閑話 収穫祭の朝 1
今回はノーラ視点です。
長くなりましたので、分割しました。
エレオノーラ・エッケンシュタインの人生は、12歳の秋で終わるのだと思っていました。
疑問を抱いた事はありませんわ。それが当然だと思っていたのですもの。
12歳になれば王立学院に行ける。わたくしの罪を、スカーレット・ノースマーク様に裁いてもらえる。その日を指折り数えてすらいました。
どんな方なのだろうと、何度も想像しました。
王族に望まれるのですから、きっと美しくて、聡明な人だろうと。
実際に目にしたスカーレット様は、わたくしより幼く見えて、驚きました。
けれど帝国皇子との一件を見て、思っていた通りに聡く厳格な人だと知りました。
この方が私に終わりを与えてくれるのだと、嬉しく思った事を覚えていますわ。
『私は償いを望みません。ですから、生きてください。生きて幸せを、楽しみを探してください。私が貴方に望むのはそれだけです』
しかし、私に罰は下りませんでした。
むしろあの日が、わたくしにとってはじまりの日となったのでしょう。
朝の日差しを瞼の裏に感じて、わたくしは身を起こしました。昨日、学院の予習を遅くまでしていた為でしょう、少し頭が重いと感じます。
あまり疲れた顔を見せると、フレンダさんに叱られてしまいますわ。また自分を追い込み過ぎだ、と。そんなつもりは、ないのですけれど。
わたくしは眠気を払いながら、先程まで見ていた夢に思いを馳せます。
「またあの夢、ですのね」
思い返すと幸せな気持ちになれますが、少し頻度が増えてきたように思います。
「原因は明らかですけど」
エッケンシュタインを継ぐ。
その選択肢を示されてから、眠りが浅くなっているようですわね。
どうもわたくしは、悩み事や嫌な事があると、夢の中に救いを求める癖があるようです。以前は礼儀作法を教えてくださった先生の夢や、本に囲まれる夢を見ていましたが、今ではすっかり見なくなりました。最近は、王都に来てからのものばかりですから。
きっとあの日の事は、これから何度も夢に見るのですわ。
家の事はまだ答えが出せません。スカーレット様が望んでくださるなら是非に、と思うのですが、これまで何も学んでこなかったわたくしには荷が重いとも感じてしまいます。
「それで結局、勉強に逃げてしまっているのですわね」
頭をいっぱいにして、考え事から目を逸らすのもわたくしの悪癖ですわ。
自信を付ける為に勉強しているのです、なんて前向きな事が言えれば良かったのですけれど。
「おはようございます、エレオノーラ様。いつもお早いお目覚めですね」
用意してくれている水桶で顔を拭いたところに、わたくしの身支度をしてくれるフレンダさんが入ってきました。
生活圏に人がいる暮らしに、まだどうも慣れませんわ。
誰かに身嗜みを整えてもらう事にも。
彼女、フレンダさんはスカーレット様にお借りしている側仕えです。私の身の回りの世話をする人がいないからと、ノースマークから呼んでくださいました。身の回りの全てを任せる側仕えは、信の置ける者でないといけないそうです。今はわたくし就きとして働いてくれると同時に、将来わたくし就きとなる見習いの教育もしてくれています。
ちなみにフレンダさんが到着するまでは、ベネットさんをお借りしていました。
「また少し無理をされているようですね。目の下に隈ができておりますよ」
眠気は覚ましましたが、全身を整えてくれるフレンダさんは誤魔化せなかったようです。
「ごめんなさい」
「勉強の為に王都に滞在されているのですから、エレオノーラ様が必要だと思われたなら、私に謝罪は無用です。ですが、体調が優れない事を、心配する者もいると覚えておいてくださいませ」
「はい。……どうもわたくしは、まだ人を気遣うのが苦手ですわ」
「少しずつ変わっておられると思いますよ。私共の事は置いておいて、お嬢様達ご友人に気を使う事から考えてみましょうか」
「そうですね。スカーレット様に心配なんてかけたくありませんもの」
「お嬢様は興味のある事を見つけると、すぐに無茶をする方ですから、むしろご自分を省みてほしいところですけれど。5歳の頃から、目を離すと徹夜しようとなさるのですから」
今でもフレンダさんの主はスカーレット様ですから、心配で仕方がないようですのね。それにしても5歳で徹夜って、できるものでしょうか?
綺麗に髪を巻いてもらい、薄く化粧をして隈を消してもらった後、朝食を摂る為に部屋を移動します。
「「「おはようございます、お嬢様」」」
いつもより少し早かった筈ですが、既に朝食は並べられ、見習いの3人が迎えてくれました。
側仕え見習いのトーレさんとアシルちゃん、料理人兼メイド見習いのアセットさん。彼女達がわたくしの側近候補となります。
トーレさんの娘であるアシルちゃんはまだ7歳。まだ早過ぎる気もするけれど、早くから仕事に就いた方が忠誠心も芽生えやすいと聞いています。フランさんはもっと早くからだったそうですし、何より彼女にはやる気があります。
わたくしなんかに就いては申し訳ないと思ってしまうと同時に、彼女達の誇れる主でいようと励みにもなっています。
フランさん曰く、心身共に支えるのが側仕えだそうです。エッケンシュタインでは分からなかった感覚ですわね。
なお、敬称をつけて呼ぶのは、心の内でだけです。わたくしとしては気後れしてしまうのですが、立場は明確にしなければと、嗜められてしまいます。
特に、“アシルちゃん”と呼んで泣かせてしまった事がありますから、気を付けないといけません。可愛らしいからそう呼ぶだけで、一人前でないなんて、思っていないのですけれど。
「あら、今日の朝食は少な目ですのね」
アセットさんの料理は美味しいので、少し残念ですわ。昨日、スカーレット様達と一緒に甘いものを多めに摂りましたから、減らしてくれたのかしら?
昨日は魔道具の製作が間に合った事の、ささやかなお祝いでしたから、ついつい食べ過ぎてしまいました。でも昨晩に続いて今朝もですか?
「申し訳ありません。フレンダ様の指示で少し減らしてあります。問題がありましたか?」
答えてくれたトーレさんの声色には緊張が籠もります。貴族に仕えた経験がないそうですので、まだ距離感が掴めないようです。
わたくしなんかに緊張する必要はないですのに。
「問題はありませんわ。でも何故ですの?」
「今日が収穫祭だからですよ、エレオノーラ様。お嬢様とご一緒するなら、食べ歩きになるでしょうから」
ずっと準備していましたから、今日からだとは知っていました。けれどお祭りというのは、美味しい催しなのですね。もともと楽しみでしたが、期待値がぐっと上がってきましたわ。
「気を使ってくれたのですね。ありがとうございます」
彼女達に加えて、騎士団から派遣されているディーメさん、ホルムさん、アーデルさんの3人が護衛についてくれています。彼女達は寮の部屋までは入ってきませんから、今は居ませんが。
貴族の令嬢としては最低限の配置だそうですが、これだけの責任を負うだけで、重いと思ってしまいます。わたくしの為に人が控える生活に慣れていない事もありますが、彼女達に支えられるだけの価値がわたくしにあるとは、まだ思えませんもの。
「そんなわたくしが伯爵家を背負うなんて、想像もできませんわ」
つい、弱音がこぼれてしまいます。
「お嬢様を目標としていらっしゃるからではありませんか? 私もあの方を誇らしく思っておりますが、高過ぎる目標は大変ですよ」
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