収穫祭の式典
実りを与えてくださった加護神に感謝を捧げ、賜物を寿ぐお祭り。
折角だから、式典の見学にも参加した。
お祭り自体初体験っていうノーラにきちんとした祭事を知ってほしかったし、私も収穫祭は初参加だからね。ノースマークのお屋敷に引き籠り気味だったから、この世界独特の文化にまだ疎い。本を読んで知った気になるより、実際に体験してみたいよね。
山のように積み上げられた収穫物の祭壇に向かう神官団が座礼をして、祝詞を唱える。その左右に神楽を奉納する楽団が並んで、更にその周りを踊り手達が囲む。
厳かというよりは快活な様子で、楽曲も陽気なものが選ばれている。
ついついリズムに乗ってしまうけど、それを咎めるような堅苦しさもない。
格式ばった儀式より、喜びと祝う気持ちを分かりやすく示す事に主眼が置かれているみたい。一般市民のお祭りだけあって、神事に傾倒した建国祭とは空気から違うね。
見学に来ておきながら顔を顰める貴族も見えるけど、それはそれ。個人の好みってあるからね。
それから、銛を持った一団の舞い、剣舞、弓打ちの儀式へと続く。
この世界の神様は属性に分かれているけれど、役割に違いはない。7柱の属性神が全ての事柄へ加護を与えてくれる。
だから生まれた者への祝福も、死者の迎えも、季節の移り変わりも、厄災からの護りも、全てをこなす。
豊穣の神とか狩猟の神とか、司る対象が分かれていないから、全ての感謝をその年の加護神へ捧げるみたい。
「……驚きました。儀式の射手、リグレスさんですよ」
「オーレリア、知ってる人?」
「16年前に活躍した英雄の1人です。元はAランクの冒険者で、大戦での働きを評価されて準男爵に叙されました。今は軍に所属しておられます」
「あたしも知ってます、単眼鬼って呼ばれた人ですよね。弓でも銃でも、決して狙撃を外さなかったって有名な」
そんな伝記を読んだ覚えはあるね。
「個人での戦果でしたから、父ほど知られてはいませんね。でも彼がいなければ、反抗作戦の成功はなかったと、今でも父は感謝しているそうです。あまり公の場に姿を現さなかった事も名前が広がらなかった理由の1つだと思います」
なるほど、そんな人が今年は射手を引き受けたから、オーレリアは驚いた訳だ。
ここまで説明されて気付いたけれど、アルカン準男爵の名前は知ってたよ。今では大佐だから、今後関わる事もあるかもと、把握はしてる。
本の知識と一致してなかったね。私が読んだのは冒険者の成り上がりの話だったし。
そのリグレスさんが矢を番えた―――と思ったら、次の瞬間には放たれていた。
的である水瓶を射抜いて、歓声が上がった。
「戦から離れられても、腕は衰えてないようですね」
「元冒険者なら、間伐部隊に加わったりしないの?」
「昔はそういう事もあったようですが、最近は聞きません。あれだけの射手ですから、高位の魔物が確認された場合に声がかかるのでしょう」
「魔法みたいな早業だったもんね」
「……いえ、実際に魔法でしたわ。弓を構えた瞬間、目標との間に暗い動線が走りました。その線を通せば命中する仕掛けのようです」
魔法版光学照準機みたいなものかな。
あれだけの早打ちだったし、英雄と呼ばれるほどの活躍をした人なら驚きは少ない。独自技術だろうけれど、技能の補助に魔法を使う例は知っている。
インチキとか思ったりしないよ。
「暗いって事は、闇属性?」
「風属性も含むと思いますわ」
「なるほど、重力と風の複合魔法ってところかな? 矢や弾を制御するんじゃなくて、射線予測に使うのかも。射出の後は知覚速度より速く飛ぶから干渉は難しい。照準の時点で魔法の補助を使うって、合理的だよね。複数属性ってのも珍しいし」
「……全部持ってるレティが言う事じゃありませんね」
「随分気にしているみたいですけど、レティ様、魔道具で再現できそうとか考えてます?」
軍用品に手を出すのは気が進まないけど、今更って気もしてる。
照準の精度が上がれば、戦況を有利にできるし、弾の節約にもなる。軍人だけじゃなくて、冒険者の応援にもなるよね。
「弾道計算とか、理屈じゃなくて感覚で導き出してる気がするんだよね。その辺りをどうするかが課題かな」
「属性保持者特有の感覚ってありますからね。あたしも目分量で重さを測るの、得意ですし。あたしの重力魔法の経験では頼りにならないと思いますから、ヴァイオレットさんに相談してみたらどうですか? 狙撃手側の意見が聞けそうですよ」
「そうしてみようかな」
「以前に伺った事がありますけど、あの人は強化魔法を応用しているらしいですよ。感覚を極限まで研ぎ澄ますそうです。レティの練習着で精度が上がったと喜んでいました」
