帝国皇子は諦めない
「オーレリア嬢! 僕の胸は君に撃ち抜かれた。剣を打ち合わせた時、全身に電流が走った」
完璧に受け止められて、手が痺れただけじゃないかな?
「君に打ちのめされて、運命を告げるという天の鐘の音を聞いた」
床を背中で打った音だと思うよ?
ここ、フローリングだし。
「僕の心は、喜びで打ち震えているよ! ああ、この国に来られた僕は、なんて幸せ者なのだろう。運命を織ってくれた創造神に、最上の感謝を捧げたい!」
正直、逃げ出したい。
でも困った事に、オーレリアの左手を、皇子がしっかり握って離しそうにない。見捨てるなんてできないよ。
「どうして僕は、恋する気持ちを分かったつもりでいられたんだろう? こんなにも胸を締め付けて、こんなにも世界を輝かせてくれるなんて……。どうして知らずにいられたんだろう?……いや、それは当然だね。だって、君に出会っていなかったのだから。責めるべきは、1ヶ月も同じ空気を吸っていながら、君の魅力を見つけられなかった事だよね。なんて愚かだったんだろう。この後悔は、一生背負っていかないと……」
頬どころか、首筋も、シャツから覗く胸元も紅潮している。瞳なんてトロンとして、まるで正気じゃないみたい。
いや、正気を失っていてくれた方が、ありがたいかも。
一目惚れでないのは確かだから、圧倒的な強さに惚れ込んだのかな?
完敗して価値観が塗り替えられたとか?
痛い目に遭わせてくれたから、なんて理由じゃない事を祈るよ?
このまま放っておいたら、延々思いの丈が垂れ流されそうだよね。関わりたくないのが本音だけど、オーレリアは助けてあげないと。
コレが皇子じゃなかったら、殴って大人しくさせるのにね。
「イーノック皇子、私の友人が困っています。お気持ちは伝わりましたから、一旦離れて、少し冷静になってください」
「いいや、そんな筈はない。僕はまだ、胸に溢れる思いの100分の1も語っていないのだから。僕の気持ちを理解できているなんて、あり得ない!」
心、折れそう……。
「相手の都合も考えず一方的に捲し立てるのが、帝国流の愛情表現でしょうか? それで王国女性を口説けるとでも? オーレリアに嫌がられてるのが分かりませんか?」
「!!!」
オーレリアを引き合いに出すと、効果は覿面だった。
名残惜しそうにその手を離す。
この世界はスキンシップに割と寛容なので、問題行動って程じゃない。前のめり過ぎる皇子に、私達がドン引きしただけで、礼節は外していない。前世なら完全セクハラ案件だから、無理にでも引き剝がせたのにね。
「申し訳ない、オーレリア嬢。想いが次から次へと溢れて、自分を抑えられなかった。何分初めての事で、このほとばしる想いを制御する方法が分からないんだ。君に嫌な思いをさせてしまったなんて、悲しいよ」
嫌がると言うか、涙目で震えてるんだけどね。
で、視線は必死に助けを求めてた。
あれは嫌悪からなのか、恐怖からなのか、ちょっと判別が難しいかな。
「醜態に気付かせてくれてありがとう、スカーレット嬢。君には恥ずかしいところばかり見せてしまうな」
それ、ニアリーイコールで、オーレリアにもって事だけどね。一緒にいる事、多いんだから。
そもそも、私に話を振ってくれなくていいよ。
別人みたいで、私も少し怖いから。
これまでの胡散臭い爽やか笑顔から、うっとり陶酔赤ら顔だよ? これを直接向けられるオーレリアに同情するよ。
「スカーレット嬢、この機会に、君にも言わないといけない事がある」
だから、私に話を持ってこないでってば。
「これまで君は、王国について知るよう、再三忠告してくれた。しかし僕は、その全てを聞き流していた。王国で過ごすと言っても数年の事、詳しく知る必要はないと本気で思っていた。そのせいで、君や多くの人達に不快な思いをさせてしまったのだろうね。申し訳なかった」
そう言って皇子は、頭を深く下げた。
わー、お辞儀の角度が90°、つまり最上級の謝罪礼。これ、マジなやつだね。
動機はともかく、頭を下げられる人だったんだ。
少しだけ見直したよ。
好悪は別としてだけど。謝罪の内容に、鼻で笑った件が入ってないしね。
「けれどたった今、僕は心を入れ換えた。オーレリア嬢を育んでくれた国の事を、僕は知らないといけない。いや、僕が知りたいんだ。オーレリア嬢の同輩達とも、交流する機会を持とう。その成果を以って僕の悔悟を知ってほしい」
正式な謝罪を受けた以上、私は許さないといけない。王侯貴族が頭を下げるって事はそれだけ重い。
頭から信じられる訳じゃないけど、その覚悟は受け止めないとね。
「分かりました。しかし、その事とオーレリアの返答は別ですよ?」
「勿論だよ。反省したくらいで交換条件になるとは思っていない。そもそも、オーレリア嬢はそんなに安くないだろう?」
そうなんだけど、女性を従順な駒くらいに思っていたこの人に言われると、腑に落ちないものがある。
変わり身が酷すぎて、ペースが掴めない。
これで話は終わったとでも言うように、皇子の視線から私を外す。謝罪が終われば、私に興味はないみたい。
「ああ、大地の女神を思わせる銀の髪、水神様と同じ月色の瞳、火の戦女神の如き勇ましさ、風神様のような愛らしい体躯、君の全てが愛おしい。僕の女神よ、是非、この思いに応えてほしい」
仰々しいくらいの仕草で、オーレリアに右手を差し出す。
確か、帝国で正式に婚姻を求める所作だった筈。他国の振る舞いだし、悦に入った皇子が身体をくねらせているものだから、記憶にあるものと同じか、ちょっと自信がない。
「……先日、レティにも求婚されていませんでしたか? 今度は私に2妃になれ、と?」
「とんだところを見られてしまったね。けれど分かってほしい。確かに僕は、気の強いスカーレット嬢を気に入っている」
鳥肌が立つような事、言わないでもらえるかな?
