ノーラの歪み
昼食をと誘った私は、個室のあるレストランへ向かった。貴族御用達のお店に行く機会が少ない私としては、珍しく。
内緒話をするのに自宅では気分が出ないのと、ノーラにきちんとした場所で食事をする機会を作りたかった。
彼女って、マナーは完璧なのに、それを実際の食事に生かした事がほとんどないんだって。ノーラにとって食事は、使用人と同じものか、それ以下のものを自室で食べるだけ。マナーを生かす機会もなければ、誰かと共にした経験もなかった。
だから、私はなるべくノーラを色んな所へ引っ張り回すと決めている。彼女に任せておいても、間違いなくこんな高級店には来ないから。
まあ、今回はそれだけの理由でもないけれど。
「あの、わたくし、こんなところでご馳走してもらう訳には……」
「今日は私が侯爵令嬢として、誘ったの。上級貴族との付き合いなら、これくらいは普通だよ」
断れば、私に恥をかかせるって知っているから、ノーラは強く出られない。
これも実践の1つだけどさ。
「でもわたくしの食事は、全てスカーレット様が手配しているではありませんか。その上で奢っていただくのは……」
うん。
確かに、手配は、してる。
食事に限らず、生活に関わるほとんどを、ね。
でもそれは、謝罪が済んだなら飢え死ねとばかりに、伯爵家が何もしないから。衣食住、何もかもが足りてなかった。服なんて、入学式に出る分しか用意されていないくらい。だから最初は、保護を決めた責任として、全て私が負うつもりだった。そう、最初は。
「今日は誘ったから奢るってだけで、ノーラには生活に足るだけの収入があるでしょう? 私はその手伝いしかしてないよ」
何しろノーラは、ほとんど自活している。しかも、貴族として最低限を保った上で。
「それは、スカーレット様が鑑定した分の報酬を支払ってくださるからではありませんか。わたくしには不相応です」
研究への協力で、給金が発生するのは、何もノーラだけの話じゃない。オーレリアにも、ウォズにも、きちんと対価は支払っている。そういう契約だしね。勿論、成果分を上乗せして。
キャシーが家を継ぐと考えたのも、それで男爵家に余裕ができたってのもあるみたい。オーレリアとマーシャは軍の装備を充実させるのにも使っているし、ウォズみたいに扶心会に全額投じる例もあるけどね。
使い方は自由にすればいい。貴族なんだから、お小遣い稼ぎのアルバイトとは比べられない。
それでもノーラは桁が違う。
「私が預かっているのは、ノースマークの税金と扶心会の寄付金。研究の利益もあるけど、協力してくれる皆への給料や次の研究予算だから、研究室で使い回すだけで個人的には使わない。友達を贔屓して、余分にあげられるお金なんて、私にないよ。だから、ノーラへの支払いも正当な対価。高位の鑑定師には、それだけの価値があるって話したでしょう?」
既に研究室には、居なくてはならない存在だし、ウォズやレグリットさんはいろんな鑑定依頼を持ち込んでくる。レグリットさんなんて、鑑定士辞めたのかなってくらいに。
その分、ノーラの懐は潤ってゆく。
「でもわたくしは、それが見えるだけですもの。大した事ではありませんわ」
どうもこの子は能力の凄さを分かっていないよね。
「私もモヤモヤさんが見えるおかげで回復薬を作れただけだけど、大した事ないかな?」
「そ、それは……」
私的には、眼のおかげって言うより、運が良かっただけって気もしてるけど。
でもノーラの自己否定は、世間中の才能に価値がないと言っているのに等しい。
「意地悪な事を言ってごめんね。でもノーラは特別だって分かってほしい。いつも私を助けてくれてるし」
「……え? わたくし、スカーレット様のお役に立てていますか?」
え? そこから?
今の疑似飛行計画だって、貴女がいなかったら、とっくに投げ出してるよ?
「勿論! ノーラが居てくれて良かったって、思ってるよ」
「そんな、わたくしにはそんなお言葉、勿体無いです。でも、スカーレット様の為になれているなら、良かったです……」
そう言ってノーラは朗らかに笑った。
研究室で時々見せる微笑みとは違う、しみじみと溢れた笑顔。
私の役に立ったと、心底喜んで見える。
うーん。
これは接し方を間違えたかな?
私に依存して見えたから、正当な評価や難解な鑑定をこなす事で、自信を持ってもらおうとしてきた。でも、私を介してでないと、どうも自己肯定に繋がらないみたい。
依存を受け入れた上で、自信を付けてもらわないとかな?
