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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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ジローシア様との密談

今日こそ、ノーラについてジローシア様と話します。

 お茶会の時間はおおよそ2~3時間、長過ぎと感じない程度でお開きになる。もう少し話したい事があると、グループに分かれる人達もいるけど、私は大抵すぐ帰る。


「スカーレットさん、少し時間を貰えるかしら」


 ただ、この日はジローシア様に捕まった。

 普通に話したいだけならお茶会で持ち掛けただろうから、内密の内容だろうね。むしろ、今日はこれが本命かな。


「エッケンシュタインの娘を保護したそうね」


 部屋を移動して、改めてお茶を淹れる前に、ジローシア様が切り出した。お茶会と違って、言葉を飾らない。

 皇子を凹ませた件じゃなかったか。国際問題にならないならいいや。


「はい。何か問題がありましたか?」

「いいえ。土下座までしたなら、それはその子と貴女の問題ですもの、口を挟む気はないわ。ひとつ言わせてもらうなら、その子が裏で、貴女に恨みを募らせている、なんて事はないの? その子にとっては、ノースマークはお母様の仇とも取れるでしょう?」

「大丈夫だと思っています。顔も知らない母親の恨みより、私へ罪悪感を抱くよう、誘導されて育ったみたいですから」

「……痛ましい話ね。でもこれで、ノースマークとエッケンシュタインの和解が成立したと思っていいのかしら?」

「何のお話でしょう?」


 笑顔でとぼけたら、ジローシア様がやれやれって顔になったよ。


「謝罪はあくまで個人のもの、そういう解釈なのですね。他の子息女からは何か?」

「何も?」

「……全てを当事者の娘に押し付けたと言う訳ですか。呆れた話ね。それで貴方がへそを曲げたとしても、私から何か言う事はありませんね」

「ありがとうございます。けれどそもそも、ノースマークが何かをしている訳でもありません。領地が抱える問題を、私達へ押し付けられても困ります」

「ええ、その辺りの事情も理解しています。ただ、このままいけば、エッケンシュタインは無くなってしまう、それは知っていて?」

「はい」

「……あっさり言うのね。300年の歴史、エッケンシュタイン博士の功績に、思うところはないのかしら?」


 そう言われても、私はあの家を切り捨てると決めている。


「自業自得ではありませんか? 暗殺未遂事件については、当事者ながら人伝の話しか知りませんが、その内容から判断する限り、そして前導師の人間性から考えて、エッケンシュタインだから何をしても許される、そんな甘えがあったように思います。過去の偉人には申し訳なくとも、仕方がないとしか思えません」

「……そうね。その通りではあるし、あの領地が周辺貴族から信用を失った事についても、王家が干渉する事ではないと思っています。それでも、このままエッケンシュタイン家が消えてしまう事を、看過できないのです」

「何故、そこまであの家にこだわるのでしょう? 王家の人間としても、ジローシア様個人としても、そう思っていらっしゃいますよね?」


 それだけの剣幕を感じるよ。


「この国における発展の象徴でしたから、そして、これからもエッケンシュタインが技術面の権威である事を望んでいます。権威の失墜は、対外への発言力を低下させます。周辺国に、発展後進国と思われるような事があってはなりません」


 それは、一人の功績に頼ってきた付けって気もするけどね。

 魔導変換炉を始めとして、博士が残した発明は多い。目標とはしていても、私がそこへ並ぶには遠い。代わりになりますとは言えないよね。


「貴女が前導師の罪を明らかにした際、魔塔への悪印象を最低限のものにしてくれたのと同じです。エッケンシュタインを、貴族失格の烙印を押された者の名に、笑いの種にしたくありません」

「そうして過度に守った結果、今の腐敗があると御存知ですよね」

「ええ、その通りでしょう。12年前の降格の後、自浄作用が働く事を期待しましたが、無駄に終わったようです。学院に来る若い世代を取り込む事も考えましたが、上手くいっていません」


 若い世代って、ノーラの土下座をニヤニヤ嗤ってた連中の事だよね。そんなの、上手くいく訳がない。


「遠縁も含めて、伯爵家を立て直せる人材を探しましたが、見つかりませんでした。スカーレットさん、エッケンシュタインに嫁入りする気はありませんか? 確か、丁度いい年頃の令息がいましたよ」

「うふふ、面白い冗談ですね。ノースマークを敵に回してみますか? この事、お父様に言えば、独立も視野に入れてくれると思いますよ」

「……そう言いたくなってしまうほど、あの家は追い詰められているのです。そこでスカーレット様に聞いておきたいのですが、エレオノーラさんは、どんな方でしょう?」

「―――!」


 吃驚したよ。

 この話の流れで名前が挙がると思わなかった。

 ノーラが罪人の子である事は事実。体面を重んじる多く貴族は、そうとしか見ない。


 どうもこれが本題みたい。


「ノーラを、エレオノーラをエッケンシュタインの後継にお考えですか?」

「彼女がノースマークに危害をもたらした者の娘のままなら、その選択肢はあり得ませんでした。周囲の賛同を得られなかったでしょう。しかし、貴女が彼女を許した事で、状況が変わりました。今では聖女様のお友達ですから」


