見えない思惑
情報が少ないとは言え、気持ち悪いものは感じてる。
私が反重力の魔道具を完成させたタイミングで、類似研究の話が出る。これを偶然で片付けていいものか。
「もっとも、この話が持ち込まれたのは、収穫祭の1週間ほど前だそうです。その為、私の研究との繋がりは見出せなかったと聞いています。何も知らないまま、そんな凄い魔道具があるのかと、話に乗りかけたのだとか。まだ現物はないと言われて、我に返ったそうですが」
「確かに、前例のない魔道具と聞かされれば、魅力的に思ってしまうかもしれませんね」
私の情報開示に、カーネルさんが同意する。
オルファートの次期領主として教育を受けた彼が聞いても、そう思うみたい。
貴族は領地を潤す為の産業を求めている。
私のように自力で生み出せないのなら、他から買い取るより他にない。基本的に取引相手は商人で、研究への初期投資を行う代わりに、その成果を優先的に回させる。製造工場を誘致する、なんてのも考えられる。
これが、貴族から持ち掛けられた話となると、対応が変わる。貴族が他所の領地を利するとは考え難いから、不信感が先に来る。相手の思惑を、話の裏を、勘繰ってしまう。その上で、話に乗る可能性は低い。
でも、相手がエッケンシュタインだった場合は、少し事情が変わるよね。
前導師が内密に技術を売却した例もあるし、領地が困窮している事が知られているから、目先の資金を必要としての行為に見えてしまう。更にあそこには、不審を塗り潰すだけの膨大な資料が眠っている。
貴族が迷っても仕方がない。
出任せを言っただけなら詐欺として処理できるから、この後の対処が楽なんだけどね。大々的に捜査の名目で、騎士団が介入できるし。
「……スカーレット様の研究が盗用された可能性をお考えですか? 全てでなくても、途中までの経過物をあちらの知見で完成させた、と言ったような」
「でもお父様、現物はなかったとの事ですから、完成はまだなのではないでしょうか? 類似技術を後追いで研究する意味は少ないと思います。スカーレット様が先に公開してしまった以上、企みは既に挫かれているのではないかと」
「それはそうだろうが、この件の問題は情報が漏れた可能性がある、と言う点だと思う。そのあたりをどうお考えでしょうか、スカーレット様? 勿論、旨味のある話に聞こえるよう、持ち掛けた者が適当な事を言ったとも考えられますが」
「判断するには情報が足りない、というのが正直なところですね。偶然の一致としては、腑に落ちないのも確かです。しかし、これを―――空を走る、と表現するでしょうか?」
言いながら、椅子ごとふわりと浮いて見せると、カーネルさん達はポカンと硬直してから、大きく首を横に振った。
王都の噂でも、空を飛ぶ、もしくは空を舞う魔道具として周知されている。足を動かさないものだから、走ると解釈するのは似つかわしくない。
そうなると、情報を抜かれた可能性は低い。
第一、ノーラの協力無しに反重力を理論化できるとは思えない。本来なら数か月、下手をすると年単位を費やして構築する作業なのだから。
それ以前に、反重力と気付けるかどうかも怪しい。
竜が飛ぶのは誰でも知っている事なので、その力場を解析できればと考えるまでは難しくない。それだけ取り組んだ人も多いって事だから、アイディアの時点なら被る事もあり得るのかな?
「……今のがスカーレット様の空を飛ぶ魔道具ですか。実際にお見受けすると、驚かされますね」
「言ったではないですか。お爺様が言うような、子供騙しで片付けられるものではないのだと」
エッケンシュタイン信仰にのめり込む祖父への反発もあって、ウォルターさんは聖女派閥寄りだとか。
ちなみに、披露したのは魔道具じゃなくて、私の魔法。
面倒だから訂正したりしないけど。
「現状では、総じて不審な動きがあるとしか言えません。しかし、気が付いた時には欺瞞に嵌まっていたりする事がないよう、気を引き締めておいてください。情報を流したのも、その為です。私も殿下も、オルファートに処分を下す事を、望んではいません」
「はい、忠告を感謝します。オルファートは王家にも、スカーレット様にも、不利益を与える事は致しません」
そう言って親子で深々頭を下げて、帰って行った。
目の前で浮いて見せたのが余程衝撃的だったのか、退出するカーネルさんの立ち礼が、心なしか深かった気がする。変に価値観塗り替えたりしてないよね? 思い込みの強さが遺伝してない事を祈るよ?
