天才との距離
フランの後ろについて、遺跡に足を踏み入れる。
どの角度からも太陽が見えなくなったあたりで、空間が広がった。ここが地下1階にあたるのだと思う。
1階層あたり2,3部屋が配置されているみたい。
何の為の部屋かは表記してなくて、番号だけが振ってある。
「お嬢様、こちらにも灯りをお願いします」
フランに言われて魔法範囲を拡大する。その向こうに大きな棚が配置してあるのが見えた。
遺跡自体に魔力灯が設置されているけれど、今は動いていない。壊れているんじゃなくて、私が封印装置を止めたから、連鎖的に魔力の供給が止まったんだと思う。その為、私は照明係に徹してる。
各部屋の鍵も同じなのか、抵抗なく開く。おかげで足を止めなくて済む。
侵入者対策があったとしても、今は動いていないんじゃないかな。油断していい訳ではないけれど。
上層は資材置き場だった。
当時の伝手と財力で集めた素材や機器が、山と積んである。
「これだけで宝の山だよね。竜とか幻想種の素材がゴロゴロしているよ。あっちなんて、精霊由来の品じゃないかな」
「ここで眠らせておくのが惜しい品ばかりですね」
「貰ってしまいたいところだけれど、領内にあったからノースマークの所有物だって主張するのは、無理があるかな。竜の全身骨格一つとっても、価値があり過ぎる。これを独占するのは、エッケンシュタインだけじゃなくて、他の貴族も騒ぎそうだよね。分配するのも揉めそうだし、歴史的資料って事にして、王家に丸投げした方が良いかもね」
それで、混乱を抑えると同時に、恩も売れる。
アルドール先生が改革を進めてくれた今なら、魔塔に管理を任せるのもいい。
とは言え、何があるかを把握するのは急いでないかな。緊急で探している素材もないし、このくらいなら人目に触れても問題ない。解析班が正式に封印を解いてから任せればいい。
私はフランと先に進む。
4層あたりまでは似た状態だった。置いてあるのが魔石だったり、薬品だったりするくらい。触媒に使える貴金属の山なんかもあった。宝石としての価値も高そうだね。食料が積んであった部屋は、すぐ閉めたけど。
あれはあれで、300年前の食文化の参考に……ならないかな。
カツン、カツンと足音だけが響く。
「横穴を作った魔物が侵入している可能性も考えていましたが、その心配はなさそうですね」
「封印も隠蔽も、入り口にだけ施している訳じゃないだろうしね。それに、この建材、穴を開けるのも楽じゃないよ」
少しラバースーツ魔法に魔力を込めて叩いてみたけど、ビクともする様子がない。
「とても丈夫なようですが、金属ではありませんよね。一体、何の素材なのでしょう?」
実は、私も分からない。
叩いた感じでは非常に硬く、高音で鳴る足音からすると薄く加工されている。薄くて丈夫な素材に心当たりがない。
触った印象では樹脂っぽいけど、この世界では石油製品が浸透していない。理由は単純、魔物領域に阻まれて十分量が確保できていないから。実用化していない訳じゃないけど、量産化には向いていない。
300年前に施設を丸まま誂えるほど用意できたとは思えない。いくら天才でも、物量まで賄える筈がないからね。
正直、裸足で逃げ出したい気分になった。
初代導師を越えるなんて広言しておいて、今になってその難解さを実感している。封印装置にしても、この施設にしても、私に再現できるかな?
生きた樹を魔道具に組み込む。
理解はできる。でもその発想に辿り着ける気がしない。生態の書き換えだって、スライムで試してその先を考える事を止めていた。
地下施設を構成する素材をノーラに見せてみたいと思う。
でも、まずそう考えてしまう事で、思考する機会を止めてしまっているんじゃないかな? ノーラが答えをくれるものだから、悩み調べる過程で得る筈のものを、考える事で広がる可能性を失っているのかもしれない。
反重力を移動手段に使うなら、魔力節約の為に強度向上と軽量化を両立したい。素材の検討は必須だった。その筈なのに、私の意図は新素材の開発に向いていなかった。
天才の背は遥か遠い。
こんな様で、どうやって届くと思っていたのだろう。
宣言が実現できなくて、私が恥を掻くのはいい。笑い者になる覚悟も持って、あの日、自分を焚きつけた。
あらゆるものが足りていない自覚はある。
前世の記憶とモヤモヤさんが見える魔眼、チートが2つもあるのに、まるで届く気がしない。
私が行うのは、前世の科学技術の再現じゃない。
エッケンシュタイン博士が基礎を作った今世技術と魔法、それと科学知識を融合させて、新しいものを作り出さないといけない。それこそが私のするべき事だって、強く思う。
できるかな?
その道程を思うと、気が遠くなりそうになる。
「―――嬉しそうですね、お嬢様」
え?
「……そんなふうに、見えた?」
「ええ。禁書庫には何があるんだろうって、楽しそうに語っておられた時と、同じ顔をしていらっしゃいますよ」
ホントに?
顔を触ってみるけれど、自分では良く分からない。残念ながら、鏡もない。
私、進むべき道の困難さに慄いていたんだよ?
なのに、そんな顔してたの? そんなふうに見えたの?
まさか、と思うより、私はフランを信頼している。
彼女が言うなら、そうなんだと思う。
「私、初代導師の偉大さを、今更実感してたんだ。私と何もかもが違うって」
「お嬢様は、そうやって立ち位置を再確認して、苦悩の向こうにある達成感を思い描いていたんですね」
?
……そりゃ、叶ったなら爽快だろうけどさ。
「夢に手が届く事を、苦悩を乗り越える事を楽しみにしている……そんなふうに見えましたよ。壁にぶつかって、怯む事はお嬢様らしくありません。壁があったならその先の景色を夢想する、壁を叩き壊す事に喜びを覚える。そんなお嬢様を見てきましたから」
……そうだった。
後ろ向きになって、常に自分と向き合うオーレリアみたいな生き方は、私に向いていない。
淑女教育が始まって鬼のように課題を積み上げられた時、全部成し遂げてお母様みたいになるんだって夢を見た。
勉強漬けの日々を送っていた時、これを全部自分のものにすれば、お父様みたいな完璧な貴族になれるんだって理想を追った。
学院に来たと思ったらテストの山が待っていた時、これが終われば好きな事ができるんだって未来の予定を組んでいた。
大火で追い詰められた時、全員を助けられる自分になるんだって願いを持った。
私はいつだって前を向いてきた。
私が追うのは過去の偉人の背中じゃなかった。
私は、私が理想としている私を追う。
考え無しで、楽天家で、行動の前に綺麗事を口にするのが私だ。でもって、口にした以上は実現する。
「そうだった。私はここに、偉人との距離を測りに来たんじゃない」
今度は、自分でも笑っているのが分かる。
凄いと思うなら、真似をすればいい。参考になるのなら、その功績ごと飲み込めばいい。私は偉人の模造品になりたい訳じゃない。歴史に名前を残したい訳でもない。
収穫祭からこっち、迷走してたみたい。
私はエッケンシュタイン導師を超えたいんじゃなかった。私はエッケンシュタイン導師を超えた自分になりたい。些細な違いかもしれないけど、そこに籠るモチベーションは大きく異なる。
私は望む未来へ向かうだけ。
私が作った技術が人を笑顔にして、私の研究が人々を豊かに変える。そうして変革した社会を見たい。
私が転生した意味はあったんだって、他でもない自分に誇りたい。
委縮してる場合じゃないよね。私はここで見たものを血肉に変えて、自分の理想を追わないと。
さっすが、フラン。
私より私を知ってくれてるね。
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