「あー、うん。それは聞いた。あんまり堂々としてたから、目のやり場に困ったって男性陣の愚痴も含めてね。でも、もし他の魔法を応用するならって方向で話してみるよ」
「わたくしが読んだ本では、同じくらいの腕前で成果を競い合った方がいたそうですけれど、その方も今は軍属にいらっしゃるのですか?」
同じ本かな? 私もその話を知ってるよ。
「……いえ、素行が悪かった為、その方に叙爵の話はなかったみたいです。父から聞いた話では、あまり良くない仕事に手を染めて、もう何年も消息不明だとか。その方は、魔法で風の影響を最低限にして、超長距離の狙撃を可能にしたそうです」
「風の動線か。オーレリアは似た事できないの?」
「……私は離れた風を操るのが得意じゃないので」
同じ属性でも個人差でるね。
実際にその人の協力があるなら、ノーラと一緒に理論化、術式化できるのにね。そしたらオーレリアにも習得できたかも。
「わー! わーっ! あれ! あれ見て、見てください!」
私達が話し込んでいる間も、式典は進む。
妙に興奮したマーシャの声で壇上へ意識を戻した。
感謝の奉納は一通り終わって、儀式に参加した人達がずらりと並んで、祭壇に再び祈りを捧げている。
そこへ登場するのが、風の神に扮した男の子。
マーシャの興奮の理由はこれだね。いつもの病気。
貴族の儀式では石像に向かって祈ってたんだけど、収穫祭では扮装した子で済ますみたい。
聖典の偶像より少し幼いくらいの子が、涼しげな布を纏って風でなびかせている。
大舞台の人選に通っただけあって、端正な顔立ちをしているね。柔らかな微笑みが保護欲をそそるかも。
「あの子、あの子、すっごく良いと思いませんか? 儚げな様子なんて特に! 風神様の仮装が、あんなに似合う子、初めてです!」
風神様のコスプレだから、余計にマーシャに刺さるのかな?
いつもより何割か増しで酷い。
「あれ? あの子、レティが治療スライムで助けた子じゃないですか?」
オーレリア、今は思い出してくれなくていいよ。
なんとなく見覚えはあったけど、わざわざ意識から外してたのに。
ところでこれって偶然かな?
聖女様に助けられた子供なら御利益があるとか、聖女様の活躍を喧伝しようって忖度とかじゃないよね? ウォズが暗躍してたりしないよね?
「え!? レティ様が、レティ様が知ってる子なんですか? 是非紹介してください!」
ほら、喰いついたよ。
あの時のマーシャは回復薬の作成に集中してたから、救護所には来ていない。それどころじゃなかったし、知らなくて当然だよね。
私もバタバタしてて、顔を覚えていない患者も多い。あの子は最初に助けられた1人だから、比較的印象が強かった。
それでもあの時は煤と血に塗れていたし、火傷の状態も酷かったから、ここまで綺麗な子だとは思わなかったよ。おまけに半年と少しで随分成長してるよね。大火の時は、もっと幼い印象だったのに。
「火事の、火事の時の子って事は、あの時命が危なかったって事ですよね。そんなの、世界の損失です! ああっ! 風神様、慈悲を与えてくださって、ありがとうございます! ……あ、レティ様にも感謝してますよ」
今度は天に向かって祈り始めたよ。
これも感謝の奉納になるのかな?
あと、取って付けたみたいな感謝はいらない。
で、なんて言ってマーシャを紹介するの?
今更、回復薬を作ってくれたお姉ちゃんって連れて行くの? 遅くない?
収穫祭で一目惚れしたって本当の事でも言うの? 私に友達の恥を口外しろと?
「今はどうか分かりませんが、エルプス男爵の関係者だったと思います。経過確認とでも言う事にして、訪ねてみたらどうですか?」
「エルプス、エルプス男爵家ですね。分かりました。必ず」
ナイス! オーレリア。
暴走してるマーシャ1人で突撃してもらおう。今の勢いなら、派閥違いとか障害になりそうにないし。
私達、関係ない。
「治療スライムの件なら、歌劇になっていますよね。演じてるのはあの子じゃありませんでしたけど、結構かわいい子でしたよ」
キャシー、今はその情報も要らない。
折角かわそうとしてるのに、油を注がないで。
「それは、それは何処で、いつ見たの!? そもそもどうして誘ってくれないの? どうしてそんなに友達甲斐がないの!?」
襟首掴まれてブンブン振り回されてるけど、自業自得だからね。
貴族側から見た収穫祭の空気を感じようって思って来たけれど、結局、私達だけいつものノリだよね。
ま、いっか。
貴族然とした雰囲気は、私達には合わないって事だよね。取り繕ったところで、別人になれる訳じゃないし。
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