天才の悔恨
他に論文は見つからなかった。
そうなると、この部屋にある覚書をあたるしかない。
私が知るべきなのは、呪詛技術について。だから、博士が集めた資料や書物を調べるべき……と、分かっていながら、私はどうしても虚属性に関して気になった。
散乱した紙片をフランに集めてもらいながら、私は端から読み進めていく。走り書き程度の崩した文体の上、見るべき順番も分からないので大変な作業になった。おまけに、この部屋は他と比べても散らかっている。博士の難航を窺いながら、私も四苦八苦させられた。
「何とか分かったのは、博士は呪詛を参考に、虚属性の魔石を作ろうとしていたって事くらいかな。まるで成功しなかったみたいだけど」
「そもそも、どうして呪詛魔石が、その虚属性? の性質を持つのでしょう?」
「……私の推測も入るけど、不具合みたいなものじゃないかな」
「不具合、ですか?」
「うん。魔法って、イメージを形にするものだよね。で、魔力はその燃料」
「そう、ですね」
「つまり、魔力は精神と密接な繋がりがある。そうでないと。魔法を使うなんてできないからね」
「精神状態が魔法の成功可否に影響する、なんて論文もありましたね」
「そうそう。―――でもって、魔石は魔力の塊。それなら魔石も、精神の影響を受ける。その性質から逆説的に、魔石を悪感情で染めるなんて発想になったんだと思う。でも、魔石の構成上、悪意は異物でしかない」
異物は排出されるのが常だけど、魔力と精神の繋がりと矛盾する。
「あ」
「そのつじつま合わせが、疑似的な虚属性、誘引力なんじゃないかな」
「……なんとなく、分かった気はします」
「うん。あくまでも理屈をこねただけだから、合っているかは知らないけどね」
でも魔石は魔物から得るもので、魔物は魔法を使えないし、精神性だって人とは大きく違う。それを人間社会で利用している訳だから、思ってもみない効果を発揮したって線は、大きく的を外していない気がする。
魔物って、理不尽なのが多いしね。
「ただそう考えてしまうと、呪詛を参考にしていた博士の研究は、成功する可能性がなかったって事になるね」
「方向性が間違っていたと言う事ですか?」
「うん。呪詛が魔石の誤動作的なものだとすると、それを再現したからって本道に至れるとは思えないよ」
虚属性って推論を組み立てる切っ掛けにはなってるし、このアプローチでは辿り着けないって証明したようなものだから、無駄とまでは言わないけどね。
「あら、こんなところにも魔石がありますね」
書記台を片付けていたフランが魔石を見つけた。
呪詛魔石は実験台に固めてあったから、確かに変なところにあるね。
けれど次の瞬間、暢気な事は考えていられなくなった。
「―――あ、あ、あ…………」
フランが涙を流しながらその場に崩れ落ちる。
そんな様子を見るのは初めてで、とても冷静ではいられなかった。
「フラン!!!」
慌てて彼女に駆け寄る。
集めた覚書が落ちたけど、今はそれどころじゃない。
「あ、この魔石……」
幸い、原因はすぐに分かった。
何気にフランが手にした魔石の色が、嫌に薄い。これ、呪詛魔石だ。
触れるだけでこうなるなんて、なかなか面倒な代物だよね。
きちんと片付けなかった博士に文句を言いたい気持ちになりながら、フランから問題の魔石を取り上げる。
その瞬間。
「あ―――」
心に絶望が降ってきた。
言いようのない哀しみが胸の内を支配する。
違う。
これは他の魔石とは違うものだ。
ノーラみたいな便利な魔眼はないけれど、はっきり別物だと言い切れる。
絶望は絶望でも、深い哀惜に満ちていた。
悪意による不快感を想定していた心構えは役に立たない。
このまま手にし続けていたら、この哀しみに共感して命を絶ってしまいそうな恐怖がある。
慌てて魔石を手放した。
「……大丈夫ですか、お嬢様?」
さっきまで大丈夫には見えなかったフランが心配そうに覗き込んでくる。気が付くと、私の頬もぐっしょり涙で濡れていた。
顔を拭いて、気持ちを落ち着かせるのにしばらく要した。
「……あれ、エッケンシュタイン博士の絶望だよね」
「はい。研究が成功しなかった事への悲嘆でしょうか?」
「多分ね」
感覚的に伝わってきた。
同じ経験をしたからこそ、抱いた印象は間違っていないと分かる。
吃驚したよ。悲哀も魔石を染める要因になるんだね。
多分、意図して作ったものじゃないと思う。余計な感情が入っていなかった。
