番外 異世界のクリスマス
メリークリスマス
元々は閑話を書くつもりはなかったのですが、スーパーに買い物に行った際、クリスマスだからと人が溢れている様子を見て、ネタが湧いてきました。そういえば新年話は書いたけど、クリスマスはなかったな、と。
急な思い付きで更新が遅れてしまいましたが、楽しんでいただけると幸いです。
時系列的には、52話 新しい年を迎えて のあたりです。
2年生編で書くには、時期が早すぎるので。
Side スカーレット
時期はまだ1年生だった12月、ニュースナカへの遠征を中止して、コールシュミット領に滞在していた頃の話。
ヴァンデル王国の暦は、12ヶ月で1年となる。1月当たりの日数には違いがあるけれど、私的には覚えやすくて助かっている。
その最終月も終わりが近付き、年内に王都へ戻れる見通しは無くなった。
そうとなれば開き直るしかない。
私はキャシー達と魔道具作りにいそしんでいるし、オーレリアは烏木の牙と一緒にギルドの依頼をこなしている。ウォズもビーゲール商会の支店に顔を出して、都心を離れた環境だからこそできる勉強に励んで、思い思いに時間を使っていた。
それでも食事くらいは顔を揃える。
その日も皆で朝食を摂っていた時、唐突に24日だと思い出した。
「チキンが食べたい!」
つい先ほどまで、川魚のムニエルを美味しそうに摘まんでいた筈の私が、突然メニューにケチを付けるような事を言い出したものだから、視線が私に集中した。
勿論私はムニエルに不満なんてない。
それどころか、普段ならメニューに口を挟んだりしない。ノースマークの料理人は信頼してるし、旅先で食事の手配をしてくれているフランについては言うまでもない。いつもは希望があれば、数日前にはお願いして、調整をしてもらっている。急な我儘は、使用人達の負担になるって知ってるからね。
ただ、前世なら今日はクリスマス・イヴなのだと思い出したら、急に鶏肉料理が食べたくなった。
世界的にはクリスマスに食べるのは七面鳥らしいけど、元日本人の私は、本物のターキー、食べた事なかった。だから私にとって、クリスマスは鶏肉を食べる日。
ちなみに七面鳥、こっちの世界では普通に食卓に並ぶよ。
当たり前だけど、この世界にクリスマスはない。宗教上の偉人が、同じ日に亡くなっていたりもしない。だから、この気持ちは誰にも分かってもらえない。
「どうしたんですか、レティ? 朝食、足りませんでした?」
おっと、いけない。ただの食いしん坊だと思われている。
「違う違う。今じゃなくて、夕食の話。急で悪いけど、鳥料理が食べたい。それもちょっと豪華に」
「レティ様が、レティ様が急に望まれるのは珍しいですけど、良いのではないですか? 入手が難しい食材でもないですし」
「鶏肉、美味しいですよね。あたしも賛成です」
フランもコクコク頷いてくれてる。
彼女には料理の指定もしたいから、もう少し我儘言わせてもらうけどね。
「市場へ行くのも良いですが、この時期なら、この辺で渡り鶏が獲れますね。何羽か捕まえてきましょうか?」
「! グリットさん、最高! 是非お願いします」
渡り鶏っていうのは、季節毎に生息域を変える変な鶏。
普通の鶏より一回りくらい大きくて、車の移動なら邪魔になる程ではないけれど、群れで駆けるから、田畑には被害が出ると聞く。冬はこのあたりにいるみたい。
多くを走る分、身が引き締まって美味しいんだよね。魔物だけど、鶏肉の上位互換って感じで。
「勿論、報酬は弾みますよ」
「あ、いえ、報酬はいいんで、渡り鶏の御馳走を、俺達にも回してもらえませんか?」
「? ええ、皆で食べましょう」
私が豪華な料理を希望したから、貴族組だけで楽しむとでも思ったかな?
