仮面の騎士参上
日差しを金色に反射しながら波打つ長い蜂蜜色の髪、王国では見かけない赤銅色の肌。この大会では際立つほどではないけれど、がっしり引き締まる身体つきを金ピカ鎧で覆い、背は高く、オーレリアの頭は胸にしか届かない。
そして顔半分が仮面で覆われている。
つまり、もう半分は丸出しな訳で、その正体はすぐ知れた。
いや、フルフェイスでも正体を隠し果せたかどうか知らないけどさ。
『……何をしているのですか、皇子?』
オーレリアも呆れてる。
ちなみに、武道会場のあちこちには集音の魔道具が設置してある。おかげで、参加者達の声や剣戟も全て客席まで届く。時折、醜い舌戦なんかも伝わったりする。
『ははは。勘違いしているようだね、オーレリア嬢。私は、仮面の騎士! 決して皇子などと呼ばれる者ではないよ』
クーロン仮面じゃなかったの?
『収穫祭にて武道大会が催されると聞き及んでね、王国の実力を知るいい機会と、こうして馳せ参じた。好奇心からの参戦だったが、まさか初戦の相手が君になろうとはね。やはり僕と君の間には、運命を感じるよ』
そんな故意に塗れた運命があってたまるか。
普通に考えて、他国の、しかも皇族の一員が収穫祭のいちイベントに参加できる訳がない。大会出場の時点で相当な無理を利かせた筈だから、それが通るなら対戦相手を指名するくらいしたに決まってる。これが偶然なんて言われるより、よっぽど蓋然性が高い。
魔物暴走の一件も含めて、今年の運営委員はかなりきつく締め上げないといけないみたいだね。
『僅か半月ばかりで君に追いつけたなんて思ってはいない。むしろ君には、聖地デルヌーベンに聳える猛き霊峰のように、僕が超えるべき高い壁であり続けてもらいたい。けれど今日は、この半月で僕が如何に変わったかを知ってほしい。これからも愛しい君に挑み続ける男の痕跡を、ここに刻もう!』
などと宣うクーロン帝国第4皇子イーノック殿下。
皇子ではないと言いながら、オーレリアとは顔見知りの前提で話を進めるその様子からは、正体を隠す気があるのかどうかすら読み取れない。
どこまで本気なんだろね。
「……何も知らなかった事にして、ルールに触れない範囲でボコボコにしてもらったら、大人しく国へ帰ってくれませんかね?」
なかなか過激な事言うね、キャシー。
隣でグリットさんが苦笑いしてるから、程々にしておいた方が良いと思うよ。
いい加減鬱陶しいのには同意だけども。
「何も知らなかった事にできるかどうかはともかく、逃げ帰るのは難しいんじゃない? 実力の差を突きつけたら、ああなったくらいだし」
「でも、あれで、あれで皇子ですから、大勢の前で恥を晒せば考えも変わるかもしれませんよ?」
「クーロン仮面だよ、仮面の騎士様だよ、マーシャ? 恥とか、ホントに知ってるかな?」
「……」
無理を通すのは同じでも、まだ帝国皇子として参戦してくれた方が、見ていて心痛は少なかったよ。
どんな意図があるのか気にするよりも、実のところ、正気を疑っている。
仮面舞踏会とか、相手の素性を察しても見なかった事にするのがマナーだったりするから、あの仮面はそれに似た意味なのかな? 帝国にそんな風習、あったっけ?
『試合を始める前に、少し話を聞いてもらえるだろうか』
『……何でしょう?』
『僕はこの国に来て良かった』
うん?
『オーレリア嬢、そしてこの会場で観戦しているであろうスカーレット嬢に聞いてもらいたい』
また益体のない愛の言葉でも垂れ流すのかと思ったのだけれど、続いた言葉は全く別のものだった。
『昨日の中央公園での催しと、その後の事件は見させてもらった。あの人混みに混じる事はできなかったので、遠巻きにだけどね。光と共に空を舞うオーレリア嬢は素晴らしく美しかった。薄い藍のドレスが夜空に浮かぶ月のようで、本当に女神が舞い降りたのかと見惚れたほどだった』
……でもなかったかな?
