お勉強 魔法習得?
遂にこの日が来た。
モヤモヤさんを消すだけのなんちゃって魔法じゃない、本物を使えるようになる日が。異世界に転生したんだもの、めちゃめちゃ楽しみにしてたよ。
座学はみっちりやって、前情報は完璧だよ。
大気中には魔素が満ちているけれど、人はこれをそのまま扱えない。だから、一旦魔素を体内に取り入れ、自らの属性に応じた指向性を持たせて、現実に影響を与えられるエネルギー、つまり魔力に変換する。
私からすると既にファンタジーな話だけれど、ここまでの過程に特別な作業は必要ない。魔素が含まれる大気中で生活しているから、普通に生きているだけで、常に取り込みを行っている。魔力への変換も、この世界では生命活動の一環らしいので、常時活動なんだって。
魔素自体は特別な観測装置で存在が確認されているだけで、人体や魔法に作用するのは魔力の方なので、あまり注目されていないらしい。
ちなみに、魔石を使って人工的に魔素を魔力に変換する装置の発明によって、魔力を動力とした機械文明が急激に発達したと学んだ。
そんな訳で、魔法を使う為にまず必要なのが、術者本人の生まれ持った属性を知る事。多くの場合が地水火風の4属性に分類されて、光と闇の特殊属性、さらに希少な複数属性なんてものもあるらしい。扱えるのは、個人の属性に応じた系統魔法に限られるとか。
既に魔法書を読み込んでいる私が、今日まで魔法を扱えなかったのは、これが理由。この世界では自らの属性を知らなければ、基礎魔法1つ使えない。
今日は、その属性を調べる。
属性の確認は特殊な免許を取得した人しか行えないので、国営研究機関の“魔塔”こと、国家魔導真理探求摩天楼から、講師兼測定師を呼んだと聞いている。
わくわくしながら魔法関連の書物を読んでいると、長身で眼鏡をかけた、少し神経質そうなご婦人がフレンダに案内されて来た。黒地に金縁の刺繍を施したマントを身に着け、その留め具には魔塔研究者の証である月と杖をあしらった金の記章が輝いている。
形式通り初対面の挨拶を交わすと、早速、属性の確認に移る。測定師はレグリットと名乗った。
ラノベ知識で、水晶みたいな道具に触れるのかと思っていたら、始まったのは採血だった。
魔力の多くは血液に溶け込み全身を廻っているのだと、学んで知ってはいたけれども。ロマンが足りないよね。
簡易測定では、指先を切って検査薬に直接血を垂らす事もあるそうだけど、お嬢様の私は、そんな衛生上問題がありそうな事はしないよ。きちんと消毒された注射器を使いました。その為にわざわざ魔塔から医師免許を持った測定師を呼んだからね。
レグリット測定師は、四つの試験管に異なる試薬をそれぞれ測り取り、私の血を一滴ずつ加えてゆく。うん、とっても化学っぽい。
しばらく反応を待って呈色を確認すると、再び試験管を取り出して、先程とは別の試薬を入れて同じ操作を繰り返す。
手際は良いのに、なんだか、とっても戸惑っている様に見えるのは気のせいかな?
「――――スカーレット様は、無属性です」
待つ事、たっぷり1時間。
レグリット測定師は弱り切った顔でそう告げた。
時間は無駄にできないので、待機中、フランを講師に領地の産業について学んでいた私は、言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
今、私の属性は無いって言った?
