食の祭典はじまる
式典を終えると、お祭りが本格的に始まる。
と言うか、大部分の人にとってはここからが本番になる。神様への感謝は、主に1次産業に従事する人達にとっては大切な儀式だけれど、それ以外の人達にはお祭り騒ぎ自体が目的になる。
勿論、私達も含めて。
貴族に混じる為に正装してきたけれど、この後の社交には興味がない。
いや、誘われたけどね。
私、今を時めく聖女様だから、機会があればつながりを作っておきたい貴族は多い。特に下級貴族を中心に。
まだ学院生なので公の機会が少ないってのもある。王都の貴族が主催するパーティとか参加したりしないからね。
挨拶をかわして、誘いを断るのにしばらく時間を取られたよ。
帰る時間がもったいないから、着替える為にホテルを予約しておいた。
更衣室代わりにフロアまるまる借り切るセレブ行為はどうかと思うけど、お祭りで賑わう街を車で走っていたら、どれだけ掛かるか分からない。この国では車両優先と言っても、街に人が溢れた状態では進みようがないと思う。
「レティが車で着替えようなんて言い出さなくて、ホッとしました」
何故か私には痴女疑惑が付きまとう。
魔法なら、着替えるだけの空間を広げられるとはいえ、流石にそれはない。
完全遮光も完全施錠もできるけれど、薄壁一枚に隔てられただけでは心許ないよね。その薄壁がミサイルでも傷付かなかったとしても。
「温泉でなければ、比較的常識的みたいですよ」
不信の原因が温泉観の違いなのは知ってるけど、そこまで後引くものかな?
あとキャシー、比較的って何?
ちなみにマーシャはここに居ない。
式典の後、フラリと消えた。多分、エルプス男爵家の男の子を追って行ったんだと思う。貴族として会うなら着替える必要ないしね。
急用ができたって伝言だけ残してた。
お祭りの楽しみ方はそれぞれだよね。身長を気にしてるマーシャは少食だし、好きに過ごしてくれればいいと思う。街でマーシャ好みの男の子を探してたら、はぐれかねないし。
今日のメインイベントは夜だから、それまでに帰ってくれればいいや。
キャシーもこの後グリットさんと約束があるそうなので、今日はオーレリアとノーラ、3人で回る予定。
ウォズは夜の設営を引き受けてくれている。半分は光芒の魔道具の宣伝だからって言ってたけど、インパクトは反重力飛行が持っていくよね。
一般市民主導で行うイベントの為、貴族令嬢が準備に参加しても邪魔って説もある。
決して、お祭りを楽しみたいからって、ウォズに押し付けた訳じゃないんだよ。
外に出ると、こんなに人がいたかなってくらいの混雑だった。
王都を南北に通ったメインストリートから、中央公園までが人で埋まっている。相当な人出だった新年のお祭りと比べても規模が違う。
王城から見た建国祭の時だって、ここまでじゃなかったよね。
「近隣の町や村は勿論、遠方から来る人達も多いですからね。稼ぎ時と地方の商人も集まってきますし、王都の人口が最も増える時期です」
なるほど。
それぞれの領地で行われる収穫祭とは別格な訳だ。最低限だけを残して、使用人に休暇を出す貴族も多いと聞くし。
人混みを囲うかたちで所狭しと並ぶ屋台群からも、それは窺えた。朝から大勢が忙しそうにしてると思ったよ。いや、忙しいのは昨晩からかも。
「焼き立てのパンの香りが堪りませんわ」
「ソースの焦げる匂いも胃を刺激するよね」
「あちらの煮物なんて、トロトロで美味しそうですよ」
私の知ってるお祭りって感じだった新年と違って、食べ物系の屋台が大半を占めている。その内容も多岐に亘る。
パンや麺、お菓子に、お好み焼きみたいな料理も見える。特に小麦を使った料理が多めだね。
「秋に収穫したものを披露する場ですからね。どうしても主食が多くなります。お野菜たっぷりのピザなんかも人気ですね」
「それで根菜や豆類、茸の屋台も多いのですのね。あ、あっちには茸専門の串焼きがありますわ」
「収穫祭ではその地方の御馳走を皆で食べるって聞いていたけど、王都の品揃えは節操なさ過ぎじゃない? 向こうの煮付けはノースマークでよく見たけど、そっちの方はディルスアールドのだよね」
「王都の場合は国中の料理が集まってきますね。その幅広さこそが王都の名産だそうです。今日の為に作った新作なんてのもありますよ」
郷土料理フェスって感じかな。