ノーラの歪さ、甘く見てたかも。
この場合、友達としての距離感もあまり良くなかったよね。
私が彼女と対等であろうとする事に、負い目を感じさせていたかもしれない。だから奢り1つで、過度に恐縮してる気がする。
それに、言葉にしなくても伝わっている筈、なんて思い込みは甘えだよね。
ノーラは所作が完璧で、取り繕う術も知っている。そのせいで何でもないように見えてしまうけど、彼女は生い立ちが特殊だから。
「今日だって助けられたよ。私はうまく付与できなかったけど、ノーラのおかげで形状変化ができるって分かった」
「わたくしは見えたままに助言しただけですわ」
「でもそれは、ノーラにしかできないもの。とっても嬉しかったよ、感謝してる。だから今日はそのお礼と、これまで溜まっている感謝を示す意味でも、私に奢らせて」
「そんな……」
「遠慮より、喜んでくれた方が、私は嬉しいよ。ノーラと一緒に美味しいご飯を食べたって、後で思い出せるから」
「でも……あ、いえ、分かりましたわ」
大袈裟でも、きちんと声に出そう。
ありがとうって伝えよう。
現に、私が嬉しいって知って、ノーラを次の言葉を飲み込んでくれた。
私への依存は深まるかもだけど、まずは自分を認める事から始めてもらおう。ノーラは凄いんだって、本人に喧伝し続けよう。ノーラ自身が自信を持てるまで。
この子は聡いから、そう遠い話じゃないと思うし。
席に案内された私達は、ランチコースを頼んだ。
貴族用のお店って、メニュー帳がない事、多いんだよね。メインを肉か魚で選ぶくらいで、大抵の場合、シェフにお任せとなる。
「何故なんですの? 食べたいものを指定した方が、ハズレを引く事も少なくありませんか?」
お忍びにも連れ回してるノーラは、こういったお店より、私好みの店に詳しい。
「多分だけど、何日も前に予約するのが普通だからね。好き嫌いがあるなら、その時伝えるんじゃない? 希望に合わせて、他の料理も調整してくれるだろうしね。王都住みの貴族は特にコース料理を好むみたいだけど、美味しく組み立てられる人ばかりじゃないし」
「お店に任せた方が、お客も満足できるかも、と言う事ですの?」
「うん。例えば牛肉好きの人がいて、前菜からメインまで牛肉で並べたら、胃にもたれるし、あんまり楽しめないよね。それで責められても、お店の人も納得できないだろうから、献立を任せてもらいやすいお店にしてるのかもね」
「ふふ、その例は少し大袈裟ではありませんか?」
いや、そういう貴族はいるからね。
「だから貴族側も、専門家に任せようって事じゃないかな? 私だって、フラン達に頼りきりで詳しくないし」
高級料理は特にね。
なんて雑談していたら、前菜が運ばれてきた。
季節の野菜に、魚を加えたサラダだね。お刺身の文化は王国に浸透していないから、サッと炙ってあるみたい。彩りに赤と黄色の食用花が散らしてある。
うん、美味しい。
シャキシャキした野菜に、口の温度で蕩けたお魚が絡まるね。
普段来ないけど、侯爵家の令嬢に相応しいお店だって、ジローシア様のお茶会で勧められただけはあるよね。
一口で、続きも楽しみになったよ。
ふとノーラを窺うと、一口運んでは、幸せそうに顔を緩ませてるね。
気に入ったのは間違いないようだけど、マナーをしっかり躾けられた彼女は、むさぼるみたいな食べ方はしない。その代わり、一口一口をしっかり楽しんでいる。
「―――♪」
うっとりしたノーラの笑顔を見て、やっぱり店の選択はこれで良かったと確信する。
この子、はっきりした意思表示はしないけど、食べるの好きみたい。
なら、良いところにも連れて行ってあげたくなるよね。
次に来た皿には、薄い板状のものが盛られていた。付けて食べるのか、クリームチーズも一緒にある。
「わー、パリパリに揚げたお肉ですわ。食感が楽しいです」
何だろうと思っていたら、ノーラが答えをくれた。気に入ったらしくて、小さく切った肉片をポリポリと味わっている。音が途切れる様子がない。
すっかり遠慮が消えて、楽しむ事を優先しているようで、安心する。
この空気なら、本題に入ってもいいかな?
「ねえ、ノーラ。エッケンシュタイン家を継ぐ気、ある?」
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