アドラクシア殿下と私の企み 2
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カーネル・オルファートが父のエッケンシュタイン思想に染まっていない事は、すぐに調べがついた。むしろ、現伯爵が傾倒している分、一族揃って冷めた目で見ているとも。
「帰ったら、一族総出で問題にさせてもらう。いい加減、当主の椅子から降りる事も考えてもらうからな」
「な!? オルファートの為に尽くしてきた私を切り捨てるつもりか?」
「それだけの事をしたと、自覚してください、お爺様!」
「そもそも、遅過ぎたくらいだ。老害が取り返しのつかない失態を犯す前に、考えるべきだった」
本来、貴族の代替わりって早いからね。
基本的に激務だから、若くないと務まらない。10代の間は当主の下で実務を覚えて、20代では代理も務める。30歳の前後で、正式に家を継ぐ場合が多い。
むしろ、オルファート卿のように60を過ぎて当主であり続ける事の方が珍しい。どっかの国みたいに、定年ガン無視で政治にしがみ付いたりしない。
普通、こういった場合は継承する次代に問題を抱えている事が多いのだけれど、オルファート家には当て嵌まらない。調べてみたけれど、息子にも孫にも、思想、能力含めて欠陥は見つからなかった。
「小娘! 貴様か!? 貴様が息子達を唆したのか?」
「人聞きの悪い事を仰らないでください。他所の家の事情に干渉したり、しませんよ」
直接的には、ね。
唆したりなんてしていない。
ちょっと仕向けたってだけだよ。過剰に無駄金を使ったって、いい材料があったから。
カーネルさん達は、前導師の取り調べでオルファートの名前が挙がったって伝えて、ここに呼んだだけ。その結果、思い込みを拗らせた現当主を挿げ替えれたらいいなって、タイミングは合わせたけどさ。
「ふざけるな! 貴様が企んだんだろう? 大導師の偉大さを理解しないばかりか、目上への礼儀も知らぬ小娘が……」
「それはこちらの台詞です、お爺様! スカーレット様は、侯爵令嬢ですよ」
「そうだ。さっきから聞いていれば、どの立場から話しているつもりだ? 身分も弁えられないほど耄碌したのか? ノースマークと敵対して、オルファートを潰すつもりか!?」
「あ」
息子と孫に叱られて、今初めて気付いた、みたいな顔をした。
私から指摘するのも面倒だなって思っていたけれど、素だったんだね。
「申し訳ありません、スカーレット様。父は歳をとってから、気ばかりが大きくなってしまったようで……」
うん。
領地では頂点に立つ訳だから、年々、全能感に憑りつかれる事も珍しくないんだとか。
「気にしておりませんよ、カーネル様。そちらがきちんとした態度を心掛けてくださるなら、殊更荒立てようとは思いません」
意訳。
厳格な処分をお願いしますね。
「……ご配慮、ありがとうございます」
やらかした人の身内としては、そう言うしかないよね。
イラッとしなかった訳ではないけれど、カーネルさん達を呼んだ理由とは別だから、適当に始末をつけておいてほしい。
「私の用向きは2つです。1点は、先程の使途不明金について。私に資料を託してくださったアドラクシア殿下も、一部の貴族が本懐を外れている事を憂いておられました」
「アドラクシア殿下が!?」
声を上げたのは現伯爵。
国に、王家に長く尽くしてきた人だから、彼にとって王子の言葉は重い。途端に態度を豹変させた。
カーネルさん達も緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
貴族なんてやってても、王族の姿は遠巻きに見るのがせいぜいで、一般人よりは少し近いだけ。普通の学院生は、事ある度に呼び出されて話をする場を持ったりしない。多くにとっては畏怖すべき絶対者。伝言であっても、その名が出るなら襟を正さざるを得ない。
ここで印籠とか出したら格好がつくんだけど、残念ながらこの国にそんな文化は無い。まあ、当人も、お忍びで市井に出たりしないしね。
伯爵は出資のつもりでも、殿下は報告書の内容を巨額の賄賂として扱っている。実際に研究に使ったお金が一切なかったから、他に分類しようがなかったんだとか。
「はい。今後のオルファート伯爵領の、健全な采配を期待すると」
「―――!」
今の領地運営が健全でないという証左。
切り捨てる意向は王家からのものと知って、オルファート老は顔を歪めて崩れ落ちた。
思想の歪みはあっても、国への忠誠は本物だった。むしろ、国を想うからこそ、発展の父を神聖視し過ぎてしまったのかもしれない。
その結果、オルファート老の統治は、王家に否定されて幕を下ろす。
晩節を汚すような真似をしなければ、こんな事を聞かされずに済んだのにね。
