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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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閑話 収穫祭の朝 2

引き続きノーラ視点です。

「お嬢様を目標としていらっしゃるからではありませんか? 私もあの方を誇らしく思っておりますが、高過ぎる目標は大変ですよ」


 まだ見習いの3人に詳しい事情は話せませんが、もともとスカーレット様のメイドであるフレンダさんは、わたくしに迫られている選択を知っています。

 ですから、無理をしないよう言ってくれているのでしょうが、頷けませんわ。


 わたくしが目指すのは、いつだってスカーレット様です。


『私は償いを望みません』


 そう言って微笑まれたスカーレット様を忘れられません。

 あの時のわたくしとしては、当然と考えての謝罪でしたが、見知らぬ令嬢に突然土下座をされて、スカーレット様はとても混乱されただろうと、今なら分かります。そんな様子を一切表に出さず、あの場を諌めて見せたのです。

 あのお姿は、わたくしにとって、常に指針なのですわ。


「私は何も、目標に定める事が間違っているとは言っておりませんよ。ただ憧れのあまり、お嬢様を偶像化していませんか?」


 どういう事でしょう?

 スカーレット様はいつも美しく、正しい方です。強く、凛々しく、英明で、1つしかわたくしと歳が違わないなんて、信じられないくらいです。あの方が聖女と呼ばれていると知って、とても得心がいきましたもの。

 それは普通の感想ではありませんの?

 トーレさんやアシルちゃんとも話が合いますから、そう間違っていないと思うのですけれど。


「私はお嬢様が生まれた頃からお仕えしていますが、はじめからああだった訳ではありませんよ。お嬢様が立派な貴族になろうと志されたのは、あの方のお母様に憧れたからです。当時はフランと張り合って、とても微笑ましかったものです」


 フレンダさんが、懐かしそうに教えてくれます。とても貴重な思い出話です。

 見習いの3人も興味津々ですわよ。


「勉強が大変だと、自室では泣き言を並べていらっしゃいましたし、フランが厳しいと拗ねていた事もございます。取り繕う事を身に着けられたのはカミン様、弟君が大きくなってからでしたね」

