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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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魔犬の長

 戦況の見極めを続けていると、ノーラが私達のところへ飛んできた。


 光芒の魔道具は出力を上げて、上空で固定化した空間に吊るしてあった。飛びながら適宜照らすのと違って細やかな援護にはならないけれど、夜牙犬(ナイトファングドック)を焙り出す役目は果たしてる。

 面白い使い方するね。

 この瞬間、照明の設置に屋根も支柱も要らなくなった。魔力の供給方法は考えなきゃだけど、建築物の設計が大きく変わるかもしれない。


「スカーレット様、おかしな個体が混じっていますわ。今、オーレリア様から距離を取った魔物が見えますか?」


 言われて改めて見てみると、確かに異様だった。


 呼吸が荒く、元々赤い目が更に血走って、顔面に血管が浮き出ている。歯を剥き出しにする口腔部からは、絶えず唾液が溢れて泡立つ。そんな様子の魔犬が4、5匹混じって見える。

 なんとなく、狂犬病の症状に思えるね。


 でもあれは魔物で、犬の病に罹患するなんて話は聞かない。


「確かに変だね。見た目だけじゃない、あれだけ様子がおかしいのに、他の個体と同じくらい冷静に動いてる。魔物は異常を感じてないのかな?」

「どうでしょう? 普通の生物ならあり得ませんね。身体の異常は行動に直結する筈です。低く唸ってこそいますが、苦しんだり狂ったりする様子は見られませんね」


 フランの推察には同意だけれど、魔物は常識で測れないのが厄介だよね。


「確か、理性を失う代わりに身体能力を爆発的に向上させる魔物がいるって聞いた事はあるけど……」

夜牙犬(ナイトファングドック)には当て嵌まりませんね。そういった技能は聞きません。それに、他の個体と動きに違いがあるようには見えませんよ」

「だよね」


 夜牙犬(ナイトファングドック)はそれほど希少な魔物って訳でもないから、性質については資料で読んで知っている。何なら牙を素材として使った事もあるくらいだし。

 その知識の中に、あの状態を説明できる情報はない。


「で、ノーラは他に何かを感じたから報告に来たんだよね?」

「はい。あの見た目のおかしな個体から、悍ましい悪意を感じるのです」

「……そう言えば、襲撃に気付いた時からそんな事言ってたよね」

「ええ、最初に異常を感じたのも、暗く澱んだ意思が伝わってきたからですわ」


 つまり、それだけ酷い代物って事かな。


 それにしても、悪意と来たか。


 面倒な事になりそうだよね。

 何しろ悪意ってのは、ある程度の知性を待った生命体だけが抱けるものだから。獣は敵意を持つ事はあっても、悪意は発しない。


「悪意を持って人を襲う高位の魔物がいない訳じゃないけれど、ほとんどの場合、悪意なんて人間が抱くものだよね」

「……はい。どういった方法かは分かりませんが、様子がおかしい夜牙犬(ナイトファングドック)には、その悪意がべったりと張り付いています。魔物を強化するものではなく、その行動を縛るものではないかと思いますわ」


 うん、実にめんどくさい。

 収穫祭のただ中で、夜間行動を得意とする魔物が、日が落ちた後の人混みへ放たれた。ノーラでなくても、その所業には悪意を感じる。

 しかも夜牙犬(ナイトファングドック)は闘技場の奥で飼育されていたから、接触できるのは祭典関係者か、警備担当の人くらい。その中に容疑者がいるのは間違いない。

 なんて言うか、問題しかないね。


「それって、魔法による干渉? 薬って線もあるけど、……聞いた事はないかな」

「すみません、よく分かりません。でもただの薬ではないと思います。特殊な薬草を用いたとしても、そこに在るのは薬効成分だけです。普通は悪意なんて宿りませんから。あり得るとするなら、呪詛を込めた魔法薬と言ったところでしょうか」