勿論、嘘は言っていない。
この件は殿下と私の共同戦線。
今の私は、殿下の威を借るレティちゃん。
アドラクシア殿下と私は、エッケンシュタインに傾倒した貴族に対して、穏便に代替わりを推し進めてる。狂信者達を排除すると決めた。
カーネルさん達がそうであったように、周囲に思想が伝染している例は少ない。彼等を前面に押し出せば、これまで通りに領地を任せられるから、と。
殿下にいいように使われている気がしないでもないけど、利害は一致している。
エッケンシュタインの不審な動き。
それを支えている資金源を断ってしまう。支援者がいなくなれば、余計な動きもしようがないからね。
殿下は、エッケンシュタインが面倒な動きを具体化させる前に、その意思を挫きたい。
私は、彼等がノーラに余計な事を働きかける余裕を無くしたい。
丁度、私の黎明宣言と重なって、信奉者達が私へ群がってくれたのも都合が良かった。
「それからもう一点、エッケンシュタイン伯爵との交流で、オルファート卿が不正に関与した疑いがあります。この後、キリト騎士隊長の取り調べに応じてください」
「不正……。分かった。全て話させてもらおう」
殿下の伝言を聞いて心が折れたみたいで、オルファート老は不正を疑われた事に心外そうな様子を見せただけで、他は大人しく従ってくれた。
隣室に待機していた第9騎士隊長に彼を引き渡す。
積極的に関与したとは思ってないけれど、出資の件同様に、無自覚に関わった可能性は残るからね。
「あの、スカーレット様、父は……」
困った親でも、怒りが覚めれば心配にもなってくる。殿下の名前が出たあたりから、我に返ったらしいカーネルさんが不安そうに聞いてきた。
「大丈夫ですよ、本気で疑っている訳ではありません。ただ、最近になっておかしな噂が出回っているものですから、エッケンシュタインと関わりのある伯爵に、事情を訊かなくてはならなくなったのです」
「……おかしな噂? それにエッケンシュタインですか?」
「はい。侯爵の立場を失ったあの家が、現在どのような状況にあるのかは、カーネル様達もご存知の事と思います。だと言うのに、エッケンシュタイン現伯爵の羽振りが良く、周辺貴族からは新事業の共同開発を持ち掛けられた、などと言った報告が上がっているのです」
「そんな馬鹿な!?」
うん。
カーネルさんの反応は直球だけど、それが貴族の間で共通の認識になっているくらい、エッケンシュタイン伯爵領の置かれた状況は酷かった。
は? 何の冗談ですか?
……アドラクシア殿下から同じ話を聞いた時、私の反応はこうだった。
「ええ、そこで不審に感じたアドラクシア殿下が調査を進めたところ、エッケンシュタイン伯爵へ複数の金銭援助が明らかになったのです」
「……その1人がお爺様、ですね」
「そうです。しかし、エッケンシュタインを過剰に支持する者は、昔からいました。それにも関わらず、あの家の現状があります。つまり、支持者を上手く使うだけの手際を、今の伯爵家は持たなかった筈なのです」
調べたところ、支援される事が当たり前と考えていて、エッケンシュタイン側から出資を頼むなんてできなかったと言う。
未だ侯爵気分が抜けないくらいに、気位だけは高い。
「それなのに、急に資金繰りが良くなった訳ですか。確かにおかしな話ですね」
「ですから、支持者を取りまとめた人間が裏にいるのではないかと、殿下はお考えです。逮捕された前導師への賄賂とは異なり、現時点でこの件は、ただの出資話でしかありません。持ち掛けられた話が明確な虚偽と証明されない限り、罪に問える根拠も持ちません」
両家の同意があるのなら、貴族間の金銭のやり取りは普通の事だからね。
疑義だけでは事情聴取も叶わない。そこで、前導師との癒着から切り込む事にした。
「オルファート卿は裏にいる人物と顔を合わせた可能性があります。或いは、その人物に繋がる話を聞いているかもしれません。そのあたりを中心に、キリト隊長が聞き取りを行う予定です」
「……そうですか。積極的な関与を疑われている訳ではないのですね」
事情を知った親子は安心で表情を緩ませる。
「ですが、警戒は怠らないでください。今後は持ちかける先を、貴方方へ変える可能性も残っています」
「はい、その場合には得られるだけの情報を引き出したいと思います。是非、協力させてください」
「それは助かりますが、美味しい話に釣られる事がないよう、お願いしますね。何しろ、共同開発を持ち掛けられた貴族は、空を走る事ができる魔道具、と聞かされたそうですので」
「え? それはスカーレット様が収穫祭で披露されたと言う?」
……やっぱりそう連想するよね。
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