そんな寂しい事しないよ。
最近は、こうして食卓を囲んでいる訳だし。フラン達使用人組は、いくら言っても席についてくれないけれど。
「やった!! リーダー、頑張って来てほしいっス!」
一番張り切ると思ったのに、グラーさんは何故か他人事気分。
ついでにニュードさんも視線を合わせてくれなかった。オーレリアはグリットさん達と一緒に気合いを入れてるけどね。
「グラーさん達は、渡り鶏獲り、行かないんですか?」
「……渡り鳥、走るの速い」
あ、追い付けないのか。
野生の鶏でも、普通の人には無理ってくらいに速いし、跳ぶし。
その上、渡り鶏は魔力で強化された魔物だからね。
「でもグラーさん、ニュースナカでとっても速く動いていませんでした?」
「…………」
「あー、グラーは素早いんですが、持久力がないんですよ。だから痩せろって、言ってるんですがね」
「これまではパーティーだけで行動してたから見逃してたけど、スカーレット様と専属契約を結ぶ事になるなら、甘やかしてあげられないんだからね。これからは厳しく言わせてもらうわよ!」
「…………はい。とりあえず、ダイエットは今日の御馳走を食べた後で考えるっス」
前途多難そうだけどね。
結局、グリットさんとヴァイオレットさん、クラリックさん、そしてオーレリアが渡り鶏を獲りに向かった。グラーさんとニュードさんは、2人で受けられる仕事を探して、ギルドへ行くみたい。
どんどん夕食への期待が高まるね。
毎年こんな事してる訳じゃないんだけどね。そもそも前世でも、クリスマスに毎年お祝いなんてしていなかったし。
子供の頃は家族でパーティーしてたけど、一人暮らしを始めてからは遠ざかっていたよね。大抵平日だし、年末忙しいし、何だかんだと面倒だから。
休日と重なれば、温泉で1日自分を甘やかしていたくらいかな。行っても温泉旅館だったから、クリスマス感は乏しかったけど。
今年は旅先だし、今の私は12歳の女の子だからね。少しくらい羽目を外してもいいんじゃないかな。
Side グリット
渡り鶏獲りは昼過ぎで終わった。
魔物といっても、人を襲うほどじゃないから歯応えがない。田畑への被害が深刻になって、群れの全滅依頼が出るくらいじゃないと、渡り鶏の討伐なんて俺達が受ける仕事じゃないからな。
しかも、今日はオーレリア様がいたものだから、俺の仕事は風で巻き上げられて転落死した鶏を集めて運ぶくらいだった。おかげで今日の夕食分だけのつもりが、山盛りの収穫になった。
ギルドでは随分喜ばれたし、手応えはなくても、たまには誰かの為になるだけの仕事も悪くない。
それに、スカーレット様は殊更喜んでくれるしな。
早く戻ったところで、特にする事はない。スカーレット様の侍女に肉を引き渡したら終わりだ。
一応、俺達はスカーレット様達の安全確保の為に滞在しているが、コールシュミットの領主から騎士団が警備に回されているから、基本的に俺達に出番はない。あくまでも万が一の要員だからな。
グラーとニュードは荷運びの依頼を受けたらしいが、そちらに合流するにも、時間が中途半端だ。結局、ゴロゴロしてしまっている。
ご馳走が用意されていると知っているから、酒を飲みに行く気にもなれんしな。
「休日にやる事がないお父さんみたいね」
ゆっくりしていたら、部屋を覗きに来たヴァイオレットにからかわれた。
こいつはエステだマッサージだと、今の待遇を満喫してやがるからな。今も肌がつやつやしてるので、その帰りと思って間違いない。
「恋人も好きな女もいない男に、何を言ってやがる」
「それでも、あんたを好きになってくれる子くらいはいるでしょう? そのだらしない姿を見せたら、がっかりされるわよ」
「はっ、そんな奇特な娘がいるならな。ギルドの若手に誘われて、婚活パーティーってやつに行ったら、獣っぽ過ぎて無理って言われたぞ」
「…………本気で言ってる?」
「はあ? 何がだ?」
「……何でもないわよ。あの子は苦労しそうだって呆れただけ」
何の話だ?
「とにかく、エステを受けろとまでは言わないから、もう少し身嗜みに気を使いなさい。急に化けろなんて言っても無理だって知ってるから、少しずつ繕う事を習慣付けなさい。あんたは世間体なんて気にしないだろうけど、それで迷惑する子もいるって事を、考えな!」
なんだか知らないが、滾々と説教が始まった。
のんびりするつもりが、とんだ休息になってしまったぞ。クラリックは、とっくに俺を見捨てて部屋から消えていやがるし。
何がこいつの逆鱗に触れたんだ?
