帝国特急便
結局、空間の固定化魔道具は、私の付与を上達させる事が最優先で進んでいる。スライムを成形する設計図を書いて、成型後のスライムをじっくりと観察して、これまでにないくらい集中して付与に向き合っている。
でも上手くなった気がしない。
これは私に、空間把握能力が絶望的にないって事かな?
瞬間移動はできなくて良かったかもね。私、壁に埋まりたくないよ。
私任せの付与だけでは、私の負担ばかりが大きいからと、マーシャ達は代案を考えてくれている。今のところ名案はないけれど。
あ、キャシーは不可視の床を歩く訓練ね。
エッケンシュタインの後継についてノーラと話した後、彼女は思い悩む時間が増えた。
あれから数日経つけれど、まだ誰かに相談したって話は聞かない。勿論私にもね。
そこまで辿り着くのは遠いかな。客観的な助言を聞いても、まだ感情でしか判断できないだろうし。
ゆっくり待つ事にしている。
進展がないまま悪足掻きを続けていたある日、研究室のレグリットから連絡があった。少し慌てた様子の彼女を落ち着かせて聞いたところ、帝国皇子から招待状が届いたとの事。
なるほど、他国とは言え、皇族から接触があると驚くよね。私的に関わりたくない人物の上位に入るから、段々扱いが雑になってきてるけど。
用件は浮遊種の魔物についてだろうね。
「ついに、ついに浮遊種の器官を見られるのですね。どんなものでしょう? 特殊な力場を作るのでしょうか? 重力に干渉するのでしょうか?」
行き詰まっているのもあるけれど、純粋に好奇心からマーシャが興奮してる。私も楽しみだったからね。
「それにしても早かったですね。スカーレット様達が約束事を取り付けてから1週間と少しですよ。ギルドから連絡の後すぐ、急行の船に載せた事になります。帝国の皇族が、王国貴族の為にそこまでするとは思いませんでした」
「凄いですね。そんなにオーレリア様に良いところを見せたかったんでしょうか?」
急行船は貨物船や客船より速い代わりに、積載量が少ない。しかも帝国-王国間を繋ぐ便はないから、特例で動かした事になる。
輸送費がどれだけになったのか、どんな意図があるのかと恐々とするウォズに、キャシーが答えを返す。彼女の言う通り、オーレリアの期待に応えたかっただけって気がする。
「魔物の受け取りなら、レティだけでお願いできませんか?」
「残念、招待者は私とオーレリアの連名だよ。オーレリアと会える機会を逃す気はないみたい」
「えー」
嫌そうだね。
気持ちは分かるけどさ。
できるなら私もオーレリアに任せてしまいたい。
だけど皇子は約束を果たしてくれた訳だから、招待に応じないって選択肢はないよね。
あれ以来、彼女は皇子が出没しそうな場所を避けている。私達の活動場所がノースマーク邸になったから、更に会う可能性は減った。
でもその分、皇子は機会を窺ってただろうね。
「話には聞きましたけど、あの失礼皇子が実際にどう変わったのか、興味があります。あたしも行っていいですか?」
「キャシー、面白がっていませんか?」
乗り気のキャシーに、オーレリアの視線が冷たい。
彼女にとっては笑い事じゃないからね。
招待はされていないけど、荷物持ち要員で同行くらいは可能かな? 練習着で強化を身に付けたキャシーなら、労働力として足りるよね。
「怖いもの見たさは褒められた事じゃないけど、どうせなら皆で行こうか。マーシャ達はどうする?」
「相手は帝国皇子です。私は、私はキャシーほど図太くなれません。ここで受け入れ準備を進めています」
「わたくしも留守番していますわ。スカーレット様を侮辱した、あの皇子を好きになれませんので」
「すみません、俺も同行できません。聖女基金の関係で、これから約束がありますから」
物好きは多くないみたい。
まあ、私もお勧めできないし、3人で行こうか。
先触れに答えた皇子の指定は、港湾区近くの喫茶店だった。
食事に誘われたなら断ってもいいけど、お茶くらいとなると、拒否し難いよね。自分の立ち位置を踏まえた上での計算だとしたら、案外侮れないかもしれない。
「おお、オーレリア嬢、急な呼び出しに応えてくれて感謝するよ。約束の魔物が届いた事を、早く知らせなくてはと急いてしまった。けれど会えてうれしいよ、僕の運命。今日も月の輝きを思わせる美しさだね。君に会えない日々で乾いた僕の心に、彩りを与えてくれる」
前の暴走を、敗北した事の錯乱か、一時的な興奮状態であってほしいと思っていたけど、無駄に終わったみたい。
多分、私達は視界に入っていない。
呼んだ事すら覚えていないとか、ないよね?
あんまりな皇子の変わりように、キャシーがピキリと固まった。
話半分くらいで聞いてたね?
