魔道具の改良と面倒な手紙
空間固定化魔道具の改良は続く。
手摺を付けるにしても、今のブロック型では掴むのに不便だし、組み立てに汎用性も持たせたい。要するに、もう少し思い通りに成形したい。
「雲を、雲を掴むような話ですね」
「うん、見えないものを思い通りに形作ろうって事だもんね。狙った通りにできてるか、確認もできないのに」
「固定化したブロックを削ったり、固定化前に形を確認できないでしょうか? 今のままだと、ノーラの負担が大きいです」
「いえ、わたくしはそんな……」
「うーん、そりゃ、できたら良いけどさ」
マーシャに相槌を打ちながら、私はスライムのゼリー質部分を千切る。それを丸めながら、無属性魔石を中に埋め込む。
何となく、前世であんこ餅作ったのを思い出すよね。
実はこれ、固定化魔道具の基盤だったりする。
見た目、街の子供が作るスライム団子みたいだけどね。街の子達は、それを投げて遊ぶ。より遠くに飛ばす為に、石を握り込んだりもするんだって。ゼリー質で包んであるから、当たっても痛くないとか。
私はこれに、魔法を付与する。
魔道具の基盤に、普通は金属板を使う。魔物素材を使用する場合でも、骨や鱗を成形するのが一般的。
でも今回の場合、それでは動いてくれなかった。魔力を流しても基盤が動作しない現象って、初期の魔導変換器製作の頃にもあったよね。素材と術式の相性不和ってやつ。
物体と空間の相性が合わないのは、何となく理解できる。でもそこまで。
何となら親和性が高いかと問われれば、見当もつかない。
空間に充満している空気なら、とも思ったけれど、気体に魔法の付与はできない。私の掌握魔法でモヤモヤさんを染み込ませる事はできるから、物体扱いではあるんだけどね。
水なら付与もできるのに。
そう思った時、研究室の隅にいるスライムと目が合った。魔漿液の採取用に、数匹を飼っているからね。暇潰し用とも言う。
まさかとは思ったけど、魔漿液とか、治療スライムとか、研究活用の前例は既にある。しかも、治療スライムの件で、付与が可能である事も確認済みだし。正確には生態の書き換えだったけど。
魔法を付与するだけなら、見た目に変化はない。魔道具にはとても見えない塊が鎮座するだけ。
ところが、これに魔力を流して術式を起動すると、スライム団子は中の魔石ごと溶けて消えてしまう。
「いつ見ても、いつ見ても訳が分かりませんね。スライム片も魔石も、何処へ行くのでしょう?」
「だよね。原理が理解できないから、考察が進まないよ。術式として一緒に消費されてるのかな? ノーラ、何か分かる?」
「……すみません。わたくしには魔力を注いだ瞬間、ブロック状に変形して見えますわ。形が変わる以上の事はちょっと……」
「ノーラ的には、スライム団子も固定化したブロックも、形以外に違いはない訳だね。その辺りに成形のヒントがないかな?」
「魔力を……、魔力を通す前のスライム片を成形してみますか?」
「なるほど、スライム片の形を固定化範囲として付与する訳か」
安直な気もするけど、代案を思い付かないんだから、試すしかないよね。
「じゃあ、細い筒状にしてみよう。上手くいくなら、手摺になるかも」
早速、魔石入りのスライム片を棒状に延ばす。やってる事が粘土細工みたいだけど。
これでも、王国最先端の研究だよ。
「む。付与が難しい」
「スカーレット様、スライムの表面を覆うつもりで術式を広げてください。スライム自体より、スカーレット様の術式で包んだ範囲が固定化されそうですわ」
固定範囲は私次第と言われて、スライムに添えた右手に力が入る。
「ありがと、ノーラ。魔法を薄く使うのは、強化魔法で慣れてるから得意! …………な筈、だったんだけど、ね」
出来上がった固定状態に触れてみると、悲しいくらいにでこぼこしてた。強がった分、やるせない。
私、こんなに下手だったかな? 自分にがっかりだよ。
「だ、大丈夫、大丈夫ですよ、レティ様。このくらいの凹凸なら、手摺にするには十分です」
「そうですわ。一度の挑戦でこれだけできるんですもの、次はもっと上手くいく筈です」
ごめん、マーシャ。
フォローのつもりで追い打ちしないで。
ノーラも、悪気がないのは知ってるけどね。私の心は痛いんだよ?