「凄いですね。あれだけスカーレット様が中心となる演出だったのに、オーレリア様しか視界に入らなかったのでしょうか?」
おっと、ノーラが明後日の方向に感心しているよ。
「ノーラ、アレを人の基準で見るのは止めようか」
きっと、私達とは違う世界が見えていると思うから。
『僕はあれを見て、鳥肌が立った』
クーロン仮面さんの一人語りは続く。
『空を飛ぶ事を志した研究者は、帝国にも多くいたよ。しかし、それらのどの成果よりも、空を自由に飛ぶと表現するのに相応しいものだった。同時に恐ろしくもあった。スカーレット嬢はあれを交通や物流に利用すると言う。思わず想像してしまったよ、あれで多くの兵士が編隊を組んで飛ぶ様を。王都で開発された新兵器が、わずか数日で国境に並ぶ状況を』
まあ、戦争になるなら、そうした使い方もあると思っている。
初見でまず、それを考えるあたり、改めて帝国皇子なんだと思うよ。
『それだけで帝国が敗北するとは思わない。けれど、大いに苦戦を強いられる事は間違いないだろうね』
空からいきなり皇都を襲えば、壊滅的なダメージを与えられるだろうね。でも私は帝国人じゃないから、奇襲から戦争を始めようとは思っていない。
そうでなかったら、皇子が居るのに、王都で大々的に公表したりしないよね。
『更に僕は、後に起こった魔物の襲撃で、王国騎士団の強さも知った。僕が帝国で教えられてきた、平和に甘んじて堕落した騎士の姿は、何処にもなかった。帝国兵と比較しても、遜色ない練度を見せてもらったよ。偏見を通して物事を見ていた事を、恥ずかしく思う』
『誤解が無くなったなら、何よりです』
『ああ。蒙昧になっていた僕の視野を広げてくれた礼を言うよ。ありがとう。僕は実りある留学生活を送れそうだ。そして、帝国にも良い報告ができる。王国であのような発明が進められるなら、帝国だって後れを取る訳にはいかないからね』
そう言って皇子、もとい、仮面の騎士様は朗らかに笑った。
「……なんだか急に良い人になったみたいで、イラッとしますね」
うん。
キャシーに全面的に同意するよ。
「無駄に顔が良いから尚更だよね。あの爽やか笑顔、オーレリアに代わって引っ叩きたい」
「全くです」
「スカーレット様も、キャシー様も、何をそんなに溜め込んでいますの?」
「……延々と愛の言葉を聞かされた事への鬱憤でしょうか?」
「……私、あの皇子、嫌いだからね」
心を入れ換えたって程でなくとも、あの皇子が態度を改めるだけでもいい事だとは思うよ。でも私の好悪には関係ないよね。
開始までの前置きが長くなったけれど、試合自体はすぐに終わった。
ほとんどが前回の焼き直し。
変わったのはオーレリアから斬り込んだ事くらい。
強化魔法をのせた斬撃は、たった2合でクーロン仮面の体勢を崩した。
何しろ一撃の重さが半端じゃない。
オーレリアの武器がただの細身剣だと思っていると、痛い目を見る。刀身まで強化を行き渡らせる事を習得した上、風を纏わせてある。最早、突く事に特化した武器では収まらない。ほとんど別物だよね。
クーロン仮面が体勢を立て直した時には、既にオーレリアの姿は正面になかった。次の瞬間には後ろから引き倒されて、決着したよ。
『参ったね。警戒していたのに、上を行かれたよ』
『僅か半月で見られる飛躍などありません。まずはその傲慢を捨てる事から始められては如何でしょう? 鍛錬は、遥か先を見据えて行うものですよ』
『あはは、その通りだね。山を見上げて、登ったつもりになっていたようだ』
やっぱりと言うべきか、あれだけ完全敗北しても、皇子が気にしてる様子はなかったよ。むしろ満足そうかな?
余談ではあるけれど、これ以降、皇子の悪い噂を聞かなくなった。
帝国への警戒は外せないにしても、皇子の言葉に嘘はなかったみたい。それから、正式に手続きを取った場合に限って、練習試合に応じるオーレリアも見られるようになった。
そのせいか、少しだけ鬱陶しさが減ったかな?
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