エッケンシュタインの狂信者
収穫祭も終わり、私はアドラクシア殿下の言うエッケンシュタイン伯爵家の不審な動きについて、その片鱗を実感した。
王家すら、エッケンシュタインの消滅を望まない。
その理由の一つは、発展の象徴が必要である事。
彼の大導師が大陸発展の基礎を築いた。その功績は大きく、だからこそ、子孫を含めてエッケンシュタインの名前を守ろうとしている。
私としては、同意しかねる理由だけれど。
勿論、他にも理由は存在する。
現在私が面談中の、オルファート伯爵もその1人にあたる。
「全く嘆かわしい。君には偉人を敬う心はないのかね? 研究者を自称しておきながら、最も敬意を払わねばならない方を蔑ろにするとは情けない。偉大なる大導師の真似事をして大きな顔をする前に、その功績の素晴らしさを知るところから始めるべきだ」
などと、延々説教を垂れ流されている。
原因は収穫祭での私の発言。
つまり、エッケンシュタイン導師を超えると言ったのがお気に召さないらしい。
「大体、最近の若者は発展の父への敬意が足りない。大方、便利な魔道具が溢れているのが当たり前になって、その礎を誰が築いたものか、考える事もないのだろう?」
こうして怒りを露わに突撃してきたのは、伯爵だけに止まらない。
複数人で押し掛けてきた例もあったから。オルファート卿で6人目になる。内容は似たり寄ったりなので、若干集中を欠いてしまうのも仕方ないと思う。
今も、髪が頭に残ってないのに、髭は豊富に蓄えるオルファート卿のホルモンの不思議が気になって、どうも話に集中できない。
こういう来客がまだ続くと思ったら、憂鬱にもなるよね。
エッケンシュタイン博士の功績を神聖視し、信仰に近い感情を彼に抱く貴族が、王国には一定数存在する。
多くが国に貢献してきた古株の貴族で、上級貴族も含まれる。彼等の意見を、国は放置できない。それが、エッケンシュタインを軽んじられない現状に繋がっている。
エッケンシュタイン信仰に走る貴族は派閥への影響力を持つ場合もあるものだから、ほとんどが感情論と偏見であっても無視するのは難しい。
なのでこうして、面会の時間を作っている訳だけど。
「何でも、空を飛ぶおもちゃを作っていい気になっているのだとか。確かにエッケンシュタイン大導師の発明に、飛行に関するものは無かったと思う。だが、それだけで、然も並んだかのように豪語するのは、傲慢が過ぎると言うものだろう。彼が最初の発明を世に出した時は学院生だったと言うから、年頃は近いかもしれんが、天才の偉業と子供の遊びを一緒にされては不愉快だ」
私にとっては物流改革への一歩、帝国皇子にとっては兵器利用が可能な恐るべき発明、そしてこの人にとってはおもちゃ、か。
視点がミクロ過ぎて泣けてくるね。信仰が行き過ぎて、マクロな視点は忘れたみたい。
物の良し悪しじゃなくて、エッケンシュタイン博士が関わったかどうかで判断しているみたいだね。大導師様の発明品だけが良いもので、それ以外は受け付けなさそう。
日々使っている生活魔道具からは、目を逸らして、ね。
発展を鈍化させる要因を担っているのは間違いない。
「そんな事をしている暇があるなら、彼の偉人の功績について学ぶべきだ。君はエッケンシュタイン博士の本を読んだ事はあるのかね?」
「……そうですね、学院に所蔵されていた論文は一通り。魔塔のものとなると量が膨大な為、研究内容に関係が深いものを中心に読み進めています。特に、魔石に関する目のつけ方は素晴らしいと思いました。固定観念に囚われる事なく考察できる柔軟性があったからこそ、多くの発明に繋がったのだと思えました。……他には、エッケンシュタイン領には博士が思い付きを書き残したノートなどもあるそうですので、いつか読んでみたいとは思っています。ただ、私はノースマークで、エッケンシュタイン伯爵とは折り合いが良くありませんから、今は難しいですね」
「は?」
読了本について聞かれたから答えたのに、変なリアクションが返ってきた。
多分、オルファート伯爵にとっての本っていうのは、エッケンシュタイン博士の活躍について纏めた伝記、私にとってはエッケンシュタイン博士が残した論文。認識の差が大きいね。
「わ、私が言っているのは、大導師の生涯について書き綴ったものだ。当時の出来事や文化、思想や、そこに至る背景を共に読み進めてこそ、大導師への理解が深まるのだ」
「それは興味深いご意見ですね。私としましては、エッケンシュタイン博士が残された数多くの論文こそが、偉業そのものと思っておりました」
「……ぐ、む、それを間違いとは言わんが、人物像を知るのには足るまい。人となりを併せて知る事が肝要なのだ」
「そうですね。有名なブラッド・ベゾス氏が書かれた『時代を作った奇才』は人間味に溢れた好人物として記されていますよね。一方で、歴史家ジョン・アイザックは著書『魔学伝記』で、生活能力に欠けていて、博士の功績とされている社交面のほとんどは、奥様のファンシーヌ・エッケンシュタインのものだったと伝えています。参考までに、オルファート様が読まれた書籍について伺っても?」
「……私が読んだのは『自伝 ロブファン・エッケンシュタイン』などだな」
「ああ、本人が綴ったという設定で書かれた、アイゼン・ウォーマー氏の作品ですね。少し創作の多い内容でしたけど、博士が模範的な人物として登場しました」
「あ、ああ……。そうだったな」
当たり前だけど、私は伝記や歴史物語も読んでいる。4~5年前の話だけども。
私からするとファンタジー小説と大差ないものだったので、スルスル読めた。
打倒宣言したくらいだから、情報収集は入念に行なったよ。知りもしない相手と争ったりしない。
私は初代導師の論文を読んで感銘も受けたし、当然尊敬もしている。だからこそ、挑戦してみたいと思った。
けれどまあ、崇める事しか知らないこの人達に伝わるとは思えないよね。
弾まないなりに会話を続けていると、フランが伝言を携えて来た。
「お嬢様、お客様がご到着になりました」
「ありがとう、お通しして」
漸くかな。
待ち人来たりってね。
「君、私と面会中に失礼ではないかね?」
本の話のあたりから勢いを失っていたけれど、追求できる事柄を見つけて、オルファート卿は息を吹き返した。
「申し訳ありません、どうしても一緒にお話ししなければならない事がありまして」
「それは君の都合だろう。必要だと言うのなら、先に私へ確認を取るべきだったのではないかね? 流石、大人物の偉伝を読みながら、何も学ばなかっただけはある」
勿論、礼儀を知らなかった訳じゃない。
先に知らせたら逃げられそうだし。
ここへ繋ぐ為に、聞き飽きた説教にも耳を傾けていたんだからね。
「非常識は客人も同じだな。小娘なら世間知らずで済ませても、これは私を軽んじる行為だと教えてや……え?」
オルファート卿の勢いはそこで止まった。
理由は簡単。
来客2人が入って来たから。
「カーネル? ウォルター?」
そして、やって来た2人をよく見知っているから。
何しろ、オルファート伯爵令息とその息子。彼からすると、長男と初孫にあたる。
加えて、子供達からは、ここで合流する予定なんて聞かされていない。私がそう指示したからね。
お孫さん、ウォルター・オルファートは学院生だから、話を通すのも楽だったよ。
とにかく、これで顔ぶれは揃った。
やっと私の用事を進められるね。
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