔法練習着、狭域化実験まで、私の研究は会議の常連だったりする。
別に頼んでないから適当に流してくれればいいのにね。私が資料を用意する手間も減るからさ。
「そもそも殿下は、新技術が世に出る前に審査する現体制に、否定的な立場ではありませんでしたか?」
「その意見は変えていませんよ。新技術が展開する妨げになりますし、専門的な内容を会議の出席者が量り切れない事もあります。それに、限られた者だけで審議して、闇に葬られた技術も多いですから。しかし、今回の件についてはそうも言っていられません」
呪詛が絡んできたからね。
「人の犠牲の上に成り立つ技術を、発展の祖たるロブファン・エッケンシュタインが求めていたなど、認めたくはありませんでした」
「呪詛魔石の作成には絡んでいなかったようですよ」
「それは問題ではありません。初代導師が血に染まった魔石の利用を考えたことは事実です。この事が明らかになれば、人々の印象が塗り替わるでしょう。研究施設自体が念入りに封印してあったのですから、魔石の染色も隠れて行ったと邪推する者も出ます」
「300年前の事ですから、無かったと証明するのも難しいですね」
「奥様の事を思えば理解はできます。しかし、死者蘇生に走った事も悪手です。呪詛魔石を用いれば、死者を甦らせる事が可能かもしれない―――そんな噂になりかねません」
初代導師が天才だったと知られているからこそ、もしかしたらという印象を与えてしまう訳だ。
私にはそこまでして生き返らせたい人はいないけど、そこに救いを求めてしまう可能性は否定できない。呪詛技術自体、噂と願望が伝承されてきたあやふやなものだからね。
「呪詛を用いた犯罪を助長させない為にも、見つかった遺跡の存在は徹底的に隠すつもりでいます」
「素材類もなかった事にされるのですか?」
「……」
黙ってしまったよ。
殿下の眉間には深い皺が寄っている。
目録を作成したから気持ちは分かる。あれだけの品を揃えるのは、現代では無理ってくらいのリストができたよ。
私も欲しいものがいくつかあったし、魔物素材には財力だけでは手に入らないものも多い。魔導変換炉に使う幻想種の魔石なんてその最たる例で、あれがあるなら国内の魔力供給事情が大きく好転する。希少な筈の魔石もゴロゴロあったしね。眠らせておくのはあまりに惜しい。
でも世に出したなら、何処で見つかったのかって話になる。
私のビー玉1つで大騒ぎになったくらいだから、あれだけ揃っていると完全な隠蔽は無理だと思う。中には、初代導師だからこそ託した上級貴族の家宝とかあるかもだしね。
「朽ちるものではないとはいえ、放置しておいても何も生みだしません。出来れば活用したいところですが……今は難しいと言わざるを得ません」
目先の利益より、呪詛被害の防止を優先したいらしい。
すっごい苦渋の決断だったみたいだけども。
「せめて、呪詛撲滅に繋がる研究をしてくれていれば……、と思ってしまいます」
思わず、といった感じで愚痴が零れた。
エッケンシュタイン博士の遺跡が見つかった時点で、そんな願いを抱いていたんだろうね。人の為になる研究を多く残した博士だから、呪詛に関しても否定的な立場を想像してもおかしくはない。
「そこで殿下、提案があるのですが」
「呪詛対策について、何か良案があるのですか?」
「上手くいくなら、そうかもしれません。私に、虚属性について研究する許可をいただけませんか?」
「―――!」
途端に、アノイアス殿下の表情が鋭くなった。
でもこの反応は想定していた。
私は逆に笑顔を心掛けて続ける。
「悪い話ではないと思います。最後まで聞いていただけますか?」
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