隠れるように転がっていたし、エッケンシュタイン博士も知らないままだったかもね。
「エッケンシュタイン様は、あんなに絶望するほど虚属性を求めて、その成果で何をしたかったのでしょうか?」
フランの疑問はもっともだと思う。
自然の摂理でも、魔法技術でも足りずに虚属性を求めた。その入れ込みようは狂気すら感じる。
他とは比べ物にならないほど散らかった部屋、巻き散らかされた覚書は徐々に余裕を失っていった事が、その字の乱れ方から伝わってくる。思い通りの結果が得られなかったのか、叩きつけられた計器も目に入る。
この部屋からは、天才の威容ではなく、癇癪を起こす子供じみた執心が窺える。
封印施設を作って、初めは思い付くままに研究していたのだろうけれど、最終的には虚属性研究にのめり込んだ。
そして自分を追い込み、敗北した。
「あれ、じゃないかな?」
実験台の正面、この部屋の全てがあれを遮らないよう配置されている。
ここだけじゃなくて、封印施設の全ての部屋で、あれを見た。
それは、1人の女性を描いた肖像画。
「ファンシーヌ・エッケンシュタイン……」
「うん。記録によると博士の奥さんは、彼が導師を引退して領地で隠棲するより早く亡くなっている」
上の書庫を探せば手記くらい見つかるかもだけど、そんなものを確認しなくても、おそらく間違いない。
さっきの悲嘆が仮説を後押ししてる。
「稀代の天才は、生前省みる事のなかった奥さんとの再会を願って、虚属性研究に傾倒したんだと思う。死者蘇生は現行のどんな技術を用いても、不可能だからね」
普通なら悔恨に囚われて終わる話かもだけど、博士は己の全てを使って叶えようとした。優秀だからこそ、諦められなかった。
「……そうですね。領地で奥様が亡くなられた時、魔塔にいたエッケンシュタイン様が死に目に会えなかったというのは、有名な話です」
「引退を決意したって逸話だよね。それがあるから、博士は愛妻家だったって説も有力だけど」
「お嬢様は違うと思うのですか?」
「うん。だって、普通奥さんを想って施設中に肖像画を残すなら、博士と並んだ絵がある筈じゃない?」
「あ……。言われてみれば、どの絵も奥様おひとりでしたね」
「無かったんじゃないかな、2人の絵」
「どの逸話でも、博士は生涯のほとんどを魔塔で過ごされていますよね」
「逆に奥さんは、突然侯爵家を支えなきゃいけなくなった。逢瀬の時間が十分にあったとは思えないよ」
それなら、さっきの魔石の嘆きにも繋がるしね。
「お嬢様はいつから気付いておられたのですか?」
「この部屋に入った時。他にないくらい散らかっていたのに、あの絵の周りだけ紙屑一つ落ちていなかったから。確信したのは魔石に触れたからだけど」
「……なるほど。それで、博士への嫌悪感が少なかったのですね」
「虚属性が実用化できたからと言って、死者蘇生が叶う可能性は低いと思う。だけど、呪詛技術から最も遠いのは確かだからね」
ゾンビ作るとかならできるかもだけど。
「しかし、そんな思いで始めた研究が、報われる可能性がなかったとなると、いたたまれませんね」
「死者蘇生なんてそんなものじゃない? どんなお伽話でも、夢見た時点で報われない事とセットだよ。研究に携わる身からすると、真理からは最も遠い気がするし」
絶望を感じた時点で、そんなふうには考えられないくらい、初代導師は正気じゃなかったのかもしれない。
極限状態で冷静でいられるかなんて、私には分からないから安易に非難はできないけどね。
覚えてはいないけど、私が転生したのだって、死にたくないって過去の私が願った結果かもしれない訳だし。
「でも、少し安心したよ。この封印施設を公表したとしても、エッケンシュタイン博士の名前を地に堕とさなくて済みそうだよね」
「そうですね、呪詛の扱いによっては危ないところでした」
フランも一時は印象を塗り替えてたくらいだしね。
「なるべく隠蔽しようとはしただろうけど、今迄みたいに過去の偉人として讃える政策は転換を強いられてたと思う。エッケンシュタイン伯爵家の存続や、ノーラの進退にも影響したかもと思ったら、ゾッとするよね」
呪詛を扱った事は事実だから非難くらいはあるかもだけど、既に過去の事だし、奥さんの件と絡めて上手く美談に仕立て上げる事もできると思う。
お父様やアドラクシア殿下は大変かもしれないけど、顔が青くなるような報告はしないで済むかな。
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