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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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天才の推論

「虚属性!?」


 論文を読み始めて早々に、思っても見ない単語が出てきて驚いた。


「それは、地、水、火、風、光、闇以外に知られていない属性があったと言う事でしょうか?」

「……違うみたい」


 フランにそれだけ答えるのが精一杯で、私は急いで論文を読み進める。そうしないと答えられないというのもあるけれど、私自身も気になって仕方がない。


「異なる属性は反発する。でも、同時に引き合う力も存在するとしたら? 属性魔力が持つ指向性、常に相容れない筈のそれらに、逆ベクトルの力が存在するとしたら? そんな魔法原理に反した力があるのなら、属性同士は混ざり合う。本来なら火や熱、水や冷気といった限られた範囲でしか行使できない魔法が、混ざる事でその可能性を広げる。新しい現象を引き起こせる」

「そんな事が、できるのですか?」

「ううん、できない」

「へ?」

「全部持ってる私だから確信を持って言えるけど、異なる属性の同時行使はできても、混合は絶対にできないよ」


 火と氷、それぞれを同時に出す事はできるけど、燃える氷、或いは凍る炎、なんてものは決して作れなかった。

 ずっと前に試したよ。

 属性合わせて新しい魔法を作るとか、ファンタジーの定番だからね。でも成功しなかった。

 今になって再び向き合う事になるとは思わなかったよ。


「その存在しない逆ベクトルの属性魔力を、エッケンシュタイン博士は、虚属性と定義したみたい。火の虚属性、水の虚属性といった感じで、属性魔力の新しい側面として」

「え……? その、存在しないのですよね? あり得ないものを、定義したのですか?」


 フランは訳が分からないって顔になった。

 彼女は研究職じゃないからね。雲を掴む様な理論展開について来られていない。


 私もはっきり理解できている訳じゃない。


 ただ、納得できる部分もある。

 属性の反発、異なる属性魔力同士は常に斥力が働くというのなら、魔力の誘引力とでもいうべき相互関係にある力が作用していてもおかしくない。

 存在する筈とされながらも発見できなかった前世の反重力のように、机上でのみ定義される現象も、今は受け入れるべきなんだと思う。


 封印はしていても論文を残した初代導師は、着想だけ本の余白に書き残しておいて証明は割愛した前世の数学者より、いくらか優しかった。証明には足りないけれど、推論の切っ掛けについても載っている。

 これなら、今ここで試す事もできるかな。


 私は半信半疑ながら、机に残された薄い赤色の魔石を取った。博士の論文によると、これが呪詛で染めた魔石らしい。酷く色が薄いのが特徴だった。


「う……」


 手にした瞬間、内臓を搔き回したみたいな不快感が襲ってきた。

 なるほど、これがノーラの見た澱んだ悪意ってやつだね。


「お嬢様!」

「ごめん、今だけは無理させて。この論文の真偽を確かめなきゃだから」


 安全確認もせずに魔石に触れた私をフランが咎める。

 だけど、ここは譲ってあげられない。


 替わろうと手を伸ばしてきたフランを制する。


 禁忌中の禁忌だからね。悪用する訳じゃないから死罪はないだろうけど、呪詛魔石を使った時点で、平民のフランは永久蟄居になりかねない。侯爵令嬢(わたし)なら、ここの調査を任せられたって事もあるし、口外禁止の魔導契約と一部権利の制限くらいで済むんじゃないかな? 監視って事でキリト隊長達が四六時中張り付くかもだけど。

 論文に記述があるって事は、エッケンシュタイン博士も試したんだろうし、死ぬ事はないと思う。


 私は魔石を右手に、左で実験台へ氷を作り出す。

 そして、魔石を通して念じる。


「―――燃え上がれ」

「!!」


 私の文言の通りに、氷は青黒い炎に姿を変えた。


 氷に火が付く時点であり得ない。けれど更にとんでもない事は、備え付けられていた温度計をかざした事で判明した。


「―――0℃……!?」


 温度計を読み上げたフランが、信じられないと固まった。


 燃焼の対象によっては、低温の炎なんて例もあるけれど、あれは熱くないってだけだからね。氷の温度を保った目の前の現象とは明らかに違う。


「これが虚属性の効果、と言う訳ですか?」

「そうではあるけど、本当に一端でしかないみたいだよ。エッケンシュタイン博士によると、呪詛って言うのは虚属性を疑似的に再現したものらしい。異なる属性同士を引き付ける力は働くけれど、それで起こせる現象は限られるんだって」


 実際、氷が燃えた事は凄いけど、これをどう利用するかというと困ってしまう。今実験したのは、あくまでも属性が混じった状態を作っただけで、自在に制御できるくらいじゃないと役には立たない。


「小さな炎1つ作って、気持ち悪くて立てなくなるようじゃ、実用化は無理だよね」


 私は息を整えながら、実験台に雑多に積まれた資料へ手を伸ばす。

 そこには呪詛魔石が犯罪に使われた記録がまとめられていた。

 これも、王城にある筈のものじゃないかな?


「催眠、暗示、行動の強制……これはこの間、夜牙犬(ナイトファングドッグ)に使われてたのと同じかな? 感覚の鈍化、精神の破壊、記憶への干渉、狂化……碌な使い道がないね。認知の歪曲……姿形を誤認させる、なんてのもある」

「随分いろいろな使い道がありませんか? それで限定的なのですか?」

「精神に干渉する魔法、と定義すると全部枠内に入るよ。多分だけど、魔石を染めた憎悪や絶望の効果じゃないかな? 魔法ってイメージを形にするものだから、呪詛魔石を作る時に精神に干渉する下地ができている気がする。そこに属性の誘引力が働くものだから、より強く精神に作用してしまう、とか」


 さっきの燃えた氷みたいに、属性要素が絡んでいる気はしない。


「益々犯罪に特化した技術ですね。でも、魔法の可能性を広げると言うには用途が狭過ぎませんか?」

「だからかな? エッケンシュタイン博士は呪詛研究に途中で見切りをつけたみたい。……ほら」


 さっきまで読んでいた論文の最後をフランに見せる。

 そこには大きくバツ印が付いていた。

お読みいただきありがとうございます。

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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
反発属性の魔法で有名な、メドローアをやってみたのかなー? でも自分が全属性って知ったのは、学院入学時期だよねー そんな暇がいつあったんだ?
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