「でも彼女には、皇子として、帝国に利をもたらす婚姻を望んだまでだよ。そこに僕の気持ちはない。僕が心を捧げたいと思ったのは、君だけだ」
「公爵家との婚約はどうされるのです?」
「何とか白紙に戻してみせるよ。君こそが僕の妃だ。君が不快に思うなら、第2妃も側妃も望まない。だから、どうかこの手を取ってほしい」
反省は本当かもね。
これまでの皇子なら、そんなものはどうでもいいとでも、言ってのけたんじゃないかな?
皇子の立場で、政略結婚を完全に無視できるものかは知らないけどさ。
「申し訳ありませんが、その話を受け入れる事はできません。私が結婚するなら、私より強い方と、決めていますから」
「! 確かに、そう言われてしまえば、僕に愛を語る資格はない」
何が確かになのか知らないけれど、何処かの戦闘民族宇宙人理論が始まったよ。帝国とカロネイア伯爵家限定で通じるみたい。
オーレリア、それは一生独身宣言に等しくないかな?
「なんて事だろう、北極大陸で火の女神に降臨を望むほどの試練が、僕を阻んでいる。けれど僕は、ここで諦めるなんてできないよ。どうか、挽回の機会を貰えないだろうか? 鍛え直すだけの時間を許してほしい」
「…………私に正式な婚約者が決まるまでであれば。最長で、私の卒業まででしょうか?」
私達の世代に、そんな人間離れした令息、居たかな?
「水の神が住むと言う、ラーズリ湖より深い君の恩情に感謝するよ。君がくれた猶予で、僕は必ず、君にうんと言わせてみせる。阻む壁は堆いけれど、試練の厳しさの分、この想いは強くなる。どうか、高く羽ばたくまでの僕を、見ていてほしい」
「……はぁ」
できるとは思えないけどね。
強化魔法習得以来、オーレリアは軍でも頭角を現してきているし、己を高めるのに余念がない。
その辺り、分かって言ってる?
むしろ、差は開くんじゃないかな?
「おっと、こうしてはいられない。君と離れるのは辛いけれど、君に挑むなら、一秒だって惜しいからね。今日はここで失礼するよ」
言いたい事だけ捲し立てた皇子は、妄想を現実にする為、足早に去って行った。
勿論、側近達もそれに続く。
皆ポカンとしてたけど、皇子が去るなら追わないとだよね。
漸く平穏が戻ったよ。
「で、あの皇子が本当に強くなったら、結婚するの?」
「そんな奇跡が起こせるなら、その時改めて考えますよ」
だろうね。
目の前に人参を吊るされた馬みたいなものだけど、皇子をあの状態にしておく事には意味がある。
皇子と、他国の伯爵令嬢との結婚。
前例は聞かないけれど、国に持ち帰って検討された場合、万が一がある。もし、国同士の関係強化の為に政略結婚を命じられたら、オーレリアには断れないからね。
戦征伯はそんな事にならないよう動くだろうし、帝国もカロネイアの一族を受け入れられるとは思えない。何より私が許容できない。
でも、あの皇子は融和派に所属していて、王国貴族との婚姻は戦争防止の楔になり得る。戦争回避の為なら、結婚賛成に票を投じる貴族は少なくない。
皇子の恋慕はともかく、女性を下に見る帝国だから、オーレリアの嫁入りはカロネイアの屈伏と捉えられかねない。そういった印象操作を目的として、帝国側が婚姻話を進めてしまう可能性は残る。
だからあの皇子には、このまま叶わない夢を追ってもらおう。
あの様子なら、オーレリアの条件を満たさないまま帝国へ打診する可能性は低い。側近あたりが報告しても、皇子の世迷言で済む。
オーレリアが期限を設定した通り、彼女の婚約さえ決まればこの話は流れるからね。
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