空中を歩こう
オーレリアのおかげもあって、浮遊種の魔物を入手する目途は付いた。
だからと言って、それをただ待っている訳にもいかない。何しろ、着想の1つであって、魔物が手に入れば全て上手くいくほど、検討を重ねていない。
ノーラって頼りになる鑑定人はいるものの、魔物の浮遊器官を魔道具で再現できるかどうかは、私達次第だからね。
収穫祭まで10日と少し、できる事はしようと、新しい魔道具作成に着手した。
「レティ様、ホントにここ、歩くんですか?」
その成果を前に、キャシーが怖気づいた事を言う。何度も確認は取った筈なんだけどね。キャシーって、高所恐怖症だったかな?
ここはノースマークの王都邸。
空中浮遊を学院で試すには、研究室は狭いし、外だと人目に触れる。当日までは秘匿しておきたいので、適度に広い自分ちの庭で実験している。サプライズにこだわっている訳じゃなくて、新しい技術は、ある程度の目途が立つまで人目に晒したくないからね。
実際のところ、空中浮遊というより、空中歩行だけど。
先日、階段を見て思い付いた。
今回の目的は、空を飛ぶ事自体じゃなくて、収穫祭のイベントを彩る為の演出。疑似的に空に浮かんで見えるだけでも問題ない。
それなら、不可視の足場を作れば、傍目には浮かんで見えるんじゃないかな。
飛行魔道具は、それはそれで完成させたいから、別途研究は続けるけどさ。
使用したのは空間魔法。
現状、私しか使えないし、ノーラがいなければ術式に落とし込むのも無理だった。
イメージは前世の横スクロールアクションゲーム。根拠なく浮かぶ足場を魔法で作ってみた。
ラバースーツ魔法やアイテムボックス魔法ができたんだから、前世のファンタジー知識の再現もできると思ったんだよね。
なら飛行魔法や瞬間移動もできる筈だけど、多分、常識が中途半端に足を引っ張っている。飛行機を知っている分、揚力を得る機構や推進力がないと、自分を騙せない。瞬間移動は蠅になる映画が認識を阻害する。ドアの奴もあるけど、行先決定の機構が理解できない。
線引きは微妙だけれど、前世の科学で実現可能なものと、あの頃既にファンタジーにしか存在しなかったもので、何となく分類されているみたい。後者は、理屈が不可解な部分を魔法で埋めて、現実のものとしてしまう。
私、どれだけ理不尽な存在なんだろうね。
でも今なら、私のフワッとしたイメージ部分を、ノーラが理論として読み取ってくれる。
魔力を通した空間を、物質として固定化させる。
定義すると、そんな感じ。
属性を持つ全てが物質として扱われるこの世界ならでは、だよね。作用範囲を指定して、魔力を通せば、何もない空間すら無属性物質に変わる。前世なら、科学者の歴々から間違いなく総突っ込みだけど。
固定化した空間は、どんなに力を加えても、その場から動く事はなかった。
まあ、元々物理法則の外にある現象だからね。空気を固めているとかじゃなくて、座標そのものを固着させているみたい。
込めた魔力を消費すれば、露と消えるけど。
かなり強固な壁にもなるから、応用範囲は広いんじゃないかな。
で、その不可視な足場を上ってみた。
確認実験くらい、色付きでも良かったのだけれど、空間に色を付ける方法がなかった。気体や炎で色のある部分を固めても、それらを押しのけて固定化されるんだよね。
「これ、怖いですよぉ! 何処が足場か分からないから、今にも踏み外して落ちそうじゃないですかぁ!」
キャシーが涙目なのはその為。
理論の組み立てから魔道具の試作までは、いつものように興奮してたのにね。いざ歩くとなると、現実を知ったみたい。2階の窓から数歩進んだだけで震えている。
「キャシー、そんなふうに、そんなふうに縮こまっていたら、優雅に見えないわよ。もっと胸を張って歩かないと」
「見てるだけのマーシャは黙ってて! ホントに怖いんだからね!」
舞台に立つのは私達だから、実験もキャシーとオーレリアと3人で担当している。
でもマーシャの言ってる事は間違っていない。しとやかに舞台に降り立たないと、この魔道具の目的を果たせない。
ちなみに、舞台に上がる予定はないけれど、ノーラは固定化された状態が見えるから、普通に歩けるんだとか。
「オーレリアは平気そうだね」
「ええ、これくらいなら飛び上がる事もありますし、もしもの時でも風魔法で減速できますから」
目で追うのも難しいくらいに速く動ける彼女なら、落ちてからの対処も間に合う訳だ。
「だってさ、キャシー。落ちてもオーレリアが拾ってくれるよ」
下にはクッション敷き詰めてるし、即死しなければ特級回復薬もあるけどさ。
「落ちる前提で話すのは止めてください! 痛くなくても怖いじゃないですかぁ!?」
「だから練習してるんでしょう。蹲っていないで、少しは慣れないと」
「今はこの状態に慣れる為にじっとしていますから、急かさないでください!」
そう言われてしまうと待つしかない。
一度落ちたら覚悟が決まったりしないかな?
