黎明の日
待つこと数分、笑顔を張り付けて観客席側へ手を振り続けていたら、漸く盛り上がりが下火になってきた。
私がここに何しに来たのか、いい加減思い出してくれて助かるよ。
商業ギルド長の顔色がどんどん悪くなってるからね。他のお偉いさんも控えているんだよ。
『1年の実りを寿ぐこの日、皆さんにお会いできて嬉しく思います。今、御覧になった通り、私達は自由に空を飛ぶ魔道具の開発に成功しました!』
「「「「―――!!!」」」」
公式情報の発表で、また歓声が溢れた。
『鳥のように空を舞える、この魔道具の可能性は、それだけに止まりません。今日、魔道具の確認に来られた警備隊の方が話していたそうです。この魔道具があれば、人出や障害物に阻まれる事なく、犯罪者を追える、と。そうです! この魔道具は移動時間を大幅に短縮します! そこで考えてみてください。空を飛んで荷物を、大勢の人を運べばどうなるか』
私にとっては前世にあった光景、この世界の人達にとっては、ここから大きく広がる可能性。
その未来を垣間見て、人々が次々と息を飲む。
『そう! この国の、この大陸の広さは、ぐっと縮まります! 現在、ここから半月以上をかけて向かうパリメーゼを、リデュースを、わずか数日で結ぶかもしれません! 徳を積んだ巡回神父でなくとも、聖地デルヌーベンへ巡礼できる日が来るかもしれません!』
パリメーゼ、リデュースって言うのは辺境伯が収める土地の事。つまりこの国の端、パリメーゼが南の海に面していて、リデュースがその北、内陸部にあって、共に帝国との国境を臨む。もう1つ、北の山岳地帯にオクスタイゼンって辺境伯領があって、その先に聖地デルヌーベンがある。
教義上、大陸各地に点在する神殿を巡った聖職者だけが辿り着けるとされている。けれど実際は、断崖絶壁、天然の要塞に囲まれているから、大陸中を歩いてまわるくらいの猛者じゃないと、立ち入れない場所みたい。
要するに、多くの人が、できるなら行ってみたい場所って事。
国家間の緊張が続くこのご時世、民間人の国外への関心は薄い。だから、遠方旅行への好奇心を掻き立てる一例として、使わせてもらったよ。
観光地扱いしていいかどうかは、これから考える。
『物が、人が移動すれば、雇用を生み、流行ができて消費に繋がり、経済が動きます。王都と同じだけの商品が、辺境伯領にも並ぶかもしれない。辺境でしか採取できない薬草が、国中に届くかもしれない。遠方で技術を学んだ職人達が、故郷を潤してくれるかもしれない。新しい時代の幕が、今明けようとしています!』
「「「「―――!!!」」」」
再び、会場が沸いた。
大きな事を打ち立てて、会場の空気を温めるつもりだったのだけど、既に沸騰したみたい。
『皆さんが御存知の通り、新しい付与魔法、ポーション、そして回復薬。私はいくつもの技術を世に出してきました。それらを奇跡と呼ぶ人もいます。しかし、全て理論に裏打ちされた魔導技術です。だからこそ、人の手で作り、発展させ、国中へ広げる事ができるのです』
聖女と呼ばれるのは諦めたけど、私が奇跡を起こすって噂は好きじゃない。奇跡を頼る自分になりたくない。その点は、この場を借りて否定しておきたい。
『奇跡は一部の人しか救いません。理論の伴わない一過性の現象では、多くの人に恩恵が行き届く事はあり得ません。私は、限られた人だけが福利を得るような未来を望みません! その一環として扶心会、皆さんが聖女基金と呼ぶ機構を作りました。本年の王都周辺は豊作に恵まれましたが、北方の地域は冷害に見舞われたそうです。私達は、それらの地方に援助すると決めました。富を集中させず、然るべきところへ届ける。その為の聖女基金、人が人を助ける為の仕組みです!』
実際は、貴族が賄賂まがいに置いて行ったお金を正常化するのがきっかけだったけどね。真実をここで告げる必要はない。今はきちんと慈善団体として資金を集めている訳だし。
『奇跡ではなく、この場に集ってくれた方々の多くの善意が、今苦境に立つ人を救うのです。私はその橋渡しを続けます』
これ、本当に想定外だった。
朝から募金箱を置いてあるけど、このイベントをきっかけにして、お金が集まる予定だった。私とつながりを作りたい貴族、ビーゲール商会をはじめとした提携企業や関連会社、街の発展を願う有力者と、太い出資者は多い。人任せにはできないと、私が回復薬による利益の一部を投じている事もあって、扶心会は膨らむばかりで資金面で困っていない。
だから、一般層の人達には薄く広く出資を呼びかけるつもりで募金というかたちをとった。慈善事業に参加した事実だけ残ればいい、と。
でも蓋を開けてみると、夕方の時点で善意がいっぱい詰まってた。
お菓子を買うのを我慢した硬貨。
財布に入っていた小銭。
逆に小銭を残して全部とか、財布丸ごとなんてのもあった。
屋台が成功したお礼だと言ってくれた人もいたらしい。
賭け事に勝ったからと、利益分を丸まま投じてくれた人もいたと聞いた。
逆に負けたからこそ、善意で厄を落とそうとする人も。
会場もいっぱいになる筈だよね。噂の聖女様がお金を集めるってだけで、募金箱が埋まるんだから。