「それは本当にスカーレット様のお話ですか?」


 そんな一面は初めて知りました。

 弱みは決して見せない方だと思っていました。そんな弱みは無いとすら、思っていたかもしれません。


「何事も積み重ねですよ。たった数年で、大人に混じっても遜色ないほどに成長されたのは才能でしょうけれど、誰だって初めから上手くいくなんてありません」

「でもわたくしが今欲しいのは、近い未来の保障ですもの。いつか、では間に合いません」


 スカーレット様は期限を明言されませんでしたが、いつまでも待たせる訳にはまいりません。あの方の期待に応える為、わたくしは伯爵家を背負える確信が欲しいのです。


「その見極め方は、エレオノーラ様も既にご存知だと思いますよ」


 そう言ったフレンダさんは、話を途中にしたまま、アシルちゃんにお茶の準備を指示しました。意図が読めず、わたくしは待つしかできません。


 途端にいつもの愛らしさは息を潜めて、アシルちゃんは真剣な様子でお茶を淹れてくれます。

 スカーレット様のお屋敷で美味しい紅茶をいただいたと話して以来、その味を再現しようと皆が一丸となって腕を磨いてくれたのです。


「ど、どうでしょうか?」

「……ええ、今日も美味しいですわ」


 ホッとします。

 スカーレット様のところでいただいた味わいとは異なりますが、好きな味です。


「……良かった。あ、いえ、良かったです。またいつでもお申し付けください、エレオノーラ様」


 わたくしの感想を聞いて、強張っていたアシルちゃんの表情が、ほにゃりと和らぎました。

 実は彼女のお茶が、わたくしの身内では一番なのです。しかも、また味わいに深みが出たように思います。

 幼く、できる仕事の少ないアシルちゃんですから、せめてお茶は上達しようと、日々練習を重ねてくれています。


「こればかりは、もう私も敵いませんね。けれどエレオノーラ様、アシルの上達は才能だと思われますか」


 ない、とは言いません。

 けれど頑張る彼女を見てきましたから、それだけとも言えません。


 わたくしが首を振ると、フレンダさんはアシルちゃんに優しく微笑みました。


「ええ、これはアシルが努力した証です。お湯の温度、茶葉を躍らせる注ぎ方、蒸らす時間、教えた事を汲み取って、彼女なりに昇華させています。それができたのは、アシルがエレオノーラ様をよく見ていたからでしょう。この子はただの美味しいお茶ではなく、エレオノーラ様を喜ばせる為のお茶を淹れているのです」


 上司であるフレンダさんに手放しで褒められて、アシルちゃんはくすぐったそうにしています。

 もっとも、くすぐったいのはわたくしも同じですわ。わたくしの為のお茶、だなんて言うのですもの。確かに彼女のお茶は、私の心を優しく包んでくれますけれど。


「アシル、貴女はどうしてお茶を淹れる練習をしようと思ったのですか?」

「え……と、前にフランお姉ちゃんにお茶を淹れてもらった時、凄く感動したんです。だからあたしもそうなりたいな……って。それから、エレオノーラ様が時々暗く沈んだ顔をしていらっしゃるから、あたしが美味しい紅茶を淹れられたら、顔を上げて喜んでくださるかなって……」

「素晴らしい動機ですね。主の為にできる事を、そう考えられる貴女だからこそ、私は年齢を度外視して教育すると決めたのです。……礼儀作法はまだまだですが」

「……あう」

「それも時間が解決するでしょう。何故なら、この子の目標は明確ですから。目指すべきものを見据えている者は、その歩みを止めませんから」


 あ。

 ここに来て、漸くフレンダさんの言わんとする事がわたくしにも伝わりました。


「誰かの為に行う努力は、時折吃驚するような成長も見せるものです。1ヶ月程度でこれだけのお茶を淹れられるようになったアシルは、その何よりの証明でしょう。たとえ今は結果に繋がっていなかったとしても、私はアシルの教育を止めるつもりはありませんでした。必ず成し遂げてくれるという意思を、感じていましたから」


 そうですね。その様子を、わたくしも近くで見てきたのです。


「志がはっきりしているなら、結果は必ずついてきます。ですから、エレオノーラ様も前を見据えてください。お嬢様を目標とされるなら、憧れで終わらせるのではなく、何をもってその差を埋めるのかを考えましょう。一歩ずつ、半歩でも、その半分しか進めない日があったとしても、その意思を絶やさない限り、必ず近付ける筈です」

「……わたくしにできるでしょうか?」

「未来の保障なんて、目指す先を明確にしてそこへ辿り着く為の歩みを止めない、言葉にするならそれだけですよ。勿論、それを実践する事は易しくありません。ですが、エレオノーラ様は既にその道を歩まれていると思いますよ」

「あ、あの!」


 私達の会話に、トーレさんが割り込んできました。


「お嬢様の事情に詳しくはありません。ですが、短い時間ですが私もお嬢様を見てきました。お嬢様はいつだって、ご自分を厳しく律せられている方です。アシルが努力を重ねられたのも、そんなお嬢様を目の当たりにできたからだと思っています。ですから、その……もう少し自信を持たれても良いのではないでしょうか?」


 貴族に恐れを抱いている筈のトーレさんが、貴族令嬢(わたくし)の為に必死で言葉を紡いてくれています。


「あ、あの、あたし、スカーレット様は凄い人だって思ってますけど、エレオノーラ様にも憧れてます! あたしもエレオノーラ様みたいな綺麗な所作を身に付けられるように、苦手なお勉強も頑張りますから……、その、エレオノーラ様にはもっと笑っていてほしいです!」

