夜空に舞う
日が暮れるまでお祭りを楽しんで、研究室に集合した私を見たウォズは、不思議そうな顔をした。
「武道大会は明日だと思いましたが、何処でそんなに汗をかいたのですか?」
「いや、全部ウォズに任せきりだったから、少しは手伝おうと思って急いだんだよ?」
「ありがとうございます。……でも何故疑問形なのでしょう?」
嘘だからです。
ちょっと調子に乗って食べ過ぎたから、オーレリアと一緒にちょっとガチ目の運動をしてきました。おかげで、明日の調整になったと、オーレリアの機嫌がいい。
今日の為に用意したドレスが入らないなんて事になったら、フランに殺されるからね。明日からも運動時間の延長が確定してます。
ウォズに嘘つく必要あるのかって?
そりゃ、乙女心的には、将来有望そうな男の子の前で見栄くらい張るよ。特にウォズの場合、そんな事だろうと思ってましたとか言って、胃薬用意してくれてそうだし。……それ受け取ったら、いろいろ終わるよね。
「では、魔道具の動作確認をお願いします。監査を通りましたが、何か仕掛けが残されている可能性は捨てきれませんから」
「了解」
ウォズは特に不審を感じなかったようなので、私も疲労を忘れて手伝いに集中する。ウォズに全部押し付ける事になって、悪いと思ってるのも本当だしね。
警備の人達を信じたいところだけれど、悪意は何処に隠れているのか分からない。聖女なんて呼ばれている分、恩恵を受けられない人からは恨まれてるって事も考えられる。完全に信じられるのは身内だけ。
特に飛行魔道具は、事故が起きたら大変だから、入念な確認がいるよね。身を守るのは自己責任、と。
飛行魔道具の形状は、いろいろ悩んだけどレバー型に落ち着いた。
ぎゅっと握ると上昇、親指側のスイッチを倒すと前進、左右に振るとそれぞれに曲がる。安全面を考えると、自動車のハンドル、アクセル、ブレーキみたいに役割を細かく別けたいところ。でも今回は個人の試験飛行だから、シンプルにまとめてみた。
安全対策として空間固定化の魔道具も組み込んでみた。万が一の場合、魔力を流して起動させれば、その場にぶら下がる取っ手になる。後は救助を待てばいい。見栄えは良くないから、できれば使う事なく済ませたい。
「こっちは問題ないみたい。ノーラはどう?」
「こちらも大丈夫ですわ」
自分用の魔道具を確認してノーラが答える。
実は彼女も飛行組に入った。
今後、家を継ぐかどうかはともかく、私とのつながりは明確にしておいた方が良い。彼女自身が継がなかったとしても、次代エッケンシュタイン伯爵の母になる。逃げる選択肢はもう考えていないみたいだから、影響力はできるだけ強化しておきたい。
「ウォズ、魔道具を見た警備隊の反応はどうだった?」
「最上と言っていいと思います。最初は信じられないといった様子でしたが、実際に稼働させると監査には関係のない質問が相次ぎました。警備隊でこれをどう活用するか、なんて話題も上がってましたよ」
「今日みたいな日は、問題が起きた現場に向かうのに便利だよね。誰かを追うにも、今は空の速度制限なんてないし」
「ええ、個人での購入についても聞かれましたが、今のところは現実的ではありませんからね。魔石と構成素材が高価過ぎます」
「じゃあ予定通り、空飛ぶ車の開発を進めようか。共同購入なら公共の利用から広められそうだし。個人利用を捨てる気はないから、忙しくなりそうだね」
「……まずは明日からの問い合わせを捌くところからではありませんか?」
あー、うん。
私は面会予定がまた溢れる。
回復薬の時の過密労働再びだね。
そうこう話してる間に、妙に幸せそうな様子のキャシーとマーシャが帰って来た。
いやまあ、一緒にしちゃいけないとは思うけど。
最後の打ち合わせを済ませて着替えると、部屋を出た。
私だけ明らかに衣装の豪華さが違う。
実家から送られたお母様のドレスを仕立て直して、遠巻きに映えるよう袖や裾に大量の布が追加してある。更に光芒の魔道具を反射するよう、宝石類も大量に身に着けている。フランの自信作なんだって。
なお、これ着て歩く事は想定されていない。
私は着替えた時点から、飛行移動が必須になる。私が飛行魔法を完成させなかったら、どうする気だったんだろうね。
私達の出立場所は学院の職員棟、その屋上となる。
ウォズはイベントの運営側との調整役で、マーシャが現地から合図をくれる手筈になっている。彼女の侍女は風魔法が使えるから、遠話するのにちょうどいい。
「うん、昼間以上に人がいっぱいだね」
「座席を用意する予定でしたけど、レティの参加が決まった時点で取りやめになったそうですよ」
「まあ、あの様子だと、座っても見えないよね」
今は楽団の演奏が行われているけれど、少しでも近くで見ようと、次々人が押しかけているのが分かる。
「元々の警備に加えて、軍や騎士団からも人員が派遣されているそうですわ」
「うん。万が一でもあったら、大変そうだもんね。仕事増やして申し訳ない気もするけど」
「うう……、改めて立ってみると、高いですね」
「キャシー、まだ怖がってるの?」
サプライズである事に加えて、飛行の魔道具が機密過ぎるので、リハーサルは行っていない。
あんまり怖がるなら抱えて飛ぶって手もあるけど、印象は良くないよね。