「行動を縛っているにしては、連携に乱れがない。自由意志は残したまま、ここで騒ぎを起こすよう誘導されたってところかな?」


 干渉するのは行動の動機まで。それを達成する為の手段は魔物に委ねるって感じで。

 黒幕が近くにいないなら、足は付き難くなる。


「……そうですわね。触れて調べれられれば、もう少し細かい事も分かると思いますけど……」

「……触る前に手を噛み砕かれそうだから、今はやめとこうか」


 大型犬サイズで、牙は恐ろしく鋭利にできてる。齧られたらノーラの細腕くらい、簡単に無くなりそうだしね。

 おまけに碌に戦闘指南を受けていないノーラだから、今降りると流れ弾に当たりそう。


「そこでスカーレット様にご相談なのですが、夜牙犬(ナイトファングドック)に魔素を与えて、悪意を引き剥がせませんか?」

「できるの? そんな事」

「魔法にしても、魔法薬だったとしても、魔力による縛りには違いないと思います。そうであるなら、より強い魔力で解けると思いますわ」


 以前に、魔導契約の無効化薬を魔力濃度で捻じ伏せた事がある。その逆をしろって事かな?

 魔法の分解も、強い魔力をぶつけて強引に術式を解いている訳だから、何となくできる気はする。スライムとか、含有魔力を上回る事で生態まで書き換えたしね。


「問題はあの夜牙犬(ナイトファングドック)達が、黒幕の思惑とは別に、ボスの命令で動いているって事かな。悪意の縛りを解けたとしても、ボスの命令が変わらないと大人しくなりそうにないよね」

「……それは、確かにその通りですわ」

「フラン、群れを率いている気配って見つかった?」

「申し訳ありません。今、見えている以上の魔物は見つかっていません」

「もしかして命令だけ下して、ここには来てないって事? 群れが状況に応じて行動を変えているから、手下任せって事はないと思うんだけど……」

「スカーレット様、夜牙犬(ナイトファングドック)は闇属性です。陰に潜むだけではなくて、隠遁するような能力があるかもしれません」

「それだと気配を探るのは無理かな。ノーラなら目で追えたりしない?」

「……その、できるとは思うのですが……、わたくしの目に闇属性は黒く映るものですから、夜に黒は見え難くて……」


 あ、保護色か。

 私も暗いとモヤモヤさんが見難いし、ノーラからは竜が消えて見えた事もあった。魔眼も万能じゃないよね。


「あ、そうだ! これならどうだろ?」


 私はすぐさま、思い付きを実行する為動いた。


 普段、私は無属性で回復魔法や、回復薬への付与を行っているけど、光属性で代替もできる。それを広範囲に降らせれば騎士達への支援になるし、反属性の夜牙犬(ナイトファングドック)にとっては害にしかならない。

 ついでにボスを焙り出せないかな? それが無理でも、周辺を光で埋めれば、ノーラにとって闇属性が際立つだろうし。


「光魔法、用途回復。行使範囲設定。―――実行!」


 ノーラが宙に吊り下げた光芒の魔道具の照射範囲に重ねるかたちで回復魔法をかける。その効果は夜牙犬ナイトファングドックより先に、騎士団員達が実感した。


「力が、力が湧いてくる!」

「傷が治るぞ。回復の光だ!」

「光の下で陣形を組み直せ! 聖女様が支援してくださっている」

「聖女様に加護を貰ったんだ、この戦い、絶対に勝つぞ!」


 鼓舞する意図はなかったんだけど、やる気になってくれたなら良かったかな。若干、信仰が重いけど。


 対して夜牙犬(ナイトファングドック)は光から逃れようと物陰へ逃げようとしていた。行動が限定されてしまえば、対処は容易い。銃の斉射を受けてその数を更に減らす。


「スカーレット様! あの大きな銀杏の裏です。隠れている魔力の塊が見えますわ!」

「了解! その魔力、引き剥がすよ!」


 位置が特定できたなら、隠遁能力を無効化すればいい。

 遠距離対応型ミニ箒、リュクスで多めの魔力を放つ。目標の無事を考える必要がないなら、多少魔力過多でも問題ない。


 ―――ギャンッッッ!!!