 あー、私を巻き込む前提ですか。


「……ノースマークの傘下に入ったと見られる訳ですね」

「ええ。それがエッケンシュタイン全体に及んでくれれば話は早かったのですが、今のところ、彼女個人でしかありません」


 でもノーラが伯爵家を継ぐなら、私の許しは、改めて家全体に及ぶ。私もノーラと敵対しようとは思わないし、あの家の現状を放っておけなくなる。


「彼女の継承を、あの家の人間は認めるでしょうか?」

「どうでしょう? でも私が救いたいのはエッケンシュタインという名前、今その名を持つ者がどうなろうと、関わりはありません」


 わー、癌は排除する気満々だよ。


「ですから、エレオノーラさんの人となりを訊いておきたいのです。エッケンシュタインを任せられるかどうか」


 これまで私は、伯爵家が消えてくれれば、ノーラを苦しめる者もいなくなると思っていた。その後、ノースマークで雇うなり、傘下貴族の養子にしてもらうなりを考えていた。その頃には、もう邪魔は入らないだろうから。

 あまり事を急いで、ノーラの魔眼をエッケンシュタインの人間が知ったら面倒な事になるから、慎重に動いていた。


 でもノーラが伯爵家を継ぐなら?


 悪くない。

 ノースマークとしても、私個人としても。

 強い影響力を残す伯爵家とのつながりが手に入る。その価値は、ジローシア様の言う通り。そしてその名声は、私の聖女と非常に相性がいい。


 ノーラを使い捨てるつもりだった連中を排除して、その後に彼女が座るなら、こんな小気味いい事もない。私の気もスッとする。


 あの領地を立て直すのは大変だろうけど、彼女には魔眼がある。ノーラならいくらでも富を生み出せる。高位鑑定能力者ってだけでも、国の宝だからね。勿論、ノースマークやカロネイアも、再建に協力できる。

 懸念はノースマークの権威が肥大化してしまう事。でも話は、その事態を厭う筈の王族側から持ち掛けられた。ノースマークの影響拡大より、エッケンシュタイン衰退を問題視しているって事だよね。私に話を通してる訳だし。私抜きでノーラを動かせないのもあるだろうけど。


「念の為に確認させていただきたいのですが、この事はアドラクシア殿下もご承知なのですか?」

「勿論です。それに、発案は陛下ですよ」


 おっと、これ以上ないお墨付きだよ。


「申し訳ありません、懸念が一つあります。この件、適格と分かったならば、ノーラの意思は無視してでも進められるのでしょうか?」

「……場合によっては、とだけ言っておきます。ただ、暗殺未遂事件の確執はなくなったとはいえ、当事者の娘です。しかも、現伯爵に不満を持つ者は多く、その娘である事も枷になります。他の候補がいるなら、彼女である必要はありませんし、一旦空位にして代理を立て、エレオノーラさんの子を迎える事も考えています。当人にその気がないのに無理を強いるには、あの領地の立て直しは優しくありませんから」


 王家の意向が働いているにしては、譲歩されている方かな。

 あんまり乗り気にさせると、強行されるかも。ノーラの為にならないだろうから、魔眼の件は黙っていよう。


「伯爵になるだけの資質については、私からは何とも言えません。ですが、思想面では問題ないと思います。ノーラは伯爵家から完全に切り離されて、私に謝罪する為だけに育てられたようですから」

「少し聞いてはいましたが、酷い話ですね」

「才能面においては、白いキャンバスのようなものです。ノーラは礼儀面以外の教育を受けていませんから、本人のやる気次第で、どんな教育も入ると思います。機会が与えられなかった分、学ぶ事に餓えています。必要であると思ったなら、女伯爵となる絵も描けるでしょう」

「……つまり、エッケンシュタインを継ぐ者として推せる、と?」

「私はノーラの友達ですから、本人が望むならの話です。強制するような真似はできませんよ」

「……貴女らしいですね」

「正式な回答は父に相談してからになりますが、ノーラがその気になるなら、ノースマークとして後ろ盾になるくらいは、問題ないと思っています」

「!! ……それは、思っていた以上に、良い話を聞かせてもらいました。私達からも、侯爵へ打診致しましょう」


 伯爵を継ぐ。

 その道程は優しくない。


 私達貴族は、いつでも家の名を背負っている。

 でも、ほとんど幽閉状態だったノーラは、家の恩恵を受けていないと言っていい。だから、彼女は家から解放されてもいいと思っていた。

 でも状況が変わった。

 王家がノーラか、その子をエッケンシュタインの後継に望むなら、彼女は貴族に関わらずに生きられない。貴族の家に生まれてしまった以上、責任は圧し掛かる。

 それでも、家の為にと頭を下げたノーラなら、貴族としても生きる道もあると思う。


「エレオノーラさんがまともな教育を受けていないなら、義務の放棄と取れますね。伯爵家からの干渉があったとしても、保護する名分は成り立ちます。スカーレットさんは、このまま彼女を引き受けてもらえますか?」


