エレオノーラ・エッケンシュタイン
道はノーラが繋いでくれた。
そこさえ叶えば、私には十分な手立てが揃ってる。
「聖女は彼女の要請を受け入れます。ウォズ! コールシュミットに戻って物資の手配をお願い。エッケンシュタイン中に必要なものを行き渡らせるよ」
「はいっ!」
「オーレリア、マーシャ! 周辺貴族と実家に、私達の名前で人員の手配を頼みこもう」
「「ええ!」」
「反重力の魔道具を貸すから、キャシーは一度王都に戻って、追加の支援を取り付けて。私から依頼状は出すし、先日の信奉者達なら断らないと思う」
「分かりました!」
「烏木の牙の皆さんは森に入って、可食魔物や食材を獲ってください。近隣の村から配ります。それから、同様の依頼を私の名前でエッケンシュタイン中のギルドに申請します」
「応!」
突然動き出した事態に、領民達もキリトさん達も呆然とするしかできていない。
私の無茶に慣らされている皆とはリアクションが違うね。打てば響く仲間が頼もしい。グリットさん達も、すっかりこちら側に馴染んでる。
予定より長い休暇になってしまいそうだけど、動き出したなら後は早い。
何しろ、この窮状が何をすれば上向くか、先日散々話し合っている。一部を前倒しで実行するだけだからね。机上の空論なんて言わせないくらいに、細部まで詰めているよ。
「ありがとう、ございます、スカーレット様」
「いつまでも膝をついてる場合じゃないよ、ノーラ。街を回って有力者に協力を取り付けるのは、私達にしかできないんだから」
「……はいっ!」
再び頭を下げようとするノーラの膝を払って立たせる。
「もう一度だけ聞くけど、エッケンシュタインとして動いて、良かったんだよね。責任は軽くないよ?」
「はい。でも、分かったのです。わたくしはこれまで、不幸だと思っていました。離れに押し込まれた境遇、父達からの仕打ち、生まれた時から罪を背負っているのだから仕方がないと思っていましたが、それでも彼等に比べれば幸運だったのですね。……わたくしはスカーレット様に救っていただきました。その貴女に恥じる行動はできませんわ」
「無理している訳じゃ、ないんだよね」
「無理だってしますわ。家から離れていても、私の血肉はエッケンシュタインのものです。少なくとも、わたくしのこれまでの生活は彼等に支えられていたのですから、今度は私が恩を返す番です」
離れにいたからエッケンシュタインの思想には染まらなかったとはいえ、自力でその結論に至ってくれた事が誇らしい。
私を見習ったのかもしれないけれど、私の背を見て貴族の在り方を選んでくれた。
周囲より恵まれている分、人より多くの義務を背負わなくちゃいけない―――そんな矜持を、何も言わずに感じ取ってくれた。私と同じ方向を向いていてくれる事が嬉しい。
初めから一緒にいた訳だから、口裏を合わせて無理を通す為の免罪符にする事は、いつでもできた。
でもそれをすると、彼女の未来に広がる選択肢を狭めてしまう。
私が咎を負う事になったとしても、それはしたくなかった。彼女がエッケンシュタインを背負う選択を迫られているからこそ、判断は彼女自身に委ねたかった。無理に押し付けられた立場は、歪みを生むからね。
それに、私が傷つきたくないばかりに無理を強いる関係を、友達だとは思わない。
だけど、ノーラは自分で義務を負う事を選び取ってくれた。
「ありがとう」
私はノーラを抱き寄せると、今の素直な気持ちを吐露する。
「? どうしてスカーレット様がお礼を言うのでしょう?」
「本当は私もあの人達を助けたかった。この領地の窮状を放っておけなかった。それを、ノーラが繋いでくれた。おかげで彼等を諦めないで済んだ。だから、ありがとうで合ってるよ」
「……でも結局、わたくしはスカーレット様に頼りきりですわ」
「自分の無力を知って、力を持った誰かを頼る事を、おかしいとは思わないよ。私は大切な人達を助けたいから、力を蓄えている訳だし。友達の役に立つなら何よりだよ」
「今回の事でわたくしも強く思いました。私も力が欲しい、強くなりたい、と」
「それが叶うのはそんなに遠い話じゃないよ。これから街を回って支援を取り付けるなら、多くの人がエレオノーラ・エッケンシュタインを知る。ノーラが魔眼を積極的に使うなら、結果はすぐについて来る。私を動かしたのはノーラだって噂も広がる。貴女を慕って、力になりたいって人は増えていくよ」
「……そんな事が、わたくしに本当にできるでしょうか、?」
「うん。だって、ほら」
ノーラを胸から解放した私は、彼女の背を押す。
その先には、明らかにノーラへ頭を下げる五十余人の姿があった。
ずっと話は聞いてたからね。支えられた恩を返すなんて伯爵令嬢に言われたら、信じたくもなるよね。
それに、私に向かい合って頭を下げた時、彼女の中に確かなカリスマを垣間見た。本人には全く自覚が無いみたいだけれど。
そして、先程の長老格の人が改めて進み出て、感謝を述べる。
「エッケンシュタインと一括りにしていた不明をお詫びいたします、ノ……エ、エレオノーラ? 様。貴女は私達に希望をくださいました」
私がノーラとしか呼ばないものだから、名前を呼ぶところで困ってしまったみたい。締まらないね。