奇跡は起こせないけど、あれを見て、希望にはならなきゃって思ったよ。
『けれど勘違いはしないでいただきたいです。私の行為は、決して国を批判するものではありません。大火の折には手厚い補償を、不作の地方には減税を、国が対策をしっかり行ってくれているから、それに被せる私達の活動が際立つのです』
国は貴族層を見捨てられないけど、私達はそこを丸投げできるからね。
『私はこの国の貴族で、この国の在り方が好きだからこそ、私にできる事をしたいと思っています。王が国を、王子が次代を、貴族が家と領地を背負うように、私は皆さんの希望を背負い、未来を作りましょう!』
「「「「―――!!!」」」」
さて、ここからが本番かな。
研究を始めて以来、ずっと心の内にあった事。それはずっと目標だった。
オーレリア達に対しても言葉にした事はない。やり遂げられる自信が持てなかったから。予防線を張っておきたかったから。
でも、反重力の魔道具開発に成功して、覚悟が決まった。
だから今日この日、あえて決意を表明しよう。
『300年前、偉大な研究者が現代技術の基礎を作りました。誰でもご存知の事と思います。けれどその偉業は300年も昔の話です。300年もの間、後に続く者がいなかった事の証明です!』
私は天才に喧嘩を売る。
私の全てを賭けて、挑戦すると決めた。
『スカーレット・ノースマークが宣言します! 偉大なる初代導師、魔導技術の祖、ロブファン・エッケンシュタインを、私が超えると! 彼の導師が辿り着けなかった未来を、私が作り上げると! 300年に渡って停滞していた進歩に、光を当てる時が来たのだと! 今こそ黎明の時だと!』
今度は歓声が続かない。
代わりにどよめきが広がる。
エッケンシュタイン博士の存在はそれだけ大きいって事でもある。
それでも私は挑む。
反重力が成った以上、魔法の可能性は前世科学の限界を超えていける。私は魔法と科学を融合させて、その先へ行きたい。
『その道が困難である事は理解しています。しかしながら、止まりません。技術者は、人の願いを叶える生き物です。回復薬も、空飛ぶ魔道具も、はじまりでしかありません! 私は更に多くを作るでしょう。私は皆さんの生活を大きく変えるでしょう。私は私の手で、技術革新を成し遂げて見せます!』
私は大言と共に、拳を突き上げる。
大勢の観覧者へ覚悟を示す。
そんな私の背に、そっと添えられる手があった。
今、私は浮かんでいる訳だから、それが誰かは見なくても分かる。こんなに心強い事もない。
「レティが目指すなら、それは私の夢でもあります。一緒に行きましょう」
「ここまで大事にしたんですから、行けるところまで行っちゃいましょう。あたし、ワクワクしてますよ」
「わたくしもお手伝いさせてください。どこまでだってお付き合いしますわ」
ステージの脇ではマーシャとウォズも力強く頷いてくれている。
私には無茶に付き合ってくれる仲間がいる。彼女達が力をくれる。
『初代エッケンシュタイン導師と違って、私は自分を天才だなんて思っていません。それにも関わらず、立ち向かうと言えるのは、掛け替えのない仲間に支えられているからです! オーレリア・カロネイア伯爵令嬢に! エレオノーラ・エッケンシュタイン伯爵令嬢に! キャスリーン・ウォルフ次期男爵に! そして大勢の協力者達に!』
キャシーの敬称はあえて変えて告げた。
ノーラはまだ尚早だけど、彼女には必要だと思って。
『私は1人で事にあたりません。1人でないからこそ、実現して見せましょう! 未来を切り開いて見せましょう!』
私達は繋いだ手を掲げて、これ以上ない結び付きを見せつける。これだけあからさまなら、キャシーやノーラとの交友関係を疑う者はいなくなるからね。ここに居る貴族は少ないだろうけど、すぐに噂に上る。
観覧者側を見ると、戸惑う様子が良く分かった。
ある程度の発明はしていても、エッケンシュタイン博士と肩を並べるにはまだ遠いからね。
それに、熱狂的になってくれた飛行魔道具と違って、具体性を伴わない発展はイメージし難い。今は私も何からはじめるとか言えないし。
言いたい事は全部言ったかな。
この宣言が間違いかどうかは、私達の今後にかかってる。有言実行と称賛されるか、大言壮語と嗤われるか、答えが出るのは今じゃないよね。
さて、そろそろお暇しようか。
そう思ったところで、違和感を覚えた。
「何か、何か来ます! 澱んだ悪意を感じますわ!」
先に異常を感じ取ったノーラが、西側を指し示す。
それで私も違和感の正体に気付いた。モヤモヤさんだ。暗いから分かり難くかったけれど、モヤモヤさんが西から向かって来る。普通の状況でない事は分かる。
オーレリアの手には既に剣があった。私もすぐに箒を執る。
『西の奥に何かいます! 警か……!』
「うわあああぁーーー!!!」
「きゃあぁぁぁーーーっ!!」
「ぎゃあああああああああああっ!!!」
拡声の魔道具を持つ私が何か言わないと、そう思って警告を発するより早く、西側の観客席から悲鳴が響いた。
襲撃だ!
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




