宵闇の襲撃者
『皆さん、落ち着いてください! 大勢が一度に動くと、それだけで大きな事故に繋がります! 事態が把握できるまでその場にとどまり、警備隊の指示に従ってください』
何よりも優先して、私は叫んでいた。
現在の人出は数万に及ぶ。何より混乱が怖い。騒ぎの近くにいる人達が逃走を始めれば、群衆雪崩が起きてしまう。
『大丈夫! 王国軍も、騎士団も警護にあたってくれています。彼等がすぐに、事態を収拾してくれる筈です!』
そうは言っても、気休めにしかならないと思う。
今も悲鳴が続いているのだから。
上から眺めるかたちの私には、人々が浮足立つ様子が、不安そうに身を寄せ合う人達が、何が起きているのか知ろうとつま先を延ばす様子が見える。
騒ぎは公園の入り口近く、数百メートルはあるので状況は分からない。
「レティ、悲鳴の中に獣の息遣いが混じっています。魔物である可能性が高いです」
この人混みの中で聴力を強化して、欲しい音だけ拾うって凄いよね。オーレリアは習得から1年経っていない筈なのに、私とは経験値が違う。
それにしても魔物?
王都の真ん中で? 何故?
同時に納得もいく。人と魔物では、発するモヤモヤさん量が違う。道理で違和感があった訳だね。
いや、今の問題はそこじゃない。
高い堤防に囲まれた生活のせいで、王都の人達は魔物慣れしていない。魔物に襲われているなんて知ったら、混乱を抑えられなくなる。
オーレリアほどの性能はないけど、強化した私の耳にも戦闘らしき音は届いている。ただし銃声はない。混乱を助長させないよう対処しているんだと思う。
それでも、そう時間はないよね。
「オーレリア、風魔法で防音ってできる?」
「……ごめんなさい。私の風の使い方では無理です。それに、この公園を覆うとなると、相当な魔力が要りますよ」
それなら、フランの方が適任かな。学院の屋上に置いて来てるけど。
魔力は私が何とかすればいい。
『ウォズ! 怪我人が出てる可能性が高いから、マーシャと協力して回復薬を確保して!』
「「はい!」」
事態に対応しているのだと人々に見せる為、わざと拡声器を通して指示を出す。
『キャシー! ここからなら研究室が近い。今すぐ飛んで、回復薬をありったけ持って来て!』
「はい! 分かりました」
「私達が動いてるって見せつける為にも、光芒の魔道具は常時稼働で!」
「はいっ」
不必要な事まで拡声したりはしない。
「オーレリア、あのあたりの警備担当って分かる?」
「貴族区画へ向かう方向ですから、第4騎士隊だったと思います」
「知ってる人?」
「親しくはありませんが、訓練が一緒だった事はあります」
「よし! それならすぐに合流して事態の収拾にあたって。……お守りは持ってるよね?」
「ええ。これがあるなら誰も私を傷付けられません。……行ってきますね」
そう告げてオーレリアは風になった。
モヤモヤさんの残滓だけおいて、空へと消える。
上昇は反重力、推進は自前の風かな? 誰よりも使い熟しているよね。
「スカーレット様、わたくしも行きますわ。きっとお役に立ってみせます!」
自発的なノーラは珍しい。何か心境の変化があったのかもしれない。
まあ、今はそれどころじゃないし、飛行魔道具は数が限られるから遊ばせている余裕も無い。とても助かるよ。
「じゃあ、一緒に来て。フランと合流した後、私は魔法を使う。ノーラはオーレリアの周りを光芒の魔道具で照らして」
「はいっ!」
オーレリアの真似はできないけれど、私達もできるだけ早く―――と思っているのに、制止の声がかかった。
「お待ちください! スカーレット様」
そう叫びながら壇上へ駆けあがってきたのは騎士団のキリト・ロピー隊長。
アドラクシア殿下の命令で、離れたところから私の護衛を請け負ってくれている人。
「事態の収拾には我々騎士団があたります。スカーレット様は避難をお願い致します!」
でもって、顔を見せるなと言われているにも関わらず、着任の挨拶に来たくらいは、融通の利かない人でもある。他、5人の部下を含めてね。誰か止めてよと突っ込みたかった。
今もキリト隊長が間違っている訳じゃない。
何しろ、避難には順番がある。
『貴族の安全確保を優先する。その大前提は私も知っています。けれどそれは、聖女の在り方ではありません!』
面倒な事を言ってる自覚はある。
守られるべき令嬢が好き勝手に動いていたら、護衛なんて成立しない。だから迷惑をかけている事は知っているけれど、頷いてはあげられない。行動の制限を受けたくないから、自前の護衛は外している訳だし。
それに今は非常事態だから、こちらの都合で彼等にも動いてもらう。
『空を飛べる私の安全は、既に確保されています。だから貴方達は、騎士としての本分を果たしてください。大火の折、アドラクシア殿下は民を頼むと、私に願いました。今、同じ事を私も望みます。国の民を守ってください!』
上位者が自分達を守ろうと動いてくれている。
そう印象付ける為に、キリト隊長への指示を拡散する。混乱から気を逸らす為なら何でもするよ。
拡声の魔道具を押し付けると、キリト隊長からの返事は待たずに舞い上がった。
あとは任せればいい。
あれでも殿下が推すだけの人だから、護衛対象がいなくなった状態で、ボーっと突っ立ているだけの人じゃないって知ってるよ。
学院の職員棟へ戻りながら、騒ぎの中心を飛び越える。
その過程で、襲撃者の正体を知った。
「あれは夜牙犬!?」
夜闇に混じる大型犬、上空からでも赤く光る眼が確認できる。
間違いないと思う。
その名前の通り、夜間の狩りを得意とする魔物で、群れのボスに統率されて組織的に獲物を狙う。群れの規模次第では、高位の冒険者でも苦戦を強いられるとも聞いた。
そんな魔物の性質からすると、今の状況はかなり拙い。
パッと見ただけで20匹を超えている。更に日は落ちて、夜牙犬に有利な条件が揃ってしまっている。
そう言えば、魔物討伐の実演の為にって、群れを捕らえたと聞いた事がある。それがこのタイミングで逃げたの?
「闘技場は中央公園内の施設の1つですわ。貴族区画に隣接しているのに、管理が甘いなんてあるのでしょうか?」
ノーラも同じ疑問を持ったみたい。
面倒な裏がある気がするよね。
でもその辺りは、後でじっくり調べてもらえばいい。
今のところ、低い唸り声くらいだから、襲撃者が魔物だなんて広まってないけど、威嚇に吠えでもされたら、会場中が震え上がってしまう。恐怖は判断力を奪う。そうなってしまったらきっと、避難誘導の声も届かない。
そんな事態を迎えさせない為に、フランのところへ急がないと。
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