 堪らず悲鳴を上げて、大きな黒犬が姿を現した。

 その威容は他の夜牙犬(ナイトファングドック)より、二回りは大きい。しかも、狼に似た細くしなやかな夜牙犬(ナイトファングドック)の体躯と違って、熊を思わせるくらいに屈強で猛々しい。

 群れの夜牙犬(ナイトファングドック)がスピード重視タイプなら、ボスは重戦車型って感じ。


 おまけにボスの目は血走り、口元は大量の唾液で濡れている。

 なるほど、群れの中心が悪意に侵されたから、この襲撃に繋がった訳だね。


「WOOOOooooooooo―――!!!」


 怒りを解き放つように黒犬が吠えた。

 それだけで、離れている私まで圧を感じる。騎士団員達が後退るのも見えた。


 拙い。

 他の魔犬とレベルが違う。


 それでも退かない影が2つあった。


 オーレリアと騎士隊長が速攻を仕掛ける。

 強力な個体であっても、あれを打倒できれば群れは瓦解する。


 先制はオーレリア。

 飛行魔道具を使って上側面から斬りかかった。


「いけません! それは黒の魔犬、特殊個体です!」


 オーレリアの接敵と、ノーラの悲鳴が重なる。


 首領格の魔犬は、そのどっしりとした見た目に反して、恐ろしく素早く対応して見せた。斬撃を身体を捻って躱すと、すぐさま反撃に移る。太く力強い腕がオーレリアを襲った。


 そこへ続くのが騎士隊長。

 連続した刺突で攻撃の手を止め、オーレリアが体勢を立て直す時間を作る。


 風を纏い直したオーレリアと2人で敵を挟む。2人分の刺突はほとんど剣戟の雨、魔犬の爪だけでは捌き切れず、黒犬は横へ飛んだ。

 せめて正面から攻撃を受ける体勢を作ろうとしたんだと思う。


 けれど隊長さんは、その行動を読んでいた。

 魔犬と同じタイミングで、それを追う。


 着地までの僅かな時間、けれど隊長さんが決定的な一撃を与えるには十分な時間―――その筈だった。


「え!?」


 なのに、血を流したのは騎士隊長の方。


 追撃された魔犬は、()()()()()()()()()

 更にはその牙で、隊長の右手を嚙み千切った。


 俯瞰する私達には分かった。

 隊長が魔犬を追ったあの瞬間、魔犬は()()()()()()()()()()、反撃に転じた。退いた筈の魔犬が、追う隊長の側面へ回り込み、剣を持つ手を狙った。


「何あれ? 何あれ!? 空間の固定化? 空間を固めて足場にしたの?」

「いえ、魔犬は闇属性です。空間魔法を使えたとは思えません。……ただ、四肢に魔力が集中しています。何らかの力場を使った可能性はありますわ」

「それって、その力場で何もない空間を蹴ったって事? ん? ……魔犬が闇属性って事は、蹴ったのは闇そのもの?」


 この世界では光や闇も物質扱いになる。

 普段は触れるなんてできないけれど、魔力を通せば、物理的な作用を及ぼせるのかも。


 何それ、面白い!


 固定化と違って、自由に足場にできるの?

 その能力解析したら、空中を走る車とか作れない? 反重力とは別の可能性が開けるよ!


 私、あの犬欲しい!

 持って帰って、色々調べないと。

 既に竜がいるんだし、飼い犬が増えるくらい何でもないよね。


「ノーラ、さっきの悪意を解く話、あの大きいのでも問題ないかな」

「え? ……ええ、まあ、はい」


 どんな処置を受けて襲撃に至ったのか、研究のついでに調べればいい。


「うん。あれを止めれば騒動も収まりそうだし丁度いいよね。ちょっと私、あの犬、捕って来るね」

「へ?」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
それよりも隊長の手を心配してあげて⁉
[良い点] 【悲報】熟練な戦士2人と渡り合えるボスは聖女にペットとしか見られません!
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