私のフラン
3歳になりました。
相変わらず屋敷中をお掃除して回る毎日です。
お屋敷丸洗い計画はまだ達成できていない。広すぎるよね、このお家。建物だけで、本邸、別邸、使用人棟、政務棟、騎士棟等々複数が存在する。私の立ち入りが禁じられている場所もあるし、1,2年での掃除はとても無理。
だからと言って諦めずに、できるところから頑張ってます。
メイドさん達からの“お転婆姫”呼ばわりくらい、甘んじて受け入れますとも。そんな事より掃除が大事。
でも、弟にあんまり会わせてくれないのは納得がいかない。悪い見本になっちゃいけないのは分かるけど、ちっちゃな弟の前では大人しくしてるくらいの常識はあるよ?…あるよね?
まだ小さくてふにゃふにゃだから、泣かせたりしないよ?
ところで、最近は淑女教育が始まりました。
私、お貴族様だからね。相応しいマナーを学ぶ必要があるんだよ。
お母さん曰く、余計な癖が付く前に正しい所作を身に着ける事が大切らしい。前世の常識が染みついてる私には、手遅れだったりしないかな?
そう思って勉強から逃げようとしたら、お母さんに叱られた。
私は只の子供じゃなくて侯爵令嬢。周囲より恵まれている分、人より多くの義務を背負わなくちゃいけないんだって。マナーを覚えるのもその一つ。私は人々の規範となる姿を示さなくちゃいけない。
当然の事として語るお母さんは、カッコいいと思ったよ。
私、お母さん――――ううん、お母様を目指します。
そうは言っても、お母様は忙しい。このお屋敷を取り仕切っているのはお母様だし、奥様達を集めたお茶会の手配もしなきゃだし、お父様のお手伝いもあるし、弟が小さいので1日に何度もミルクをあげに行く必要がある。
そんなだから、私の教育ばかりに時間は割けない。
結果、私のお掃除時間はまだまだ多い。
「お嬢様、お茶の準備が整いました。本日は、ガゼボへお越しください」
その日、いつもの様に掃除していたら、メイドさんが私を呼びに来た。
お茶、つまりおやつの時間です。
お母様と一緒なら、お茶会に向けたマナー教室の時間になるのだけど、今日は私一人らしい。
私を呼んだら去って行く、なんてメイドさんにはできない。通い慣れた道、すぐ近くであろうと、私を先導してくれる。楚々と歩くメイドさんの姿勢は綺麗なので、私も彼女をお手本にしながらついて行くよ。
なんと、これ、フランです。
吃驚だよね。
ついこの間まで一緒にお掃除ごっこしてたのに、私付きになった頃から従者教育を受け続けた彼女は、すっかりメイドさんらしくなった。侯爵令嬢と側近候補、目指す先は違うけど、所作についてはずっと先を往かれてる。
なんでも、最近、私の専属としての内示を、お父様から正式に受けたらしい。元々、その予定で教育されていたんだけど、将来が内定して、心持ちが変わったらしい。
まだ見習いは取れていないけど、すっかりメイドさんだよ。
あと、テトラによると、私も彼女の変化に嚙んでいるとか。
お母様の教えを受ける上で、私は飲み込みが早い事になっている。実際は、教えられた事を丸覚えするのではなく、前世の似た所作を当てはめてるだけなのだけど、説明できないので優秀な子と言う評価を受け入れている。
で、そんな私にフランは対抗意識を持っているらしい。
私からすると、目標にできるくらい先を進んでいる筈なのに、彼女はすぐに追いつかれてしまうのではと、危機感を持ってしまったみたい。
可愛いよね。
お茶の間も、私の後ろに凛と控えてくれている。
フランのおやつは私の前を辞した後なので、私が食べている間中、物欲しそうに視線が釘付けになっていた頃が懐かしい。
彼女の成長は喜ばしいけれど、フランらしさが乏しくて、私は少し物足りない。
「フラン、今日はお母様がいないから、一緒にお茶にしない?一人だと寂しいの」
「いいえ、私はお嬢様の従者ですから、後でいただきます」
主と並んで飲食はできない、と。それはそれで正解ではあるけれど、私は面白くない。
フランは忘れているようだけど、彼女は従者であると同時に、私の友達でいる事を許されている。だから、公私の区別をつけるなら、気安い交流も見逃してもらえる。
そして、お母様がいないから、今日のおやつはプライベート。
そうでなかったら、お嬢様らしくないさっきのお誘いの時点で、他のメイドさんに注意されてるよ。お母様は優しいけれど、甘やかすだけの人じゃないからね。メイドさん達もしっかり言い含められているよ。
なので、私はフランに誘惑を続ける。
「今日のおやつは、苺練乳だよ?フランも好きだったよね」
「――――」
今、唾を飲んだよね。視線がチラチラ苺に向いてるよ。
ちなみに、この食べ方は私の考案。
苺も練乳も存在するのに、合わせる文化は何故かなかった。私のおやつ用に、練乳は厨房に常備されてると聞いたから、去年の春におねだりしてみたよ。
知識チートって程じゃない。ただ私が食べたかっただけ。
両親二人も気に入ってくれたと思っていたら、お母様は奥様方のお茶会で披露して去年の流行にしてたし、お父様はこの組み合わせでお菓子を作らせて、領内の苺に付加価値をつけてた。
お貴族様の行動力って凄いよね。私、あんな風になれるかな?
今年はまだ増産が追い付いていなくて、苺が高騰してしまっているみたい。だから、侯爵令嬢はともかく、フランはあまり苺を食べられていない筈。
「フラン、今年の苺の感想を聞かせて。ほら、あーん――――」
練乳のたっぷり掛かったところフランに差し出す。
お嬢様の行動としては完全にアウトだけれど、メイド達からの小言はない。ワザとやっていると察して、フランを試す為に見逃してくれるみたい。
「もー!!お嬢様は、すぐ私をからかう!私、お仕事中なのに!!」
漸くフランが噴火した。
で、しっかり苺を口に入れてから、むくれてる。やっぱりフランはこうじゃないとね。
アラサー+3歳の私としては、幼いながら一人前であろうと背伸びしてるフランは愛でる対象なのだけど、お姉ちゃんのフランとしては、私にからかわれるのが嫌で、距離を取ろうとする面もあるらしい。
意地悪して、ごめんね。
でも、フランは私のだから、離すつもりはないの。
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