 我が子を貴族として登録した親には、貴族としての生活環境を保障する義務がある。その中には、教育を施す義務も含まれる。

 ノーラは学院で私へ謝罪の機会を得る為に、貴族として登録してある。そうでなかったら、厳しい一般枠試験を突破しないといけないからね。

 でも実際は登録だけ済ませて、教育の機会を与えず、使用人を付けず、食べる物は標準以下で、着る物も碌に与えなかった。だから、エッケンシュタイン家は義務違反を犯している。


 私もこの件で、伯爵家の干渉を跳ね除けるつもりだった。

 義務違反を通報する書類は、既に提出している。そこには、ノーラをノースマークで保護すると、明記してある。


「それは勿論構いません。ただ、ノーラの意思確認には、少し時間をいただきたいと思います」

「何故です? そう余裕がある訳ではありませんよ。すぐにでも会ってみたいのですけれど」

「何年も待ってほしいと言う訳ではありません。どちらにせよ、ノーラが成人してからの話ですよね。それなら、彼女が成長する時間をください。彼女は、私に謝罪して全てを終えるつもりでした。その為、己の意思が弱いのです。今のままでは、周囲に流されてしまうかもしれません」


 特に私が促すと、ノーラにとっては命令になる。


「その状態が続くなら、領主に相応しいとは言えませんね。権威を継ぐ以上、傀儡は好ましくありません。待てばその状態を越えられるのですか?」

「ノーラは劣悪な環境でも、完璧な所作を身に付けたほどに聡明です。必ず期待に応えてくれると信じています。ですから、彼女が考える時間を、悩む時間をください。彼女がやりたい事を自分で決める、最初の機会をください」


 その選択に掛けた時間が、ノーラを強くしてくれると思うから。


「あまり長くは待てませんよ?」

「……感謝いたします」

「その代わり、水面下では動かせてもらいます。代官の育成、官吏の任命、周辺貴族への根回し、立て直し計画の立案、エレオノーラさんを支えられる婚約者の列挙、教育が不足しているなら家庭教師の選別と、進めなければならない事は山積みですから。貴方にも動いてもらいますよ。まずは聖女としての人脈で、エレオノーラさんは優秀なのだと、印象付けてください」

「ええ、よろしくお願いします。協力は惜しみません」


 他人事ではいられないよね。


「それから、この件が外に漏れる事が決してないよう、留意してください。伯爵家が知ったなら、間違いなく暴走するでしょう。そのせいでエッケンシュタイン家が取り潰しになる事態は避けなければなりません」

「はい。恨みがノーラに向かい、彼女を害する、などと言った事も考えられます。そんな事にならないよう、尽くさせていただきます」




 そんな話し合いがあって、ノーラはエッケンシュタイン伯爵家の次期当主候補になった。

 ジローシア様はノーラでいいものか、判断しかねているようだったけど。ノーラの子を頭から教育した方が確実とか思ってそう。ただその場合は、私達の協力がどれほど得られるか分からない。だからノーラを候補から外せないみたい。


 お父様も乗り気になってくれている。今回の事で知ったけど、年嵩の人ほど、エッケンシュタインの名前を守りたいって傾向があるみたい。

 周辺貴族も、伯爵家は信用できなくても、消えてほしい訳じゃない。エッケンシュタインが生まれ変わるなら、関係修復を考えてもいいらしい。

 そんな訳で、一族の挿げ替えはこっそり進んでいる。


 ノーラは実家を恐れている。

 学院で学んで、エッケンシュタインの在り方が、貴族として歪んでいる事も知った。そんな彼等が、また私に迷惑をかけるんじゃないかって、心配してる。


 でも、そろそろ解放されても良い頃だと思う。


 伯爵家を背負わせる選択肢しか用意できなかったから、楽にはなれないけれど、ノーラが悩むのは自分の為であるべきだと思う。

 だから私は、全てを話す事にした。

 今は答えを出せなくても、自分の未来に悩んでほしいから。


 そして、いつでも支えてくれる友達がいるんだって、気付いてくれたらいいな。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジローシア様最初の頃は「あ、この人は敵に回すとヤバイ人かも」な人なのかと思っていたけど、普通に優秀且つ優しい人だった。
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