ファンタジー世界は何でもあり
私に力場を分解されて、転がったドレイク種は、目を丸くして周囲を窺ってから、檻の隅で小さくなった。
力場の再展開はすぐにはできないのか、自然界ではあり得ない現象に晒されて混乱したのか、身体を端に寄せて警戒を続けていた。寄った先は壁じゃなくて檻だったから、あんまり意味のある行動ではなかったけれど。
しばらく警戒した後、キィーッ! と高音を発してから、ゆっくり浮かび上がった。
発動にはかなり魔力を使うみたいで、大量のモヤモヤさんが溢れたよ。アーリー持ったままだから、すぐに掃除したけども。
「この様子だと、浮かぶ事が防衛行動でもあるのかな?」
「竜としてはかなり小さいですし、爪や牙も攻撃に向いていませんからね。レティの魔法が、かなり警戒心を刺激したようにも見えました。浮かぶ事が、どう防衛と繋がるかは分かりませんが」
「少なくとも、少なくとも地上の魔物に襲われないからでしょうか?」
それで身が守れる地域に生息してるって事かな。
「浮かぶ時の印象からすると、浮力でしょうか? あたしはそんなふうに感じました」
「いえ、何かに反発する力が働いているようですわ」
反発?
「見えたの?」
「ええ、徐々に魔力を収束させていたようです。完全に消えたのは、浮かぶ直前だと思いますわ。力場自体は見えませんでしたが、身を守る為、何かを弾こうとする意図は読み取れました」
「守る? 飛ぶとか逃げるじゃなくて?」
「はい」
「身を守っているの? これで?」
プカプカ浮かぶ様子からは、まるで察せない。
「試してみますか?」
言いながらオーレリアは細身剣を鞘ごと竜に突き付けた。
そのまま軽く、ぐいと押す。
それだけの筈が、オーレリアは剣を取り落とした。想定外とはいえ、隙を見せた事が恥ずかしかったのか、慌てて剣を拾い上げる。
「オーレリア?」
「すみません。思ったより強い力で押し返されたので、手が滑りました」
漂う竜側に変化はない。
オーレリアに剣を借りて、私も突いてみる。こんな面白い現象、試すしかないよね。
うん、剣先は竜に届かない。
竜から5センチ程度で押し返される。力を込めると、その分強く返ってくる。見えない壁を突くんじゃなくて、同極の磁石を近付ける感じ。
備えてないなら、剣を支えられないのも分かる。
これが力場範囲なのは間違いない。何処を突いても、同じくらいの距離で力が働く。満遍なく全体が覆われている。ノーラが強化魔法に例える訳だね。
キャシーとマーシャも、勿論後に続いた。
ぐいぐい押すけど、竜が動く気配はない。
なるほど、防衛行動だね。
小さくても竜だけあって、常識で測れる代物じゃなかったよ。
「きゃっ」
考えをまとめようと竜から視線を外していたら、キャシーが短い悲鳴を上げて倒れた。
「面白いのは分かるけど、加減して突かないと。力を入れ過ぎると危ないよ」
「してないですよ! 急に強い力で押されたんです!」
え?
「まさか、反発の程度を調整できるの? ……流石、竜だね」
「……竜ですね」
あんまり突付くものだから、届いてなくても、竜を苛々させたみたい。
「反射の力場ですか。限界はあるのでしょうが、鉄壁ですね」
「ううん、反射の魔法はあるけど、これとは別ものだった」
私も付与した事があるから間違いない。
ウォズの意見を否定する。
「反射は接触した物体に、逆方向の力を加えるものだった。触れる前に弾いたりしない。それに、反射だと、クランプルドレイクが浮いてる理由にならないよ」
「別の力場を働かせているのではないですか?」
「可能性がないとは言わないけどさ。浮こうとする様子はなかったんだよね、ノーラ」
「はい。ただ、短い時間でしたので、絶対とは言えませんわ」
「じゃ、もう何度か試してみようか」
サッと、箒アーリーを向けた。
不確かでも、再現性があるなら確度が上がる。
ノーラが触れれば、もう少し詳しく情報が得られるんだけどね。
ゆっくり近づけると、鞘で触れる事もできた。脅威と判断されない程度なら、反発力も弱くて済む。
でも今は突き過ぎて、竜の気が立ってしまった。
噛めば指を喰い千切るくらいはできそうだから、触れての鑑定は、またの機会に回そう。
代わりに力場の分解を三度繰り返したら、明らかに不機嫌そう。さも迷惑といった様子で、私を睨むようになったよ。警戒どころか、敵意を感じる。攻撃手段があると危ないから、少し離れようかな。
「身を守る以上の意図はないようですわ」
ノーラのお墨付きが出た。
対象の感情を読んでいる訳ではなく、魔力に込めた意図を感じ取るから、見落とし以外で間違いはないらしい。
浮かんでいるのは、副次効果と思っていい。
「でも、でも、反発力でどうして浮くのでしょう?」
「反発……反対の方向に働く力、反作用、斥力……。ものを持ち上げる力、浮力……その反対って事は……」
え!?
重力、万有引力が物体を星の中心側へ引き付けている。その逆に働く力、言葉だけなら知っている。
反重力。
電気の+と-、磁力のN極とS極といった、引き付ける力と反発する力は同時に存在して、相互関係にある。だから引き付ける力である重力にも、反作用側の力がある筈……なんだけど、確認されていない。
前世、今世共に、ね。
この太ったトカゲモドキを浮かせる力が、反重力!? 確かに、存在自体がファンタジーではあるけれども。
腑に落ちない感が酷いよね。
「反重力……ですか?」
オーレリア達に説明しても、このやるせなさ感は伝わらない。前世ほど、突き詰めて研究されてないからね。
「でも、こうして存在すると分かったなら、再現はできるかもしれませんね」
……そうなんだよね。
無いと思い込んだままだと、魔法に落とし込めなかった。噛じった常識が邪魔してた。
でも在ると知ってしまった今、既にできる気がしている。科学からファンタジー事象に墜ちた途端に、これだよ。しかも、イメージを補強する現物が目の前にいる。
今回ばかりは自分の出鱈目さに、呆れたよ。
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