うん、嫌いじゃない。
「王国を丸ごと食べ尽くせるって事だね。朝食を控えた甲斐があったよ」
「わたくしもです。でもそろそろ限界ですわ」
ノーラのところを取り仕切っているのはうちのフレンダだからね。おんなじ事考えても不思議はないか。
「私も今日は鍛錬を多めにしましたから、お腹が空いています。とっても楽しみだったんですよ」
「この人混みだから、はぐれないようにだけ気を付けよう。よーし! 突撃!」
攻めたよね。
我慢できる筈もないよね。
まずは最初に目を付けた串焼き。醤油を使ってるんだと思うけど、焦げた匂いが堪んない。癖が強めのどっしりした野鳥肉と、ホクホクのジャガイモが交互に挟んである。元日本人としては外せない。
「ノーラ、パンも半分ちょうだい」
「はいどうぞ。フワッフワですよ!」
シンプルな食パンだけど、吃驚するくらい柔らかい。小麦が良いからか、甘みも凄いね。
「代わりにこっちもどう?」
「いただきますわ。……あー、こんがりした部分が良いですね。お芋も鳥の旨味を吸って美味しいです」
「レティ、こちらもどうですか? 豚肉ですけど、たっぷりのお野菜と一緒に煮込んでましたよ」
「うん、ここまで柔らかいと、もう飲み物だよね。つるんと入るよ」
でも少し口の中が濃くなったかな、と思っていたら薄焼きの煎餅みたいなものが目に入った。
「1枚ください。これ、なんですか?」
「毎度あり……って、何か知らないのに買ってくれるのかい? 芋粉と豆粉をまぶして焼いてるんだ。昔、このあたりが水害に見舞われた時に南方のコールシュミットから運んできた保存食だよ」
「へー。……うん、軽い塩味だけだけど、香ばしくて美味しいね。よし、折角だから、4大貴族領を制覇しよう。ディルスアールドはそっちの煮付けでいいとして、エルグランデって何があったっけ?」
「以前にウォルフ領に行った時、近くに滞在して聞いた話では狩猟が盛んだそうですね」
「山と魔物領域が多くて農村は栄え難いって習ったよね。あ、ノーラ、これ食べる?」
「……いただきますわ。ビーダツ大河に沿った領地ですから、淡水魚なんてどうでしょう?」
「大河は王国を南北に割る形で流れてるから、王都の北にあるのもそうだけどね。でも魚って選択肢は良いね」
「でも丁度良くは見当たりませんわね」
「いいんじゃない? 歩きながら適当に探そう。チーズのいい匂いがしてるから、ピザにも興味があるし」
「ピザの屋台は多いですからね。具で選んでみましょうか。レティは何が好みですか?」
「お芋とチーズの組み合わせとか最高だけど、ジャガイモ、さっき食べたしね。茸のピザとかないかな」
「良いですね。わたくし、さっきから気になっている屋台がありますの」
そう言ってノーラが指す先に、それらしきものは見当たらない。人が多過ぎるってのもある。またノーラ特有の何かを見てるのかな?
まあ、断る理由はないよね。
「よし、行こうか」
とか言いながら、さっきの煎餅もどきを追加で買う。日持ちするみたいだし、お肉や野菜と一緒でも美味しそう。
ノーラに案内されて、目的の屋台が見える前に独特の香りが鼻を突いた。このかぐわしさには覚えがある。覚えがあるだけで、食べた事はほとんどないけど。
「珍しい。オクテンオール茸ですね。この芳醇な香りは間違いないです」
「ですよね。この香り成分がチーズの香りと一緒に流れてくるのを感じたのですわ」
うん。
名前なんてどうでもいい。私的にこれは松茸だよね。香りに包まれているだけで幸せになれる。
ここまでくれば、私にも分かる。
松茸ピザ。
前世ではあり得ない組み合わせがここにある。
屋台の周りは人で一杯だったけど、この世界でも超が付く高級食材だから、遠巻きに見るだけで並ぶ姿はない。
偏屈そうなおじさんが一枚だけ、客寄せに焼いている。
それでも香りの暴力が酷い。
お祭りだから洒落のお店なんだろうね。特別価格だろうけれど、一般市民が気軽に買える値段じゃない。
でも今の私は、お貴族様なのだよ。
「おじさん、3枚お願い。折角だから、焼き立てが食べたい」
「あ、ありがとうございます……」
私達みたいな子供が注文するものだから、少し驚いた様子を見せた後、すぐ調理に取り掛かってくれた。
当たり前だけど、フラン達侍女と護衛さん達の分も含むよ。