店員がお茶を用意してるから、解放はしばらく先になりそう。ここでドン引きしてたら、身が持たないよ。
「このまま愛を語っていたいところだけれど、先に受け渡しを済ませよう。可憐な君に魔物は似合わないが、友人の為にと願った君の心意気に応えて、できる限りの品を用意したよ。どうか確認してほしい」
そう言われて、テラス側に並んだ檻に目を向けた。
ちなみに喫茶店はこの取引の為にと貸し切ったみたいだから、魔物を陳列しても周囲に迷惑は掛からない。
私達の視線は、その中の一体に集中した。
一見、丸く小さな青い爬虫類。手足を縮こまらせた全長はサッカーボールくらいしかない。まるで宙に浮くボールで、このまま森の中を漂うと聞いた。
「クランプルドレイクですか……初めて見ました」
比較的魔物に接する機会が多いオーレリアでも、驚くほど。
だって、あれ、竜種だよ。
体躯が小さくて鱗や牙を武具に使う事はないけど、薬の材料として珍重されると聞いた事がある。勿論私も、見るのは初めてだけど。
脅威度は低くても、生息数は少ないのが竜だからね。
帝国固有の魔物じゃないとはいえ、竜を差し出すとは思わなかったよ。
「勇壮な君には竜が似合う。そう思ったから、国元に無理を言わせてもらったよ。残念ながら、2匹目は用意できなかったが、他の魔物は希望通りに揃えてあるよ。これで喜んでもらえるだろうか?」
「え、ええ。皇子のお気遣いに、感謝いたします」
ここまでされたら、お礼を言うしかないよね。オーレリアの好き嫌いは別として。
私も割り込むのは止めてあげよう。
オーレリアが恨めしそうな顔で見てるけど、残念ながら諦めて。お茶の誘いくらいは受けないと。
「君にそう言ってもらえるなら報われる。これからも、何かあるなら遠慮なく頼ってほしい。僕は君に尽くすと、創造神へ誓ったからね」
愛の言葉を垂れ流すだけかと思ったら、貢ぎ属性もあったみたい。オーレリアの精神の安定を守る為には、あんまり属性を盛らないでほしいところだけど。
「ありがとうございます。何かあったら、考えますね。それにしても、クランプルドレイクとは驚きました。確か切り立った谷間に生息するのですよね。いいタイミングで捕まえられたのですね」
お、少しでも心に優しい話題に誘導する気かな?
「ああ、そう聞いているね。ただ王国と違って、帝国城の裏は絶壁だからね。谷底で強力な魔物が獲れる事は珍しくないよ。それより、帝国城から峡谷を見下ろす光景を、いつか君にも見てほしい。自然の荘厳さが突きつけられるんだ。もっとも、そんな雄々しさすら、君の前では霞むかもしれないけれど」
残念。インターセプト失敗だね。
会話の主導は皇子に戻ったよ。
というか、城の裏に竜がいるの!?
帝国の環境舐めてたよ。
「遺憾だけれど、今すぐ君を帝国に誘うのは難しいね。代わりに王国の素晴らしい場所を教えてくれないかい? 帝国人である僕の行動は制限されているけれど、いつか案内してくれると嬉しい」
「私は内陸部で育ちましたから、海を見た時感動したものです。皇子は如何です?」
オーレリア、近場で済まそうとしてない?
「海に面したワールスほどではないけれど、帝国城からも海は見えるからね。幼少から見慣れて、貴女とその感動を共有できないのは残念だね。ただ、帝国の荒れた海しか知らなかった僕は、王国の凪いだ海に驚いたよ。船で来たからずっと繋がっていると知っている筈なのに、別の海としか思えなかった。そう考えると、王国の海を初めて見た時抱いた想いは、同じ海に感動した君の想いに近いのかもしれない」
言葉の端々から、帝国の秘境感が窺えるね。
他はオーレリアに任せて、聞き流したいけど。
「今日は荷下ろしの関係で港に近いこの場所に招かせてもらったけれど、こうして海を眺めると、オーレリア嬢を育んでくれた環境に感謝したくなるね。そう言えば、荒れて近付く事も難しい帝国と違って、王国には海で泳ぐ文化があるそうだね」
「……そうですね。既に夏は終わってしまいましたから、また来年の楽しみです」
「その様子だと、スカーレット嬢達と楽しまれたようだね。そうと知っていたなら、もっと早くに王国へ来ていたのに、残念だよ。オーレリア嬢が水と戯れる様は、さぞ美しかったのだろうね。水の神と恋仲になったという海の精霊のように……」
どうでもいいけど、この皇子、やたら聖典や寓話に詳しいよね。
帝国では一般常識なのかな?
「水と戯れるオーレリア様なんていました?」
「さあ? 回遊魚と戯れる勢いだったのは覚えてるけど」
「強化魔法を習得したから何とかついていけましたけど、海水浴じゃなくて水中訓練かって感じでしたものね」
「皇子が勝手に夢見る分にはいいんじゃない? あの皇子なら、遠泳にも喜んでついて行きそうだけど」
添え物扱いの私達は、小声で突っ込む。
そのくらいしか暇を潰す手段がないからね。
「ところでキャシー、皇子様の変貌を確認した感想は?」
「もう胸がいっぱいって感じです。既に胃にもたれ気味かもしれません」
「分かり合える友人が増えて、嬉しいよ」
小一時間も付き合えば、お茶を終わらせても不誠実じゃないよね。
竜を貰った対価だと思って、もう少しだけ、心を殺して耐えようか。
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