「いえ!……無属性が確認される例は稀ですが、属性分類の一つとされています」
慌てて否定するレグリットさん。目、合わそうよ。
そりゃ、魔法研究最高峰とされる魔塔の研究者を属性測定の為に呼びつけられる侯爵家の令嬢に、貴女は魔法が使えませんと、告知するのは勇気も要るでしょうけれど。
「他の属性の魔力は体外に放出した時点で魔素となって拡散しますが、無属性の場合、極短時間ですが衝撃エネルギーとして作用します。無属性魔法で代表的なのは、魔力を収束させて打ち出す“魔弾”と呼ばれる魔法でしょう。目視できないため、防ぐ事が非常に困難です」
見えない拳で殴るみたいなものかな。
風魔法も見えない点では同じだけれど、こちらは周辺の空気を動かすので、魔術的な探知は容易だそう。
「攻撃魔法以外では、治癒魔法を習得した例もあります」
「?……治癒魔法は光属性の領分と学びましたけれど?」
「はい、一般的にはその理解で問題ございません。ただ、魔法を体内に流し込む際、光魔法が対象者の属性と反発して悪影響を与えてしまう事があるのです。特に、体の弱った患者さんは、僅かな反発でも重い弊害となってしまう為、反発のない無属性の治癒魔法が重宝される事があるのです」
ABO式血液型みたいなものかな。O型みたいな私の魔力は、他の誰かに注入しても悪影響は少ない……みたいな。
侯爵令嬢の私が医者になるのは現実的じゃない。身分が下位の人達の治療を積極的に行えば、聖女とか呼ばれて人気は集まるかもしれないけれど、貴族としては爪弾きにされる。現実的じゃないね。
でも、何かあった時に家族やフラン達を助けられる手段があるのは良いかも。
とりあえず、無属性の悪印象を払拭するべく、レグリット測定師は私の属性の可能性を色々話してくれた。
とは言え、実際に私が魔法を使えるようにならなければ、どんな可能性も机上の空論でしかない。だから、騎士訓練場に移動して、魔法を使ってみる事になった。
「まずは、身体強化魔法を試してみましょう。魔力を体内でのみ動かすので、属性に関わらず扱える魔法ですが、魔力操作の感覚を知るのに向いています」
第一歩目は魔力の扱いを知る事。
なるほど、当然の理屈だけれど、いきなり雲を掴む話になった。この世界に生きている以上、私の中では魔力が生成されているのだろうけれど、その自覚がないので、何をどうすればいいものか、さっぱり分からない。
「では、まず私がスカーレット様に魔力を流し込みますので、ご自分の中で魔力が動く感覚を感じてみてください」
そう言って差し出されたレグリット測定師の手を握る。
無属性の私は、他者から受け取る魔力に対しても反発は無いらしいけれど、前世含めて経験のない試みに、全身が強張ってしまう。
けれど、魔力を流し込まれた瞬間、拍子抜けした。
体の中で自在に形を変えられる、この感覚を私、既に知っている。
むしろ、親しみがあるとさえ言える。
でも、いいのかな?
だって、これ、モヤモヤさんだよ!?
黒いモヤモヤした汚れだと思って掃除してたのは、魔力の素だったの!?
認識がいきなり塗り替えられて、パニックになる私を放って、レグリット女史の講義は続く。
「強化魔法のコツは、魔力を意識して全身に巡らせる事です。薄く伸ばした魔力を纏うようにイメージしてみてください」
それなら知ってる。
ラバースーツだよね。常時着用済みだよ。道理でいつも力が漲ってた訳だね。
「強化の有無を御自分で感じられないなら、これを思い切り叩いてみてください」
私が強化がうまくできなくて戸惑っているらしいと解釈したレグリット女史は、ボクシングミットの様なものを取り出した。
あくまで、様なもの、だ。
手袋に枕を張り付けた様にしか見えない、手作り感溢れたそれは、お嬢様の細腕が繰り出すパンチを受けるくらいなら大丈夫だろうけれど――――ラバースーツ常時着用の私の場合は危ないと思うよ?
一歳児に跳躍を可能にさせた私の強化は、並じゃないと思うんだ。
魔塔から呼んだ測定師を殴って怪我させてしまうと、お父様に迷惑がかかりそうなので、手作りミットを叩く代わりに、フランに小石を拾ってもらう。
講師役を無視する形になって、ムッとさせてしまったのは悪いと思うけど、これ、貴女の為だよ?
レグリット測定師を迎えた時点で、魔法の実技の為に訓練場への移動が決まっていた為、今日の私は飾り気の少ないシャツにキュロットスカートと、比較的動きやすい格好となっている。
そうは言っても、客人を迎えている時点で余所行きの所作が求められる。動きやすいからと、思い切り振りかぶったりはできない。
だから、なるべく上品に映るように心掛けながら、上半身の力だけで小石を投げた。
小石はまっすぐ訓練場の端まで飛んで、壁に当たって粉々に砕ける。
「――――え?」
うん、やっぱり、これくらいはできちゃうよね。
「レグリット様、そのクッション、叩いてみてもいいですか?」
小首を傾げて訊ねると、涙目のレグリット女史に、凄い勢いで首を横に振って断られた。
やっぱりね。
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