「手際が良いですね。多分、普段はしっかりしたお店で働いている人ですよ」
「だろうね。そうでなかったら、あんな大量のオクテンオール茸、手に入れる伝手とかないだろうし。見てよ、あのたっぷりの茸」
「期待が高まりますわ」
待つこと数分、シンプルだけど暴力的なピザが私達の前に鎮座する。
ピザ生地薄め、チーズ少な目、茸どっさり、おまけに別に網焼きしたオクテンオール茸をほぐして振りかけてある。
ピザの概念を超えたね。
「うわぁ、シャッキシャキ! シャッキシャキだよ! こんな食感、初めてだ」
「香りが、香りが口いっぱいに広がります! いえ、胃から鼻にかけてが幸せでいっぱいですわ」
「癖の少ないチーズが合いますね。別に焼いた茸とチーズ、2種類の香ばしさが堪りません」
これは味を覚えて、家の料理人にも頑張ってもらおう。
「最後の一枚だね。ノーラ、あーん」
「前から思ってますけれど、スカーレット様、わたくしを餌付けしようとしてませんか?」
膨れている様子がちょっと可愛い。
「いらない?」
「…………食べますけど」
うん、素直なのは良い事だよね。
そんなに深く考えている訳じゃない。美味しく食べてくれるなら、私もあったかい気持ちになれるってくらいだよ。
「おじさん、ご馳走様。とっても美味しかったよ。だから、これで皆にも食べさせてあげて」
「!!」
そう言い残してお金を置いて行く。
大混乱になりそうだから、さっさと逃げさせてもらうけどね。
「レティらしいですね」
「だって、私達だけで独占するのはもったいないよ」
食材だけじゃない。
料理をまとめ上げたおじさんの腕も一流だった。
「ちょっと満足感が凄いから、次はさっぱりした何かが欲しいかな」
「それならスライムはどうですか? いつもお世話になってる事ですし」
そう言えば、スライム屋台もいくつかあるね。
何故か聖女の奇跡や大火の救済を謳った書籍と一緒なのが気になるけれど。
薄切りの店が多い中で、細い短冊状で売っている屋台を選んだ。ちゅるんとして美味しそうだし。いや、味は無いんだけど。
で、注文する前にちょっとした思い付きがあった。
「おじさん、スライム丸ままちょうだい」
「? いいけど何を?」
「まあまあ」
多めにお金を払ってスライムを受け取ると、魔法を使う。慣れているからすぐ終わる。
「付与魔法ですか。何を付与しましたの?」
「ちょっとした実験。甘味を軽く付与してみたよ。おじさん、これで私達の分をお願い」
お店の人は良く分かっていないながらに、受け取ったスライムを軽く洗って、成形器具にセットしてくれた。
まんま、心太突き器だったよ。
普通はつけ汁に浸して食べるみたいだけど、私達はそのまますする。
「うん、ほんのり甘いね」
「食感だけが楽しめていいですね。色もそのままで綺麗です」
「スカーレット様はあっさり付与しますのね。他の味もできそうですの?」
「他は塩気くらいかな。ノーラが協力してくれるなら、もっといろいろ増やせるかも」
スライムに味がない分、濃いめのソースが多いんだよね。
でもこれなら胃に優しい。今みたいにがっつり食べた後とか特にね。
お店の人も、不思議そうに残ったスライム片を摘まんで、驚き顔になった。
「これは凄い! あー……、できたら、うちの店で使わせてもらえると助かるんだが……」
「いいですよ。ちょっと思い付いただけですし、私は活用する予定はありませんから」
「! ありがたい……ただ技術の買取りをするには持ち合わせが……」
「気にしないでください。その代わり、独占は駄目ですよ。他の方が真似をしても仕方がないってくらいに思っておいてください」
「お嬢ちゃんは一体……、あ! いや、貴女様は!」
私に気付いたみたいだけど、指を口に当てて、黙ってもらう。
今はお忍び中だからね。
おじさんも、それを察せられるくらいの分別はあったみたい。代わりに若い助手さんを冒険者ギルドに走らせていた。付与できる人を探すんだろうね。
「あんまりゆっくりしてると人が集まってきそうだから、そろそろ行こうか」
「ええ」
「はい」
お腹も結構膨れたし、エルグランデのお魚探しがてら、少し歩こうか。
いや、もう少し甘味もいいかな。
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