「私もお嬢様の事を、大切なご主人様だと思っております。毎日私の料理を喜んでくださるお嬢様に、これからもお仕えしたいと思っております。これからもお支えしたいと思っています。お嬢様は、私達の心を掴むくらいの魅力をお持ちなのだと知っていただきたいです。ご実家のお嬢様への仕打ちを少し漏れ聞いただけで、私は怒りを抑えられないくらいなのですから」


 アシルちゃんとアセットさんまで続きました。

 好意をぐいぐい示されて吃驚します。


「私が言おうと思った事は、ほとんど言われてしまいましたね……。エレオノーラ様、もっとご自分に自信を持たれてください。少なくとも彼女達は貴女が好きで、今後もエレオノーラ様に付き従うと決めた者達です。貴女にその価値があると、彼女達自身が判断したのですから」


 今後も、と聞いて驚いている自分がいます。

 フレンダさんはスカーレット様からお借りしているだけですが、トーレさん達にも期限があるように考えていました。いなくなってしまった礼儀作法の先生と同様に、いつか去ってしまうのだと思い込んでいたようです。


「これからも、わたくしの傍にいてくださるのですか?」


 疑問がポロリと口から零れました。


「え!? そんなに私達は足りていませんか? いえ、まだ見習いの身ですからそう言われても仕方がありません。でももっと努力いたしますから、どうか首だなんて仰らないでください」

「……お姉ちゃん、あたし達、要らないの……?」

「もっと美味しい料理を用意しますから、腕を磨きますから、もう少しだけ機会をください。折角お仕えしたいお嬢様に巡り合えたのですから、もっと猶予をお願い致します」


 効果は覿面、トーレさんは泣きそう、アシルちゃんの瞳は涙でいっぱい、アセットさんの顔は青いです。


「ごめんなさい、失言でしたわ。皆さんに不満なんてありません。むしろわたくしが主として足りていないのではないかと不安なだけで……」

「……お嬢様が、ですか?」

「どうして?」

「そんな、勿体無い」


 あら?


 心の内を吐露したら、三様のポカンとした顔が返ってきました。


「お嬢様、私とアシルはスカーレット様が人手を探していると聞いて、あの方の役に立てるならと仕事をお引き受けしました。けれどそれはあくまでもきっかけの話です。特殊な生い立ちながら、貴族社会で立ち上がろうとされているお嬢様を支えたいと、今は心から思っているのですよ」

「あたし、もっと頑張るから、もっと美味しいお茶を淹れられるようになるから、そんな悲しい事、言わないで」

「私は料理のできる者を探しているとだけ聞いて、この仕事に飛びついてしまいました。ですから使用人としての作法を身に付けるのは大変です。でも、毎日私達の良いところを見つけて褒めてくださるお嬢様の為に、早く一人前になりたいと思っています。お嬢様だから、お仕えしたいと思ったのですよ」


 胸がほっこりします。


 こんなふうに思っていてくれているなんて、知りませんでした。スカーレット様に請われたから、わたくしが雇っているからと、仕えてくれている訳ではないのですね。


 これが心身共に支えられると言う事なのでしょうか?


 わたくしでも、スカーレット様とフランさんのような素敵な関係を築けるのでしょうか?


 同時に肩が軽くなった気がします。

 もしかすると責任とは、一方的に背負うものではないのかもしれません。


「エレオノーラ様と彼女達の主従は始まったばかりです。エレオノーラ様の境遇が特殊だったからこそ、彼女達と一緒に成長されてください。その繋がりは必ず、貴女の意思を支えてくれます」

「……ありがとう、フレンダ。それから皆も。今朝は少しだけ前へ進めた気がしますわ」


 迷いが晴れた訳ではありません。覚悟が決まった訳ではありません。

 今日踏み出せた一歩なんて、亀の歩みのようなものかもしれません。それでもいつか道は開けると、今は信じられる気がします。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
これもスカーレットの策略なのかな? 自己肯定感が無なエレオノーラの矯正の為に、側使えも侯爵家以外から新人を入れて、新人と一緒に成長する様にすれば、前向きになるかもしれない、って感じに。 領地にいる筆頭…
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