私が平気なのは、既に落下を体験済みだから。ラバースーツ魔法に魔力を通せば、このくらいの衝撃は何でもないって知っている。大火の時は、もっと高く速く飛んでたからね。
「スロープを作って、滑るだけにできませんか? あたしでも、それくらいなら可能そうです」
滑り台方式だね。
でもそれには技術的な問題がある。
現状、ブロックを積むみたいな形でしか、足場を作れないんだよね。形状変化は難しい。
何しろ、固定化された状態を目視できるのが、ノーラしかいない。イメージと実形の齟齬を、私達では埋められない。複雑な形を組もうと思ったら、その少しずつのズレが危険をはらむ。
ノーラは頑張って説明してくれるけど、口頭での疎通には限界があるしね。
スロープなんて作ったら、途中に段差があるかもしれない。見えないまま滑り込んだら、大変な事になりかねない。手触りでそれは防いだとしても、綺麗に勾配を作るのは難しい。私達、建築に関しては素人だからね。
「それに、座って滑る訳にはいかないよ。あくまでも、空から舞い降りる演出なんだし。明らかに足場を感じさせる状態は避けないと」
「う゛……」
今回のプロデューサー、厳しいからね。
本番では、なるべく緩やかな斜面にする予定だし。歩いて見えるのは仕方ないとして、何もない感は演出しないとね。
せめて手摺を作れば、キャシーの恐怖心も和らぐかな?
そんな事を考えていたら、下で庭仕事をしていたベネットと目が合った。
私は手を振ったのに、何故か彼女は狼狽えながら目を逸らしたよ。
「あ」
うっかりしてた。
「どうしました、レティ?」
「あ、うん。今更気付いたんだけど、この状態、下から覗くとスカートの中、見えるよね」
「!!」
慌ててオーレリアがスカートを押さえる。
でもそのせいでバランスを崩した。
あ、落ちた。
何処か暢気に、オーレリアを目で追ってしまう。
この時点で、私が救助要員として役に立たないのは確定したけど、彼女は自ら対処した。
咄嗟に風魔法を発動させて、体勢を正す。
ふわりとドレスが広がって、身体が浮かび上がり、そっと地面に着地した。落ちる様子まで含めて風雅で、最後まで見惚れたよ。
あれが再現できるなら、今の試行錯誤もしなくて済むのにね。
私達が作っているのは手段で、オーレリアのは磨き抜かれた技術。一緒にしちゃいけないって分かってはいるんだけどね。
「で、薄いオレンジ、だったよね」
オーレリアには悪いけど、風でスカートが広がったから、全部見えたよ。
建物側にいるマーシャ達に確認したら、困り顔で頷いてくれた。ウォズは反対向いているけど、それ、見えた後で、だよね。
スカートを押さえたせいで落ちたのに、全部裏目に出た事は、本人には黙っていてあげよう。
「オーレリア、大丈夫?」
「はい。ちょっと吃驚しましたけど。それより私、カッコ悪いですね」
2階の高さから落ちたのに、それで済むあたり、オーレリアだよね。
ついでに、ぴょんと跳び上がって、足場まで戻ってきた。うん、全然平気そう。
「ほらキャシー、オーレリアが大丈夫だって証明してくれたよ」
「大丈夫だなんて、思える訳ないじゃないですかぁ!? ちょっとした事で落ちるって分かったんですよ? 私には無理ですぅ!」
あーあ、屋敷の方へ逃げたよ。
これで振り出し、前途多難だね。
何だかんだと問題は多いから、安全対策を考えないとかな。
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