ノーラの依頼 1
それを、私が先に見つけたのは偶々だった。
長い旅路で窓の外を見ている時間は多くない。
特に私達の車は空間魔法で広げているものだから、通常よりのびのびと過ごしている。雑談をしている時もあれば、ゲームに興じる時間もある。オーレリアなんて、軽く身体をほぐす事もあるくらい。
その時も、各々が好きに時間を潰していた。
だから、その瞬間に私が窓を向いていたのは、全くの偶然だった。
しかも、それは視界を塞ぐ草むらの向こうから現れた。グリットさん達も、騎士隊も、そのせいで反応が僅かに遅れた。地の利がない分、轍の先に潜める空間があると気付けなかった。
隠れていたのは軽トラック。
使い古した感のある小型自動車が、アクセルを全開にして突っ込んできた。
運転手は気付いたかもだけど、急な状況で回避行動がとれるほど小回りは利かない。
「反重力起動! ―――効果範囲、車体全体。急速上昇!」
魔法を使ったのは咄嗟だった。
「ぐぇ……」
あんまり急いだものだから、中にいる私達を圧が襲う。おかげで変な声が漏れた。
私はまだマシな方で、魔道具を組み立てていたキャシーは配線接続部を壊して涙目になっているし、ノーラは頬張っていたフルーツサンドを顔面で潰して呆然としている。
しかし、特攻を空かされた軽トラックは、もっと悲惨な事になっていた。
街道の東側は海が広がる。
碌に整備されていないガードレールもどきは脆く崩れて、軽トラックは道路の向こうへ飛び出した。幸い、消波ブロックに引っ掛かって水没こそ免れたけど、元の車形を失って、煙を上げている。
あれ、中の人、生きてるかな?
反射的に躱す選択をしたけれど、受け止めた方が良かったかもしれない。ノースマーク車両は不壊・永続仕様な訳だし。
私がそんな事を考えていると、それぞれの車から飛び出した烏木の牙と第9騎士隊が事故車両を取り囲んだ。
「抵抗は無駄だ。大人しく車から出て来い」
副隊長が低く警告する。フォーゼさんって言ったかな?
結果的に事故を起こした人を、助ける素振りも、心配する様子も見られない。
私的には無事を確認してあげてほしいところだけれど、彼等の職務としてはこの対応も仕方がない。
何しろ、侯爵令嬢への襲撃事件になるからね。
犯人確保より、私達の安全と敵対者の制圧が優先となる。
更に、騎士隊の警戒は囲みの外へも向いている。それらの指揮にはキリト隊長が立つ。
多分、轍の向こうに伏兵がいるんだと思う。
反応のない状況がしばらく続いた後、騎士が車壁を切り裂いて、中の2人を引き摺り出した。
初老の男性は頭から血がドバドバ、足は両方とも明後日の方を向いている。もう1人なんて、右手が辛うじてくっついている状態でぶらりぶらりと揺れていた。どう見たって重傷で、自力で出てくるなんてできなかっただろうけれど、騎士が気にかけている様子はない。
「包囲している者達に警告する。我々は王国騎士だ。貴族に害成す者へ容赦はしない。抵抗するなら、ただで済むと思うな。死にたくないなら、大人しく投降しろ!」
怪我人2人を突き飛ばしながら、副長さんが冷たく告げる。
私は被害者側だけど、ほとんど損害はないし、軽トラックにいた2人があんまり痛そうなものだから、どうにも同情的になってしまう。軽微な被害を受けたキャシーも、心苦しそうに経緯を見守っている。
ちなみにノーラはトーレさんの手で洗顔中。
「うわああぁぁぁーーーーっ!!!」
隠れていた1人と思われる男が、大きな声を上げながら駆けてくる。
ただ、その様子は気合いを入れるというより、自棄になって叫んでいるようで、更に手にあるのは鍬だった。
企みあって貴族を襲うような出で立ちには見えない。
その物腰も、オーレリアに確認するまでもなく素人で、案の定、あっさりと打ち倒された。あの様子では、どれだけ人を集めていたとしても、騎士隊を突破できる筈もない。
「わぁーーーっ!!」
「畜生! 畜生! 畜生ッ!!」
「ああああああああっ!!!」
「うわぁーーーん!!」
それで戦意喪失してくれればいいのに、最初の1人が倒された事が呼び水となって、残った全員が飛び出してきた。
老若男女入り混じって、手にしているのは農具に包丁。とても、武装しているとは言ってあげられない。中には、既に泣いている人もいた。
「……レティ様、これって?」
「うん。私達だから狙った訳じゃなくて、困窮に耐えかねた近くの町か村の蜂起だろうね」
運悪く通りかかって、巻き込まれたんじゃないかな。
お金目的の強盗って線も考えたけど、備えが足りなさ過ぎる。銃も剣も持たない盗賊なんて聞いた事がない。逃げる手段があるようにも見えないし、誰かに唆されたって線も薄いと思う。
でも、これは拙いね。
少人数が相手なら、情報を得る為に生かして捕らえるって場合もあり得る。
けれど向かって来るのは50人程度、困った事に騎士の人数を超えてしまっている。彼等の任務は私達の安全確保、捕らえる余裕がないなら殺してしまっても問題にならない。背後関係を洗う事すら、場合によっては優先度が下がる。
いくら騎士と言っても、罪のない人間を殺す権利は持たない。けれど、相手が罪に触れた時点で、平民の命は軽くなる。
それに、襲い掛かって来るのを待つ必要性も持ち合わせていない。
当然のように、騎士隊は銃を構えた。
近付かれてリスクを負うなんて考える訳がない。
一瞬後に訪れる未来、それがこの国では当たり前だったとしても、私は許容するなんてできなかった。
―――パァァーーーンッ!!!
大きな音が鳴り響く。
けれど銃声ではなく、私が柏手の音を魔法で拡声させただけ。
それでも効果はあった。
騎士達は突然の轟音で不測の事態を想像して、周囲に警戒を張り巡らせ、向かってきていた人達は撃たれたと思って身を縮こまらせた。
両勢力の動きが止まったのは僅かな時間だったけれど、その間に烏木の牙が動いてくれた。
私の意図を汲んで、騎士達の前に5人が立ち塞がる。
襲撃者達は銃を目の当たりにして竦み上がっているし、騎士達も私の専属に危害を加えたりできない。上手く事態を膠着させてくれた。
動くなら、今しかないよね。
すぐさま車から飛び出ると、再び拡声の魔法を使う。
『私はノースマーク侯爵家の一子、スカーレットです。皆さんに、話し合いを提案します』
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。
 