「いえ、大丈夫……、大丈夫です。グリットさんも見てくれているんですから、格好悪いところは見せられません」
あ、ご機嫌の理由はこれか。
「レティ、キャシー、演奏が終わりますから、もうすぐですよ」
オーレリアの声で視線を戻す。
楽器の撤収が行われている。この後、お祭りを取り仕切った商業ギルド長の挨拶があって、その次だね。あまり長話をする人じゃないそうだから、確かにもう少しだね。
隣でキャシーが喉を鳴らすのが分かった。
『ギルド長、ありがとうございました。……それでは観覧の皆様もお待ちかね、聖女と名高いスカーレット・ノースマーク侯爵令嬢が、この祝祭の喜びを分かち合おうと、来てくださいました!』
マーシャの侍女から、進行役の声が届くと同時に会場が沸く。
「よし、行こうか」
「「「「はいっ!」」」」
私は返事の代わりに光芒の魔道具を起動させると、宙空へその身を躍らせた。
同時に反重力の浮遊感が私を包む。
『それでは、聖女様のご入場です!』
続けて進行役の声が届くけど、私達の姿は会場に無い。
いつまで経っても聖女様が現れない異常に観覧者達がざわつき始めるまで、私達は会場の周りに弧を描いて飛ぶ事になっている。
「わ、わ! これ、気持ちいいですね!」
光を撒きながらしばらく飛行を続けていると、キャシーの弾んだ声が聞こえた。高いところは怖いけど、風を切って飛ぶのは気に入ったみたい。
絶叫マシンとか、怖いけど止められないみたいな事もあるよね。
「お、おい、何だ? あれ?」
「光が降ってる……星? いや、でも……」
キャシーの声がきっかけになったかどうかは分からないけど、会場の中から私達に気付く声が上がり始めた。
「何が飛んでるんだ? 鳥? 魔物!?」
「でも綺麗よ。悪いものじゃないと思うけど……」
「ホントに危ないものじゃないのか? 警備は何してんだよ!」
「この会場を回ってないか? 何かの演出か?」
「何で演出するって言うんだよ。あんな魔法、聞いた事ないぞ」
念の為にウォズのところの商会員をサクラ役に仕込んでおいたんだけど、必要なかったみたい。
私達が飛行を続ける間、徐々に騒ぎは大きくなっていく。
「おい、見ろよ! あれ、人だぞ!」
「嘘!? 飛んでる?」
「あの光は魔法なのか? え? なら飛ぶのも魔法!?」
「そんなの聞いた事ないぞ?」
「じゃあ、あれは何なんだよ! 幻覚とでも言うつもりか!?」
「回転音は聞こえない。魔道具じゃないよな」
「光と共に空から降りて来るって、本当に人なの?」
「いやいや、神様に感謝を捧げる日だからって、流石に……」
『皆さん、落ち着いてください! たった今、情報が入りました。ただ今中央公園の上空を舞っているのは、聖女・スカーレット様と言う事です!』
空からだと良く聞こえないけれど、あんまり騒ぎが大きくなると、混乱する人も出てくると思う。危ないなって思っていたところで、進行役の解説が響いた。
多分、ウォズが上手く諫めてくれたんだと思う。
『新しい飛行魔道具……なんと! 空を飛ぶ事を可能にした魔道具の試験飛行をかねて、こちらに向かっているそうです。そして舞い散る光もまた、魔道具によるものだそうです! ビーゲール商会から提供された、新しく空を彩る魔道具を披露してくださっています。今しばらく、聖女様の空中遊泳をお楽しみください!』
「うおおおおっ!! マジか、マジかっ!」
「本当に魔道具なの? あんなに綺麗に人が飛べるの?」
「滑空、じゃないよな。だって、降りてくる気配ないもんな。ほ、本物だ!」
「奇跡だ……、奇跡」
「凄い……聖女様が、また奇跡を起こしてくれた!」
「やっぱり、あの方は本物の聖女様だ!」
「新しい奇跡だ! 収穫祭の奇跡だ!!」
おお、凄いね。
歓声が爆発したよ。
じゃ、仕上げと行こうか。
オーレリア達に合図を出すと、速度を落として公園上空をゆっくりと旋回する。これなら、私達の姿が下からでもはっきり確認できると思う。
ついでに光芒の出力を上げて、星降る量をどっと増やす。夜空を明るく照らすくらいに。
更に轟く歓声を浴びながら、オーレリア達はゆっくり高度を落として会場へ降りる。逆に私は高く舞い上がる。
そしてオーレリア達の着地を確認してから、ステージの真上へ移動。
出力を絞った光の粒と一緒に、衣装をたなびかせながら緩やかに壇上へと高度を下げ、少し浮いた状態で止まった。
いつの間にか静まり返った会場で、拡声の魔道具を受け取り声を張る。
「皆さん、初めまして。スカーレット・ノースマークです」
何の捻りもない自己紹介。でもそれが呼び水となった。
「スカーレット様ーーっ!!」
「聖女様ーーっ!!」
「緋の聖女様、ばんざーーいっ!!」
会場の興奮は最高潮。来席者が口々に私を呼ぶ。
うん。
話すどころじゃないね。拡声器があっても搔き消されそう。
これは少し待つしかないかな。
思った以上にインパクトが強過ぎたみたい。
ステージの隅にはオロオロする進行役と商業ギルド長が見える。だけどこれ、どうにもならないよね。予定を狂わせて悪いとは思っているよ。
でも、ちょっと収拾が付く気配がないから、のんびり待とうか。
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