想像を形にするって、難しいんだね。これはかなり練習が要る。
そんなこんなで苦闘していたら、フランが私宛の手紙を抱えて戻って来た。
今日はマーシャとノーラしかいないけど、いつでも実験できるよう、私達は収穫祭まで王都邸を拠点としている。だから時々、ノースマークの仕事も届く。フランが内容を確認して、皆の前で読んでも問題ないものだけね。
上手く進まない時は、気分転換も良いかな。
決して、現実逃避じゃないからね。
基本的に、私の確認が要るだけで、大した書簡は届いていない。大部分は面会依頼。放ってはおけないけれど、収穫祭までは研究が優先かな。
その他は扶心会への出資話、相手を精査したらウォズに投げればいい。誰のお金でも預かれる訳じゃないから、相手は厳選しないとね。
後は、怪しい共同研究の提案状。聖女を利用して儲けたいだけの魂胆が透けて見えるから、相手になんてしない。せめて、もう少し取り繕おうよ。
で、最後はエッケンシュタイン家の紋章入りだった。
そろそろ来ると思ったよ。
一応、中身を流し読みして、そのままフランに返した。
要約すると、娘が謝罪した筈なのに、領地の境遇に変化がないのはどういう事だって文句が、延々と綴られていた。しかも何故か上から目線で。まだ侯爵でいるつもりかな? それとも13歳の小娘相手なら、これで十分とでも思ったのかな?
正直、真面に読む価値を感じない。
謝罪文の1つでも送って来たなら、一考したかもしれない。でもこの書面からは誠意の1つ感じられない。エッケンシュタイン伯爵とは建国祭で挨拶を交わした程度だけど、弟、前導師と同じ人間性だって理解できたよ。まあ、ノーラの語る端々から予想はしてたけども。
そもそも、今のエッケンシュタイン領を取り巻く状況は、周辺貴族の信用を失ったから。ノースマークは直接関係ない。その辺りすら、理解していないよね。
「捨てといて」
「はい」
言った傍から、手紙は紙片に変わる。人間シュレッダー、フラン、仕事が早い。
「え? あの……」
紋章が先に目に入ったかな? 実家の事だから、他人事じゃないよね。
ノーラをこれからどうするか、私の中では固まっている。彼女を許して、受け入れる事にしたのは私だから、全面的に動くと決めた。勿論お父様にも相談して、既に賛成は貰ってある。水面下での手続きも進んでいる。
もう少し世間を知ってから、ノーラには選んでもらいたかったのだけど、いい加減頃合いかな? 考える時間は必要だろうし、エッケンシュタインからノーラへ干渉がある前に、答えを出してもらわないとね。
「ねえ、ノーラ。一緒に食事に行かない?」
「はい。……え、でも……」
彼女は、基本的に私の言う事には素直に従う。命令しているつもりはないから、もう少し自分の意思を持ってほしいところだけどね。
でも今日は、一緒にいるのに、私がマーシャを誘わなかったものだから、困った様子を見せた。研究室では、都合が合うなら皆一緒が基本だからね。でも残念ながら、今日のマーシャはお留守番。
「もうすぐキャシーも来るでしょうし、私は、私は今日進めた分をまとめておきますね」
「ありがと、お願いね。じゃあ、ノーラ、行こう」
少し強引にノーラの手を引く。
今日は彼女に、ちょっと嫌な話をしないとね。
私は友達のつもりだけれど、家を背負っている以上、キャッキャ、ウフフだけでは済まない事もあるのだから。
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