結局、ヴァイオレットの説教が緩んだのは、西の空が赤く染まってからだった。
ガヤガヤと、仕事を終えたグラー達が戻ったからでもある。
「いやー、働いたっス。思った以上に重い荷物が多かったから、少しは瘦せたかもしれないっスよ」
お前は、これから消費した以上のカロリーを摂る気だろうが。
「……いい汗、かいた」
「うん、これだけ頑張ったら、夕飯はより美味しいに違いないっス!」
その為に手を抜かないんだから、大した奴だよ。
もっとも、その情熱を他に生かしてほしいとも思うがな。
「あれ、リーダー達は一緒にいたんスか? 2人だけって、案外珍しいっスね。クラリックは何処行ったんスか?」
「……待て。様子、おかしい」
グラーの馬鹿は暢気に部屋に踏み込んで来たが、ニュードは直前でヴァイオレットの機嫌の悪さを察知した。プンと、汗臭さが分かった時点で、遅いと思ったが。
「あんた達、すぐに風呂に入ってきなさい。その汗臭いままでウロウロしてたら、今日の夕食、辞退させるわよ!」
「!!! わ、分かったっス!」
「……了解。急ぐ」
グラーもその剣幕を一瞬で理解して、あっという間に走り去った。
ヴァイオレットの本気が伝わったなら、グラーにとっての最悪の事態も起こり得るって知ったみたいだ。
うん、あの状態でこの高級ホテルの中をうろついちゃいけないって事くらいは、俺でも理解できる。
「全く、困った奴等だな」
「ええ。でもこれで邪魔者はいなくなったから、もう少し続けましょうか?」
あれ?
これ、夕食の時間まで続くのか?
結局、何が言いたいのか分からなかったヴァイオレットの説教から、漸く解放されて食堂に向かう。
男でも身嗜みを整えなきゃいけないってのは分かったが、冒険者には必要のない話だと思うんだがな。口答えできる雰囲気じゃなかったが。
お貴族様との付き合いが続くなら、リーダーの俺くらいは、その辺りも考えろって事か?
それでも、スカーレット様達との約束に遅れる訳にはいかない。
ヴァイオレットはまだ言い足りなさそうではあったが、お貴族様との約束を優先してくれた。多分、美味しいものでも食べれば、イライラも収まるだろう。
「あれ?」
食堂の扉を開けて、戸惑った。
部屋の明かりが全て消えている。
ここだと思ったが、部屋を聞き間違えたか?
お貴族様が滞在する高級ホテルには、冗談みたいな広さの食堂が複数あるからな。
「リーダー、オレ、腹減ってるんスよ。無駄足を踏ませないでほしいっス」
「……早く、思い出す」
楽しみを空かされて、グラーの奴が殺気立ってやがる。お前、そんな声出せたのかよってくらい、低いドスの利いた声になってるぞ。
「確かにこの部屋だと思ったんだがな……?」
「グリット、急がねーと、グラーが暴走しちまいそうだぞ。あと、平気そうな面しながら、ニュードも機嫌が悪い」
付き合いが長いだけあって、クラリックは表情筋の少ないニュードの機微にも敏感だ。でもこれは俺が悪いのか?
「この部屋で合っております。どうぞ、お入りください」
困っていると、スカーレット様の侍女さんが後押ししてくれた。
「いや、でも、真っ暗なんだが?」
「問題ありません。既にスカーレット様も中でお待ちです」
躊躇する俺達の背中を、フランさんが押す。スカーレット様付きの侍女だから、強引な拒否もできず、部屋に押し込まれた。
フランさんが扉を閉めると、完全な闇に閉ざされる。
えっと?