その後すぐに尋問の結果をキリト隊長に聞いたけど、残念ながら有用な情報は得られなかったらしい。
オルファートに現れたのは代理人で、エッケンシュタイン初代導師が如何に素晴らしいかを語った後、このままではその大切な血脈が途絶えてしまうと危機感を煽ったんだとか。
それで大金を払ってしまったオルファート卿もどうかと思うけど。
「ここまでの6人共、篭絡の仕方が微妙に違う……。相手によって交渉の方法を変えているとしたら、厄介だよね」
それだけ下調べを入念に行ったって事になる。唆した人物が優秀であると示している。その人物が、エッケンシュタイン伯爵の指示で動いているのか、伯爵の裏にいるのかでも、対処方法が変わってくる。
それでも、オルファート伯爵家に釘は刺せたかな。
これで漸く6人目、やっと折り返しだと思うとうんざりするね。その分、エッケンシュタインの余力を削げたって、理解はしている。
必要な事だとは知ってるけれど、早く面倒事は終わらせて、研究に戻りたい。
本来、キリト隊長達の任務は私の護衛。
ただし、機密保持の関係上、研究棟内への立ち入りは困るから、学院での護衛は遠慮してもらっている。
でも今日……というか、エッケンシュタインの信奉者と会う時は、危険が大きいからって引き下がってくれなかった。仕方ないので、捜査員の真似事を条件に隣室待機の許可を出していた。
前導師との癒着は、ドライア伯爵みたいに酷い例以外は不問にすると決まっている。その為、正規の捜査員は動かせないからね。
例外の時間は済んだので、さっさと帰ってもらった。生真面目なキリト隊長は、常に門の近くで待機しているかもだけど。
誰もいなくなったので、ぐったり手足を投げ出す。
私が疲れてると知っているから、フランも何も言ってこない。
主に精神的に、だね。
できるなら、誰かを陥れるような事はしたくない。
明確に敵対したならともかく、口煩いだけのオルファートは、イラッとする事はあっても邪魔になるような家じゃなかった。
オルファート領の公的扶助は、お父様が参考にしたいと、学院生時代に長期滞在した事もあると聞いていた。
そんな伯爵に、歳をとったとはいえ、貴族失格の烙印を押すような真似、したくなかったよ。
そうは言っても、私は貴族だから、目的の為には誰かを蹴落とす必要もある……って、知ってはいるんだけどね。
「……」
疲れている筈なのに、頭は回ってる。
頭から離れない事がある……とでも言うべき、かな?
「フラン、研究の情報が漏れていないか、調べて」
腹心へ命令を下す。
「よろしいのですか?」
フランの確認は、私の為。
彼女は私が迷っていた事を、知っているから。
アドラクシア殿下にエッケンシュタインの動きを聞いた日から、何度も喉から出かかった命令だった。
そんな事はあり得ないと思いながらも、幾度となく不安が胸をよぎった。
正直、裏切った人間がいるなんて思いたくない。友達、協力者、共同研究者、技術指導、相談役等々、立場は色々だけど、私を中心に集まってくれた。できる事なら、彼等を信じてるって言い切りたい。
でも、祈っているだけだと、万が一の時に皆を守れないかもしれない。そんなの、後悔してもしきれない。
不安要素から目を逸らして、大勢を巻き込むのは貴族の生き方じゃない。
散々迷って、もう遅いかもだけど、私は嫌な可能性と向き合うと決めた。
「うん。皆の中に、情報を流した人なんかいないって証明して。私はそう信じてるから」
「……お嬢様らしいですね。畏まりました」
風魔法で気配を消して、遠く広く音を拾える。ベネットをはじめとして、秘密裏の情報収集を学んだノースマークの人員を手足として使える。何より、彼女だけは絶対に信じられる。
フラン以上の適任はいない。
エッケンシュタイン伯爵の、或いは、その裏にいるかもしれない人物の思惑は見えてこない。
信奉者達をまとめて資金を掻き集めても、そんなの一過性のものでしかない。その先に、何か企みがある事は間違いない。
先日の呪詛の捜査はあまり進展がないけれど、エッケンシュタインと無関係って根拠もない。
いつまでも後手に回っていたら、ノーラどころか、大勢を守れないかもしれない。今の私はノースマークである事に加えて、聖女の名前と、研究室の責任と、共に夢を追う仲間を背負ってるんだから。
少なくとも、エッケンシュタイン伯爵とぶつかる事は確定してる。ノーラの席を空けてもらわないとだし。
その前に、私の周りは信用できるんだって確認しておいて、改めて一丸にならないとね。
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