ノーラは状況に驚くばかりで固まってしまっている。
ほら、ノーラも応えてあげないと。
私はそっと背を叩くと、ぎこちないながらも再起動した。
「……わたくしは今回、恥を知りました。伯爵の立場にある筈の父がその職務を放棄していた事、そしてわたくしはそれを知らずに生きてきた事。そして、変わらなければならない時が来ているのだと知りました。わたくしも、この領地も」
ゆっくりと、しかし良く通る声で語りかける。
「けれど、わたくしは若輩で、まだ未熟です。今すぐの変革はお約束できません。ですから時間をください。その間の生活は、スカーレット様が保障してくださいます」
「ええ。豊かな生活を、とは申せませんが、できる限りの事は約束します」
「この地を去るより、この地で果てる選択をする皆さんがいてくださった事、その思い入れを嬉しく思います。ですが、先程スカーレット様がおっしゃったように、皆さんが罪を犯した証拠はありません。わたくしは皆さんが罪を負うより、これからのエッケンシュタインを見届けてくれる事を望みます。そして、スカーレット様と皆さんに恥じないよう、この領地の為に尽くすとお約束しますわ」
そう言い切ったノーラは輝いて見えた。
空手形でも、人前では強がってみせるのが貴族だと思ってる。
強くなりたいなんて言ってたけど、もう十分強さを知っているよね。
有言を実現していく決意を疑ってもいない。無自覚だろうけど、いつの間にかわたくしなんかって言わなくなったしね。
「ありがとうございます……。ありがとうございます。なに、待つ事には慣れております。もう何十年も耐えてきた事が、あと数年で報われると分かったのです。それだけで、心持ちが違います。手段こそ間違えましたが、今日、貴女にお会いできて良かった……」
「と、言う訳です、キリト隊長。私達はこの事件を明らかにしません。了承していただけますか?」
ノーラは一人一人に声を掛けて回っているから、私はその間にキリト隊長との話を付けておく。
感謝と申し訳なさでノーラに頭を下げ続ける村民を前にして、キリト隊長も反論はしてこなかった。深く溜め息を吐いてから、同意を示してくれる。
「……私も今でこそ騎士の身にありますが、生まれは彼等側です。騎士としても王国民が不幸になる事は望んでいません。今回はスカーレット様の計略に乗っておきましょう」
「ありがとうございます。殿下が派遣してくださった護衛が、貴方のような清廉な方で良かったです」
「……都合の良い持ち上げ方はしてくださらなくても結構です。私は護衛を命じられていますが、国と正義にその身を捧げる事が騎士の本分です。その意味ではスカーレット様は間違っていません」
その騎士道の理念は聞いた事がある。
言われてみれば、法の遵守とは語られていないんだよね。
生真面目の堅物だったりするけど、何だかんだと良い人なんだよね。困った事に、情が移って傷付いてほしくないと思いつつあるけども。かと言って保護対象と見做してしまうと彼等の自尊心に泥を塗る。
私が暴走するような面倒事が起きないのが一番なんだけど。
でもフォーゼ副長、貴重な百合も見られましたしって呟いたの、聞こえたからね。
「しかし、いつでも無茶が通ると思ってもらっては困ります。今後、気ままに振る舞うのは控えていただきたい。宜しいですか、スカーレット様」
「善処はしますが、約束はできません。聖女の本分は、いつだって民の平穏ですから」
「……全く、貴方と言う人は……」
呆れられたところで、私は私らしくしか生きられない。アドラクシア殿下に命じられたのが運の尽きと思って、諦めてもらうしかないね。
結局、その日は彼等の村でお世話になって、翌日以降、近くの町を拠点にそれぞれ動くと決まった。
私が聖女扱いされる時みたいな視線に晒されて、ノーラが精一杯強がっているのが面白い。
「見ていないで、口添えしてくれてもいいじゃありませんか。いきなり全部押し付けるのは酷くありませんか?」
あんまり見守るのに徹していたら、ノーラが拗ねた。
「責任に押しつぶされそうになったり、逃げたくなったりを繰り返しながら、しなやかになっていくものだからね。私もいきなり聖女なんて呼ばれて、通った道だよ。強くなりたいんでしょう?」
「うう……」
事実ではある。嘘は言っていない。
同時に、不満を躱す詭弁でもある。なんとなく察したノーラが納得できない様子で睨んでる。
「それで、ノーラはエッケンシュタインを継ぐ覚悟、できたの?」
「まだそこまでは言えません。でも、わたくしがエッケンシュタインである事から逃れられない事は分かりました。その事と向き合って、できる事を増やしていこうと思います。そうして彼等を背負えるだけの力がついたなら、覚悟も固まっていると思っていますわ」
そこまで考えているなら、時間の問題だとは思うけどね。家の問題と向き合う事を決めて、領民を放っておけないなら、行き着く先は限られている。
あとは本人の自覚次第みたいだから、私はのんびりその時を待とうか。
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