どうしていいものかと考えていると、スカーレット様の元気な声がした。
「メリークリスマス!」
何を言ったのかは分からなかったが、その声と同時に、天井からキラキラと、光が降り始めた。
「え?」
「何? 何スか、あれ?」
「わぁ、綺麗ね」
「……星、降ってくる」
「スゲーんじゃないか、これ」
キラキラ、キラキラ、と。
その星屑は、数を増してゆく。
音なく光が流れる様は、幻想的に見えた。
一瞬、光の粒が床に落ちて、引火する事も心配したが、落ちた光は何度か転がると、その明かりを失って消えた。どうやら安全らしい。
興奮したグラーは星屑を掴もうと手を伸ばしている。
あれで、結構ロマンチックなんだよな。掴んだ筈の手をそっと開いてみるが、何も残っていなくて残念そうだ。
徐々に増す光量に目を開けていられなくなった時、部屋に明かりが灯った。
「やった! 大成功!」
「ええ、ええ、とっても、とっても綺麗でしたね」
「あたし達、ちょっと凄いものを作っちゃったんじゃないですか?」
「ええ、これは本当に凄いです。公開すれば、多くの人が買いに来ますよ、スカーレット様」
「おめでとうございます、レティ」
明るくなった部屋の中央で、スカーレット様達が喜びの声を上げている。
どうも、新しい魔道具のテストだったらしい。
随分と、頑張って作っていたみたいだしな。上手くいって嬉しそうだ。
何がどう凄いのかよく分からないが、話題になる事は間違いないだろう。俺が柄にもなく見惚れたくらいだからな。
そして、明るくなったおかげで、豪勢な食卓も目に入った。
俺達が獲ってきた渡り鶏は、丸まま焼かれて皿の上に鎮座している。実に喰い応えがありそうだ。しかも、鶏料理はそれで終わりじゃない。皮がパリッパリになるまで焼かれた料理に、揚げ物、でっかい塊の入ったスープ、照り焼きなんてのもある。他にも、ピザやキッシュ、ポテトサラダにもゴロゴロ入ってそうだ。
しかも、鶏肉を食べたいと言っていた筈なのに、でっかいローストビーフの塊や、豚肉の塩釜蒸しに、白身魚のソテー、牡蠣の酒蒸し、エビフライまで並んでいる。
さらに奥の大きく白い円筒は、ケーキか? ヴァイオレットの目が釘付けになっているぞ?
「―――」
グラーの馬鹿なんて、声にならない歓声を上げていやがる。だが、魔道具の完成を喜ぶスカーレット様達を置いて、食べられる訳がない。
「あ、食べるのはちょっと待ってくださいね」
俺達の様子に気付いたスカーレット様からも、制止が入った。
分かってはいるが、こいつ等に待てを言うのは、そろそろ限界なんだが。
「食事の前に、皆さんにプレゼントがあるんです」
そう言うスカーレット様は、暖かそうな白の毛皮で縁取りした赤いコートとズボン、更に三角帽子と、不思議な出で立ちをしている。
赤い恰好は珍しくない人だが、今日は何の意味があるのだろう?
というか、プレゼント?
「はい。皆さんには、これから寒さが厳しくなるニュースナカで、データ採取をしていただかなくてはなりません。ですから、私達から、精一杯のプレゼントを用意しました。どうか、受け取ってください」
そう言って、侍女さん達から差し出されたのは、魔道ストーブに、魔力を通せば温かくなる携帯カイロ、火の出ない魔道コンロと、これからの季節を思えば非常に助かる品々だった。
しかも、まだある。
「これは酒か? しかも、こんなにも!?」
「ええ、待機中は時間も余るでしょうから、ゆっくり楽しまれてください」
目のないクラリックが狂喜している。
こいつを酒漬けにしても余りそうな酒樽を見せられれば、そうなるのも仕方ない。瓶もあるが、俺の知っている銘柄だけでも、軽く今回の依頼料を超える。
これが12歳の気遣いか?
「それから、皆さんがニュースナカに滞在中、生活に不便がないよう、メイドと宿をキャシーが手配してくれています。ですから、皆さんは山の探索に集中してください」
メイド?
冒険者にしか過ぎない俺達に、メイドが付くのか?
待遇が凄過ぎて、驚く。
しかも、これが全部厚意で、裏なんて無いんだよな。
俺達の為に、なんて言ってくれているが、報酬は別に貰っているし、冬山で冒険者が震えるくらい日常だ。スカーレット様が気にかける必要なんて、本来なら無い。
「大変かもしれませんが、皆さんが集めてくれる実験結果で、私達の研究は大きく進みます。ですから、私にできる事があるなら、何でも言ってくださいね」
だと言うのに、本気でそう言っているようにしか見えないスカーレット様に、思わず目が潤んで、慌てて顔を背けた。
この人は、冒険者を便利屋扱いしたり、しないんだな。
そして胃袋に懐、何もかもを掴まれてしまっている。もう頭が上がる気がしない。
「じゃあ、フラン達が用意してくれたご馳走、皆でいただきましょうか!」
この人は時折、侍女の名前を口にする。しかも、とても誇らしそうに。俺達も、そんなふうになれるだろうか?
もう、俺は迷わず、彼女達の輪に混じったよ。
1つの話の中で視点が変わるのは好まないのですが、話の構成上、どうしてもこうなりました。光の魔道具の第3者視点が書きたかったのです。(愛すべき烏木のバカ視点の方が、筆が乗ってしまいましたが)
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




