竜!
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。
魔物を受け取った帰路、私達はワクワクが抑えられなかった。
だって、竜だよ竜!
前世、ファンタジーの定番だったからってだけじゃない。この世界でだって、竜は特別な存在なんだから。
一応魔物に分類されてはいるけれど、分からない点も多い。
竜と魔物の違いは、露出した魔石。
色違いの鱗だと思われた歴史から、逆鱗って呼ばれている。場所はいろいろで、額だったり喉だったり。触れたからって怒りを買う訳ではないけれど、魔力の収束点だから触られるのは嫌がるとか。
当然、どうして魔石が露出しているのかは、分かっていない。
文献はいっぱい読んだけど、不明瞭な点が多くあった。魔物領域の深くまで立ち入る高位の冒険者でも、巡り合う事はほとんどないらしいから、検証しきれていない事が沢山ある。観察記録とお伽話、どちらが真実を多く含んでいるのか、判断できないくらいに。
「仕方がありませんよ、高等鑑定士を深層領域まで連れて行く事なんて、できませんから。過去の竜の記録は、全て持ち帰った死骸からです」
「それってつまり、生きた竜を鑑定した事はないって事ですよね? あたし達が初ですか、ドキドキしますね」
「しかも、鑑定するのはノーラだからね。何か凄い事が見つかるかも。あー、早く帰りたい」
急いでる時は、徐行前提の交通ルールにイライラするよ。
でも安全運転も大事だよね。急かさない、急かさない。
「と言うか、どうしてノーラを連れて来なかったんですか! いたら、すぐにでも見てもらえたのに!」
「仕方ないじゃない。望んでもないのにあの皇子の前に連れて行ったら、男性不信になりかねないよ。下手したら王家に叱られるよ」
「うう、それは否定できません。力場を作って飛ぶ説が本当なのか、早く知りたいのに……」
「分かります。その力場を操って竜を駆る話、憧れですから」
「竜騎士ってやつだね。今回は竜が小さくて無理だけど、構造を解明できたら、竜捕獲用の魔道具だって作れるかも。そしたら竜、乗り放題だよ」
夢は広がる。
実現可能かどうかは、後で考えればいい。
「そんな訳で、竜を手に入れてきました!」
亀の歩みのように思えた道程を越え、漸く戻った王都邸で、私達は驚きと共に迎えられた。
「まさか、スカーレット様が竜殺しに!?」
違うし。
ウォズの中で私の存在って、どうなっているのかな?
そもそも私は受け取りに行っただけで、功績があるとしたらオーレリアだよ。
ちなみに竜殺しっていうのは、騎士や冒険者にとって最高の栄誉。漏れなく勇者と呼ばれる事になる。
討伐対象がサッカーボール大のクランプルドレイクだとしても、本来なら秘境の奥にしか生息していないからね。そこまで辿り着ける実力が評価される。帝国では少し事情が違うみたいだけど。
「竜、竜をこの目で見られるなんて思いませんでした。わぁ、本当に額の魔石が露出していますね。それにプカプカ浮かんでいます。どんな原理なのでしょう?」
「近付いても、音や振動はありませんでした。なんか、こう、重力的な波動がババーって出てるんですよ、きっと」
「言い方がアホっぽいよ、キャシー。重力魔法って、貴女の属性範囲だよね。何か思い当たる事とかないの?」
「無茶言わないでくださいよ。あれって、滅茶苦茶魔力がいるんですから。レティ様みたいなバカ魔力がないあたしには、小さなものを少し軽くするくらいで精一杯です。役に立たないから、感覚が掴めるほど使った事なんてありません」
「残念。役に立たないね」
「……喧嘩売ってます? レティ様に勝てる要素なんて1つも思いつきませんけど、買いますよ?」
「はいはい。レティ様もキャシーも、竜の、竜の前だからって、子供みたいですよ。低レベルで無駄な争いしてないで、竜と向き合いましょう」
「む」
「そもそも、額の魔石に色がないですよ。無属性ならレティこそ、思い当たる事はないですか?」
漂っている感じからすると、浮力?
