ノーラの依頼 3
私はこの人達を罰したいとか思っていない。
罪がある事に違いはない。
領主が統治を放棄したせいで、彼等が苦境に立たされたことは確かだけれど、この国の法はそれで領主に牙剝く事を許していない。
領主に不満があるなら他所へ行けばいい。
移住の権利は国によって認められている。その意思には貴族も干渉できない。だからエッケンシュタインの人口は減り続けている訳だし。
生家を捨てて生きていける人ばかりじゃないから、こうなっている訳だけど。
結果として彼等に残ったのは、身勝手な理由で私達を襲ったという事実だけ。
少なくとも、周りはそう判断する。
「私が提示できる選択肢は2つだけです。この襲撃を、エッケンシュタイン伯爵が私達の安全を確保する義務を怠った為、起きたものとして責任を追及する事。そして、何もなかった事にしてここを去る事」
「え?」
私達が南へ向かう事は通過する領主に伝えてある。他所の領地に入る訳だから、企図はないって示す必要があった。同時に、領主側には私達の安全を保障する義務がある。
以前のニュースナカで起きた盗賊の件みたいに、火種を放置しておく真似は許されていない。不測の事態はあり得るからどこまで領主の過失とするかは曖昧だけど、実際に襲撃は起きた訳だから、十分に予測できた事とエッケンシュタインに義務の不徹底を追及する事はできる。
信奉貴族からの援助でどこまで息を吹き返したのかは分からないけれど、ノースマークに加えて、カロネイアとキッシュナー両伯爵家を敵に回せば、エッケンシュタインの財政は崩壊すると思う。適性無しと突き付けて、領主をその座から引き摺り下ろす事もできる。
穏便に代替わりを進められると、アドラクシア殿下達は喜ぶだろうね。
……この人達の犠牲の上で。
「スカーレット様!? 何を仰っているのです?」
不満の声を上げたのはキリト隊長。
後者の場合、彼等にも事実を捻じ曲げろと言っている訳だから、賛成できないのは理解できる。
「車は無傷、怪我人もいないのですから、問題にはなりません。隠蔽ではありますけれど、それを証明する方法はないでしょう?」
「……我々が、武器を手に向かってくる様子を目撃しております」
「私達が知らないと言えば済む事です。報告は止めませんよ、だからと言って立件できるとは思いませんけど」
「……」
騎士爵の彼等では、物的証拠無しに侯爵令嬢の証言は覆せない。
身分差を盾に取るのは気が引けるけど、それで助かる命があるなら迷わないよ。
軽トラックの突撃を許してしまった時点で、護衛任務に失点がついた事になる。襲撃が明るみに出るなら、キリト隊長達もその失態の責任を負う必要が生じる。
それが分かって不平を言ってる訳だから、生真面目が過ぎるよね。
とは言え、それで襲撃に加担した人達を救える訳じゃない。
さっき長老格の人は、これで冬が越せると言った。つまり、ここで命だけ助けても、未来が繋がる訳じゃない。
その件で、私ができる事はない。
原則として、他領の内政に口を出す事は許されていない。
例え目の前に餓死する人がいたとしても、それが領主の政策の結果なら、私にはパン1枚あげられない。
領民を調略して領主を非難するよう扇動するなんて、よくある手段だからね。その謀を未然に防ぐ為にも、一切の干渉が禁じられている。
聖女基金から不作地方への援助なんかも行って来たけれど、あれだって、そこを治める貴族の許可が必要だった。
今からエッケンシュタインに援助を申し出たとして、それが受け入れられる可能性なんてある?
貴族は体面を重んじる。過去の偉業を今でも誇るエッケンシュタインなんて、その最たる例だから、一方的な援助を受け入れる醜聞を認められるとは思えない。援助が領民に届く可能性も低い。
それに、信奉者を引き剥がした現状で、エッケンシュタインの息を長引かせる訳にもいかない。
できるとしたら、領地の状況を噂にして婉曲的に非難させるくらいかな。即効性はないし、今のエッケンシュタインは既にそんな状態だから、効果は薄い。
何とかしたいと悩む私とは対照的に、長老格の答えは簡潔だった。
「……望外の慈悲をありがとうございます、スカーレット様。それならば、窮境にある多くの者の為にも、現当主に罰を与えてください。私達の決意も、それで無駄にならずに済みます」
そう言って、地面に擦り付けるように、再び頭を下げた。
反対の声も上がらない。それがまるで救いだとでも言うように、笑顔すら浮かべて。
ギリ、と。
奥歯を噛み締める。
拳を固く握る。
こんな結末しか示せない、自分の無力が憎い。
それでも私はノースマークの名前を背負ってる。貴族の前提を犯せば非難が集まる。名が堕ちれば、周辺貴族は態度を改める。その影響はノースマークの民にも及ぶ。彼等と他所の領民は天秤にかけられない。
仕方無いで片付けたくはない。
それでも、貴族だからこそできない事はある。
我儘だけでは突き通せない現実がある。
私が彼等を諦めようとした時、ノーラが動いた。
領民達の非難を受けるかもしれないからと、私達が後ろに隠すように座らせていた彼女が、私の前に出る。
襲撃してきた人達の側に立つように私の方へ振り返ると、その膝をついた。
ああ、やっぱりノーラの所作は綺麗だな。
そんな場違いな感想を抱いてしまうくらい、彼女の一挙手一投足に魅入られてしまった。
そうだった。
魔眼の印象が強くて忘れてしまっていたけれど、私はこんな彼女に惚れ込んだんだった。
新入生歓迎式典の時、誰にも口を挟ませなかったのと同じで、立って歩く、それだけの動作がこの場を支配する。次に彼女が何をするのか、気になって目が離せない。
教えられただけで辿り着ける領域は明らかに逸脱している。派手さはないけれど、間違いなくこれも彼女の才能だよね。
汚れる事も厭わず両膝をついたノーラは深く頭を下げた。
土下座にならない程度に絶妙の加減をして。
その様子は間違いなく美しかった。
「エレオノーラ・エッケンシュタインが、スカーレット様に願います。彼等をお救いください。どうか、聖女様の慈悲を彼等に」
その名を聞いても、領民達から非難は上がらない。彼等も、一心に頭を下げる彼女に飲まれてしまっていた。
「ノーラ、それを私に願う意味、分かっているよね」
友達としてのお願いなら頷けない。
「はい。今のわたくしはスカーレット様の善意に縋る事しかできません。それでも、民を見捨てる真似はできません。家の罪は、私の罪ですわ」
「……そっか」
でも、彼女はエッケンシュタインの名前を口にした。その名に連なる者として、ここで目は逸らせない、と。
おまけに、貴族としての対応に抜け道まで示してくれた。
そこに在るのが同情なのか、エッケンシュタインを背負う覚悟なのかは読み取れない。でも、彼女が迷っている様子はない。
エッケンシュタイン側からの申し入れって大義名分は貰った。
なら、私は聖女として、応えるだけだよね。
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