魔眼の検証
言われて初めて気付いたけれど、檻へ向いたノーラの視線は、中にいる、丸くずんぐりした個体からズレている。
本当に見えていないんだ。
思ってもみない事態にギョッとする。
同時に納得もいった。見えてないなら、話に混じれないのも当然だよね。
でもどうして?
「も、申し訳ありません。わたくし、お役に立てなくて……」
あ。
今は原因なんてどうでもいいや。先にノーラを落ち着かせないと。
「大丈夫ですよ、エレオノーラ様。貴女が悪いとは限りません。見えないという事も、1つの結果ですから。原因は皆で考えましょう」
「ウォズの言う通りです。竜については、分かっていない事が多いのですから、鑑定できないという新事実かもしれません」
「それよりあたしは、ノーラの状態が心配です。他に見えてないものはないですか?」
「キャシー、無理言わないの。見えて、見えていないかどうか、ノーラ自身に分かる術はないでしょう」
「あ、そうか」
「でも、でも検証は必要ですね。日常生活に困るようでは、問題ですから」
うん。
私の出る幕なかったね。
頼もしい仲間達で安心するよ。
「じゃあ、竜の事は置いておいて、先にノーラの眼について検証しようか。まずはどんなものが見えないか、確認するところからかな?」
「あ、あの、わたくしは困っていませんから、気にしていただかなくても結構ですわ。収穫祭まで時間もないのですし、研究を優先してください。他の魔物は見えていますから」
ノーラならそう言うだろうとは思ったけどね。
でも今回は余計な遠慮だから、押し切らせてもらう。
「技術の確立には正確な情報が必要だから、私達はノーラができる事を把握しないといけない。まあ、それ以前に、友達に問題があったら、普通に助けるよ。ノーラが私達の役に立ちたいのと同じ、私達だってノーラを気にかけているからね」
「誰かを助けたいと思ったレティは止まりません。おかげで聖女の名前が一人歩きしているくらいです。お友達の為なら尚更です。遠慮するだけ無駄ですよ」
「おまけに、おまけに今回はノーラの魔眼への好奇心も含んでますから、気にする必要もありません」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
説得は要ったけど、受け入れられただけでも進歩かも。もう少し前なら、ノーラは恐縮するだけだったろうし。
と言うか、オーレリア達のそれは、フォローなのかな? 私って、そんなに自分勝手に見えてるの?
「とにかく、仮説を組み立てよう。一緒に貰ってきた魔物は見えているなら、決定的な違いは対象が竜って事だよね」
「でもレティ、それだと、これ以上検証しようがありませんよ」
「オーレリア様がイーノック皇子に頼んだら、他の竜も貰えるんじゃないですか?」
「……キャシーは私を帝国に売る気ですか?」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……」
「エレオノーラ様の魔眼に関する事ですから、帝国を巻き込むべきではないと思います。エレオノーラ様の価値は、竜より高いですし」
「そもそも、そもそも友人なのですから、比べられるものではありませんよね」
「ごめんなさい、あたしが軽率でした」
失言ではあったけど、一つ可能性ではあるから、これ以上咎めるほどではないかな。そもそも話の振り方も悪かったしね。
「他の竜での確認は、最後に回そう。あと考えられるのは、隠蔽魔法のようなもの?」
「俺達には普通に見える訳ですから、可能性は低いと思います」
確かに、ノーラ専用の隠蔽とか、意味が分からない。
「竜が鑑定を弾く可能性は残りますよね。レグリットさんにもお願いしてみますか? 今ならレティのお屋敷にいますよね」
うん、それは有りだね。
フランに呼び出してもらおう。
「少し、少し気になるのですが、ノーラは魔法を色で判別するのですよね?」
「はい。属性毎に、光って見えます」
「無属性、無属性だから透明に見える、なんて事はないでしょうか? 安直過ぎますか?」
マーシャに言われて、無属性魔物の代表格、スライムへ視線を向けた。
「念の為に訊くけど、ノーラ、アレが見えないなんてないよね」
「はい。スライムは見えていますわ」
だよね。
魔眼を明かしてくれた時も、回復薬を見たからだった。それで私の付与と、量産品を見分けたんだし。
だけど、なんとなく気になった。1匹掴んで持って来る。
スライムと竜の差は?
属性以外に共通する部分がないくらい。でも、スライムが魔物の原点だって仮説を信じるなら、竜の本体は魔石とその周辺の器官って事になる。
その動力となるのは魔力。魔法とは異なる体系で奇跡を起こす。だから、含有魔力量の大小で、魔物の優劣が決まる。
なら、その差を埋めたら?
いつもみたいにモヤモヤさんを注ごうとして、思いとどまった。ノーラが見るなら、私とスライムの属性は同じじゃない。
代わりにポーションの原液、濃縮した魔素を振りかけた。
「ノーラ、これなら、どう? さっきと何か、違いは見える?」
「あ、はい。今度は透けて見えますわ」
おお、と皆がどよめく。
多分、これが答えに近い。マーシャの仮説通り、無属性は透ける。それが高魔力体なら更にってところかな。
「ところでノーラ、あっちの飛び鼬は、どんなふうに見えてる? 普通の魔物と違いはある?」
「はい。これまで見た魔物は多くありませんが、魔力を体内に収束させていましたわ。けれど、ここにいる魔物は、魔力を外側に張り巡らせています。人が強化魔法を使った状態に近いですね」
「! それって、それって、力場が見えているのではないですか?」
「多分ね」
「つまり、魔力の膜で常に覆われているって事ですよね。竜の場合も恐らく」
「うん。同時にこれが、ノーラが見えない原因じゃないかな? もともと薄く見えにくい上に、更に無属性の膜に包まれて、完全に視界から消えたんじゃない?」
「……もしかしてレティなら、その力場を剥がせるんじゃないですか?」
魔法の分解か。
竜がこのサイズなら、私の魔力量より多いって事はないから、できるかな。
私はミニ箒、アーリーを竜に向ける。
「ノーラ、ちゃんと見てて。すぐに戻ると思うから」
「は、はい」
ぶつける魔力があんまり多いと、竜に被害が出るかもしれない。慎重に魔力を練る。
「やっ!」
私の掛け声と同時に、ノーラの目が大きく開いた。
ついでに竜が、コテリと落ちた。
「! 見えました! 見えましたわ。丸くうずくまった可愛いトカゲですよね!」
可愛いかどうかは、意見が分かれると思うけど。
でも見えた事には違いない。
ノーラの魔眼に異常はなかった。これで、検証を進められるね。
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