空気中でも、浮力は常に働いている。水の中ほど強くはない筈だけど、魔物の特殊能力って理不尽なものだからね。理論や理屈が、特定の魔物にだけ合わない事も珍しくない。研究者泣かせ、なんて呼ばれたり。
更に特殊な竜なら、もっと理不尽かもしれない。
「空間の固定化のように、スカーレット様の魔法で範囲を指定して、特殊な法則を付加したりできませんか?」
「あたしもそれに一票入れます。レティ様の理不尽魔法なら、変な空間も作れそうですよね」
あれ?
私、理不尽側?
「重力があるから、人は常に星の中心側に引かれていて、地面に立つ事でその身体を支えている……そんな常識が刷り込まれてるから、それを覆すイメージは難しいんだよ。無重力を経験した事もないし」
「何でもできるように見えて、スカーレット様でも思い込みに縛られている訳ですか。案外、子供の自由な発想の方が、新しい魔法が生まれやすいのかもしれませんね。魔力の制御が楽ではないので、簡単ではありませんが」
ラバースーツ魔法とか、ビー玉作るとか、転生先の常識を知らなかったからこそできた事って気がするしね。
「額の、額の魔石ですけど、聞いていた以上に露出してますよね。これ、外れたりしないのでしょうか?」
「え? 魔石がポロリと落ちるの? 魔石は身体制御の中枢だから、同時に浮いてる身体も落ちるのかな? ちょっと面白そうだけど、竜のイメージ変わるかも」
「いえ、私が、私が考えたのは、魔石を排出する為に、露出しているのでは、という事です。体内で魔石を生成して、古くなったものを押し出しているのではないでしょうか?」
「マーシャリィ様、それはつまり、竜が魔石を次々生み出すかも、と言う事でしょうか?」
「レティ様の魔物版って事ですか!?」
さっきからキャシーが酷い。
私、人外寄りだったりしないよ。
「あくまでも、あくまでも、私が初めて竜を見た印象ですけど、観察する価値はあると思います」
「それができるなら竜の魔石を市場に出せる。高品質の魔石、危険を負わずに作り出せるとしたら、竜の価値は更に跳ね上がりますよ。是非やりましょう! 飼育に必要なものがあるなら、俺が何でも仕入れますから」
「そもそも竜って、何を食べるのでしょう? レティは文献で見た事ありませんか?」
「うーん、お伽話なら人を食べたり、竜同士で喰い合ったりなんだけどね。食性について触れた資料は覚えがないよ。死骸があるなら、胃の内容物くらい調べそうなものだけど」
「討伐先は魔物領域の深層ですから、持ち帰れる素材に限りがあるせいでしょうね。研究者が付き添えるとは思えませんから、爪や鱗と違って内臓は捨てていたと思います」
「あー、うん、オーレリアの言う通りかも。じゃあ、この丸いの、どう育てようか?」
「スライムの時みたいに、レティ様の魔素から試せばいいんじゃないですか? マーシャが言うように、本当に魔石を作るなら、大量の魔力が要るでしょうし」
なるほど、キャシーの言う事には一理ある。
でも、スライムの餌付けに続いて竜まで。いつの間にか、テイマー技能とか生えたりしないかな?
小さくとも竜を前に、私達は興奮している。
でもいつまでも夢ばかりを語っている訳にもいかないよね。本命はノーラの鑑定魔法だし。
私達が大騒ぎしているからか、ノーラが少し離れてしまっている。あんまりな様子に、引かれたかな?
「じゃあノーラ、そろそろお願いできるかな」
「は、はい……」
私の要請を受けて、そろりそろりと、ノーラが竜の檻に近付く。
ちょっと躊躇いがちにも見える。爬虫類、苦手だったかな? 竜と爬虫類は別のものだけど、嫌いな人には大した違いじゃないよね。
「この檻の中に、竜がいるのですよね?」
「う、うん」
?
好悪を確認せずに鑑定を頼んで、悪い事をしたかな、なんて考えていたけれど、ノーラの様子が輪をかけておかしい。
酷く困った様子。
それに戸惑ってる? 何か言うべき言葉を探しているようにも見える。
「何かあった、ノーラ? 無理は言わないから、何か問題があったら言って」
「あ、はい……」
けれど言葉は続かない。
ノーラはもう一度檻の方を見て、弱り切った顔になった。
「申し訳ありません。わたくしには何も見えません。……本当にここに竜がいるのですか?」
え?
ピシリ、と。
空気にひびが入る音を、聞いた気がした。
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